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第二十話 一本の木

 昼の光はさっきより薄れてきたけれど、村の通りはまだ十分に明るい。


(ゼンさんの工房って、あっちのはずだよな)


 北側の通りから少し外れた先。

 歩いていくと、だんだん工房の匂いが混ざってきた。


 木を削った匂い。

 熱された鉄と油の匂い。


(ここか)


 村の外れに、石と木で組まれた大きな建物があった。

 壁には、削りかけの板や、乾燥中の木材。

 軒先には、半分まで形になった家具みたいなものが置いてある。


 深呼吸をひとつして、工房の扉を開ける。



 中に入って行くと声が聞こえた。


「パパちゃん、それなぁに?」


「これはな、釘っていってだな、木と木を仲良くくっつけるやつだ」


 聞き慣れた声がした、ゼンさんだった。

 ただ今日は、その膝の前に、小さな女の子がちょこんと座っていた。

 ふわふわした髪を二つに結んで、明るい色のワンピース。


「パパちゃんのおしごとば、いろいろあってたのちーの!」


「だろ?パパちゃんの仕事場はな、たっのしいんだぞー!」


 ゼンさんが、全力で娘にデレていた。

 その光景があまりにも自然で、思わず声をかけ忘れてしまう。


(ゼンさん、こんな顔するんだ)


 そう見惚れていたら、少ししてゼンさんがこちらに気づいた。


「ん?おー、来たかフライ!」


 いつもの豪快な笑顔になった。


「はい、お邪魔します」


 軽く頭を下げてから、ゼンさんの膝の前にいる女の子を見る。


「こちらは?」


 ゼンさんが、ニヤッと笑う。


「こいつは、オレの娘のパティだ」


「はじめまちて」


 パティちゃんが、ぺこっとお辞儀した。


「はじめまして、パティちゃん」


「パティちゃん、フライお兄ちゃんだ」


 パティちゃんの頭に、ゼンさんが手を乗せた。


「今日は、そのお兄ちゃんの杖を作るんだぞ」


「つえ?」


「そう。魔法をバンバンとばす、すっごいやつだ」


「わぁ……」


 パティちゃんの目が、きらきらした。


「パパちゃんおしごと、がんばるのー!」


「おー、頑張っちゃうよー」


「今日はゼンさんがパティちゃんと一緒にいる日ですか?」


 ふと、尋ねる。


「あー?」


 ゼンさんが、頭をかいた。


「リエラの奴が今日は野暮用でよ」


 ゼンさんの口元が、ちょっとだけ照れくさそうに歪んだ。


「実はな、子どもがな、二人目が生まれんだよ」


「えっ、おめでとうございます!」


 思わず大きな声が出た。


「パティちゃん、お姉ちゃんになったんだね」


「ぱてぃ、おねぇちゃん!」


 パティちゃんが、胸を張る。

 ゼンさんが、パティちゃんの頭をぐりぐり撫でる。


「そんなわけでな、今日はリエラが健診でいないんで、家に置いとくわけにもいかねぇから、連れてきたんだ」


「なるほど」


「パパちゃんのおしごとば、パティちゃんだいすきー!」


 そう言って、パティちゃんは近くの作業台に並んだ木片をじっと見つめていた。


(なんか……いいな)


 ゼンさんの、家族の姿。


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。



「で、本題に戻るか」


 ゼンさんが改めてこちらを向いた。


「杖にするルミナストーン、持ってきたか?」


「はい」


 腰の袋から、布に包んだ石を取り出すと、青白い光が工房の中に広がった。


「おぉ、これが、ダンジョンから持ってきたやつか」


 ゼンさんが、石をそっと指先で摘み上げた。

 光に透かして、角度を変えながらじっと見る。


「良いねぇ流れがまっすぐだし、濁りも少ない」


 言って、にやっと笑う。


「じゃあ、次はロッドの木だな」


 ゼンさんが、工房の奥に目を向ける。


「師匠ー!」


 少し大きな声を出した。


 工房のさらに奥。


 木材が山積みになっている影の向こうから、どすどすと重い足音が近づいてきた。


「なんや、ゼン」


 低い声と一緒に、大柄な老人が姿を現す。

 背筋はまだしっかり伸びている。

 白髪は短く刈られ、顎にはたっぷりとしたひげ。

 腕は年のわりに太く、手のひらはゴツゴツしている。


「工房長のブランドさんだ、俺の師匠でこの工房の頭」


 ゼンさんが説明すると、ブランドさんの目が、じろりとこちらを見た。


「ふん」


 鼻を鳴らす。


「ゼンが目ぇかけてるロイの孫ってのは、こいつやな?」


「はい、フライです」


 慌てて頭を下げる。


「はじめまして、今日はよろしくお願いします」


 ブランドさんが、僕をひと通り上から下まで眺める。


「魔杖振るうんやったら、もうちょい肉ついてもいいな」


「ヒョロヒョロしてると、杖に振り回されるやろ」


「……頑張ります」


「まぁええ」


 ブランドさんが、ふっと口元だけ笑った。


「師匠、ロッドの部分、何の木がいいかな」


 ゼンさんが、少し身を乗り出す。


「いいのあるわ」


 ブランドさんが、ゆっくりと工房の奥を指さす。


「ダイナモの原木や」


 ゼンさんが目を丸くして驚く。


「冗談だよな師匠?あれを出すのか……?」


 ブランドさんが、ずかずかと木材の山の方へ歩き出す。


「ロイから頼まれてっからな」


「いいやつ持たせてやってくれって、金もちゃんともらってるわ」


「渡さんわけにいかんやろ」


 おじいちゃんの、顔が頭に浮かぶ。


「まじか......」


「ところで師匠、ビーツとジャズはどこいってんだ?」


 ゼンさんがふと尋ねる。


「あいつら、修行の一環で、川んとこの釣り小屋組みやらしてるわ」


 ブランドさんが笑う。


「あー、あの仕事か」


 ゼンさんが、納得したように頷く。


「なら、今日はここが静かなわけだ」


 ちらっとパティちゃんを見ると、スヤスヤお昼寝している。


「静かなうちに、仕事の段取りくらいつけとけや」


 そう言いながら、ブランドさんが一番奥の木材の束に手を伸ばした。

 普通の木材より、色が濃く、表面に細い筋が走っている。

 思わず息を呑む。


「これが、ダイナモの原木や」


 ブランドさんが、ぽん、と軽く叩く。


「ダイナモ……この辺りじゃ取れない木だ」


 ゼンさんが、僕の方を向く。


「師匠、説明いいか」


「おう、教えてやれ」


「ダイナモってのはな、ダンジョンの近くで、何百年も魔力を吸い続けた木だ」


「地の魔力と、空気の魔力と、通り過ぎていったモンスターたちの魔力と……そういうのを全部、年輪の中に溜め込んでる」


 木肌を見つめると、確かに細い線が幾重にも重なっているように見えた。


「いいんですか、そんなの、僕なんかに」


「なんかに、はやめとけ」


 ブランドさんが、短く言った。


 思わず顔を上げる。


「なんかに言うてるうちは、どんだけええ素材も、全部半端に終わる」


 ブランドさんの目が、じっとこちらを見ていた。


 少しだけ声を和らげる。


「ロイがな、孫に一本ちゃんとした杖を作ってやってほしいって言ってきたんや」


「魔法を頑張ろうとしてる孫に、少しでも何かしたいっつってな」


 おじいちゃんの声が、そのまま耳の奥で響く気がした。


 ブランドさんが、ダイナモ原木をぐいっと持ち上げた。


「だからフライ」


 ゼンさんが、にっと笑う。


「お前が力を持つって決めたなら、それに見合う一本を持つ権利くらい、あるだろう」


 ブランドさんが、にやりと口元を歪める。


「ええこと言うやないか」


 ブランドさんが、ダイナモの原木を作業台の上にドンと置く。


「これでゼン、お前の最高傑作、作ってやれや」


 真剣な目つきになる。


「……」


 ゼンさんが、原木を見つめる。

 職人の目、何かを形にする人の目。


「お願いします、ゼンさん!」


 ゼンさんが、こちらを振り向く。


「気合い入れて、最高の一本作ってやる」


「パパちゃん、かっくいー!」


 起きたパティちゃんが、きゃっきゃと笑いながら手を叩いた。


「ねーねー、おにいちゃんのすごいつえができたら、パティちゃんもみていーい?」


「もちろん」


 自然と笑いがこぼれる。


「やったー!」


 パティちゃんが、くるっとその場で一回転した。


 あらためてお願いをする。


「この木で、僕の杖を作ってください」


「任せとけ」


 ゼンさんが、力強く頷いた。


「形と長さと重さ、フライの体に合わせて決めていこう」


 ブランドさんも、腕を組んで見守る。


「じゃ、とりあえず」


 少し場が落ち着いたところで、ゼンさんが工具を持ち直す。


「今日は、まず木を起こすところまでだな」


「木を起こす……?」


「眠ってる木を、杖の形に目覚めさせるってこった」


 ゼンさんが、にやりと笑う。


「その前に、お前の杖のイメージ、一回聞かせろ」


「イメージ……」


 思わず、自分の手のひらを見る。


「片手で振れる重さがいいです」


「仲間の魔力が通りやすくなっていると、使いやすいと思います」


 ゼンさんが頷く。


「じゃあ、片手でも振れて、魔力の通りを優先する形にしよう」


「長さは背よりちょっと短いくらいがいいかな」


「先の形は……」


 ゼンさんが、木の端を指でなぞりながら、こちらを見る。


「その辺の話は、後半戦やな」


 ブランドさんが、ふっと笑って言った。


「続きは、こいつに木を握らせてからのほうがいい」


「ですね」


 ゼンさんが、工具を置く。


「フライ、明日以降も時間作れそうか?」


「はい、鍛錬と相談しながらですけど」


 ゼンさんが頷く。


「明日までにはこれを握れる形にする」


「ありがとうございます、ではまた明日来ます、よろしくお願いします」


「おう」


 そう言うと僕は工房を後にした。



 ゼンさんの工房を出ると、村の匂いが新鮮に感じる。


(すごいことになってきたな)


 心臓の辺りが、まだ少しだけそわそわしていた。


(次は、シアンさんのところだな)


 足をハンター詰所の魔法訓練所へと向ける。



 詰所の裏手には、ちょっとした空き地がある。

 地面は何度も焼け焦げた跡があり、土も石もところどころ黒くなっていた。

 村の魔法練習場だ。


(相変わらず、派手にやってるなぁ……)


 思わず苦笑いがこぼれる。


「お、来たじゃん」


 土壁の影から、ひょいとシアンさんが顔を出した。

 いつもの銀髪をまとめて、高めの位置で結んでいる。

 ローブ姿と、肩には愛用の魔杖。


「待ってたよ、フライ」


「こんにちは、シアンさん」


 シアンさんが、にやっと笑う。


「まぁ座りなよ」


 練習場の端に置いてある丸太に腰を下ろすと、シアンさんもその隣に腰掛けた。

 そうするとシアンさんが喋り出した。


「魔杖使いってさ、そもそも数が少ないのよ」


「だからさ、なんか正直ちょっと嬉しいんだよね」


 シアンさんが、わくわくした目でこちらを見る。


「ルミナストーンはどうした?ここに来たってことはさ、やっぱ杖作るんでしょ?」


「はい、ゼンさんの工房で、魔杖を作ってもらうことになりました」


「おー、いいじゃんいいじゃん」


 シアンさんの目が、さらに輝く。


「で、素材は?」


「えっと……ダイナモの木っていう、その……」


「ダイナモ!?いいなぁ、羨ましい」


「工房長のブランドさんが、おじいちゃんから頼まれてるからって……」


「ブランドさん……!」


 シアンさんが、両手で頭を抱える。


「ダイナモは、本当にやばい木だよ」


「この辺じゃまず取れないし、街の工房でもそうそう触れないよ」


 ごくり、と喉が鳴る。


「これは教えがいあるね!」


 シアンさんが、ぱんっと手を打つ。


「さっそく明日から、ここで鍛錬するよ」


「明日から、ですか」


「杖出来てなくても、できることはいくらでもあるもん」


 杖を軽く肩に担ぎ直す。


「魔力の特性、何属性の魔法が得意か、テイマーとしての魔力が魔法にどう影響するか」


 シアンさんの口調が、早口になっていた。


「正直、テイマーの魔力なんてさ、興味しかないしね」


 ひと息ついて、シアンさんが空を見上げる。


「それにしてもさ、さっきも言ったけど、この村の魔杖使い、今は実質私だけなんだよね」


「……そうなんですか?」


「うん、治療所の皆んなはヒーラーだから、魔力は持ってるけど、系統が違うしね」


「昔はさ、この村にもすごい魔杖使いたちが何人かいたって話だけど、今は村で杖振り回してるの私だけ」


 その言葉には、少しだけ寂しさも混ざっているように感じた。


「魔力ってさ、そもそも持って生まれる人が少ないんだよ」


「魔法が使える魔力を持つって、相当イレギュラーなの」


 シアンさんが自分の杖を立てた。


「だからね、すごい魔杖使いとかだと二つ名ついたりしてね」


「二つ名、ですか」


「ほら、氷寄のリーザみたいなやつ」


 聞いたことのある名が出て、思わず背筋が伸びる。


「私、炎使いだからさ」


 シアンさんが、急にノリノリで言い始める。


「獄炎爆炎のシアンとか、良くない?」


 言いにくくて長い。


「かっこよくない?」


「えっと……長くて、ちょっと覚えづらいです」


「マジで!?」


 シアンさんが、がーん、という顔をする。


「あの、その……」


 口を開きかけて、少し迷う。


 でも、黙っている方が変な気がして、思い切って言った。


「リーザって、その……もしかして」


「うん?」


 シアンさんが、不思議そうにこちらを見る。


「一時期、めちゃくちゃ有名だった天才魔杖使い」


「……それ」


「僕の、おばあちゃんかもしれません」


「…………は?」


 シアンさんの顔が、本気で固まった。


「おじいちゃんの奥さんの名前、確かリーザって言うんです、魔法を使えたって」


 ゆっくりと言葉を選びながら話す。


「僕が生まれる前に旅に出たっておじいちゃんに聞いてて……一度も会ったことはないんですけど」


「おじいちゃんは、あんまり話したがらないというか、どこかで好きにやってるって言ってて」


 シアンさんが、こちらににじり寄ってくる。


「村長さんの奥さんって、リーザって名前なんだ……」


 ぽつりと、シアンさんがつぶやいた。


「魔力ってね先祖に魔力持ちがいれば、その血筋のどこかで魔力持ちが生まれやすいの」


 シアンさんが、自分の胸を軽く叩く。


「例えば、うちの親も、じいちゃんばあちゃんも、誰も魔力持ってないんだよ」


「でも、先祖に、どうも魔力持ちがいたっぽいって話があるの」


「そこから何世代も飛んで、私が魔力持って生まれた」


「だからね、おばあちゃんが魔力持ちなら、納得だわ」


 シアンさんが、じっとこちらを見る。


「でも自分の魔力なんてテイムを覚えてからしか感じたことありませんよ?」


「内なる力が、祠の竜と繋がって覚醒した的な?」


「的な?じゃなくて」


 自分の中身が、急に別のものに書き換えられたような感じだろうか。


「でも、じいちゃん、そういう話、一度も……」


「言わないタイプだろうねぇ、村長は」


 シアンさんが、苦笑する。


「なんとなくそんな感じがするよ」


 さっきまでの砕けた口調が、少しだけ引き締まる。


「こりゃ明日から、あたしも本気でやらないとね」

 

 その目は本当に楽しそうだった。


「基礎からみっちりやって、戦えるくらいにはならないとね」


 その言葉に、自然と背筋が伸びた。



 翌日。


 朝のホルスさんの鍛錬メニューをこなしたあと、工房に寄った。


 ゼンさんが、作業台の前で、椅子に座ったり立ったり、うろうろしながら何かを眺めている。


「ゼンさん?」


「おう、フライ」


 こちらを見る顔が、やけにそわそわしている。


「早かったな」


「魔力の鍛錬が始まるので、その前に一度様子を見に……」


「丁度いい、見せたいもんがある」


 ゼンさんが、ぐいっと手招きする。


 作業台の上に、一本の杖が置かれていた。

 握りの部分は、手に馴染みそうな丸み、中腹は、少し細く、しなりを生かすようなライン、先端に向かって、ほんの少しだけ枝分かれするような装飾、ダイナモの木の、深い色合いが、そのまま生きている。


「これ……」


「昨日から、いてもたってもいられなくてな」


「削りと、芯の通しと、バランス調整と……ロッド部分のデザインまでは、もう決めちまった」


「フライさえ良けりゃ、このまま固めるが……どうだ?」


「……持ってみてもいいですか?」


「お、おう」


 そっと、杖を手に取る。


 思っていたより、軽いけれど、軽すぎない、振った時に、ちゃんと乗ってくる重さがある。

 何より、ダイナモの木の感触が手に馴染む。


「……握った時の感じも、振った時の重さも、しっくりきます」


「よし!」


 ゼンさんが、満足そうに頷く。


「じゃあ、この形でしっかり仕上げとくから、後でまた取りに来い」


「はい、よろしくお願いします」


 杖を、そっと作業台に戻す。


「じゃあ、行ってこい」


 僕は、頭を下げて工房を後にした。



 詰所の魔法練習場。

 焦げ跡だらけの土の上に立つと、シアンさんが既に待っていた。


「よーし、フライ、今日からみっちり基礎やってくからね」


「よろしくお願いします」


 僕は頭を下げた。


「じゃあとりあえず、フライの魔力の流れを見せてもらおうか」


 シアンさんが、杖の先で僕を指した。

読んでくださりありがとうございます。

仕事柄なのか工房とか何かを作る場所が好きです。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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