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第十四話 ラサジエ

 村の酒場兼食堂ラサジエの戸の前に立っただけで、足がすこし重くなった。


 木の看板には、少し擦れた文字で「ラサジエ」と書かれている。

 昼と夜で顔を変える、昼は村の食堂みたいな場所。


(……こんなに緊張する場所だったっけ)


 これまで何度か来たことはある。

 父さんや母さんに連れられて、家族で食事をしたことも。


 でも今日は、ちょっと違う。


「……行くか」


 深呼吸をひとつして、戸を押し開けた。



 中は、昼時の一番賑やかな時間はもう過ぎていて、客はまばら。

 でも、木のテーブルに残る皿の匂いと、カウンターの向こうから漂ってくるスープと肉の香りが、まだはっきりと残っている。


 奥の厨房では、寡黙そうな男の人が、手際よく鍋を振っている。

 あれが料理人のジェフさんだろう。


 ホールでは、三角巾にエプロン姿の女の人が、テーブルを拭いていた。

 その娘さんのジェナさんだ。


「いらっしゃ――」


 ジェナさんが顔を上げかけて、目を瞬いた。


「あ、もしかしてフライくん?」


「ど、どうも」


「えっと……マスターに来いって言われたので」


「お母さんね、分かったわ」


「じゃあ、ちょっと待っててね」


 そう言って、カウンターの奥に続く、半分だけ開いた戸の方へと消えていく。


 しばらくすると、奥の方から、コン、と戸の当たる音がした。


「フライ」


 顔を上げると、奥の戸の向こうから、三角巾にエプロン姿の女の人が出てきた。


 背が高い。

 肩はがっしりしていて、腕もよく鍛えられている。


 笑うと母さんみたいな柔らかさが混ざる顔。


「マスター……レインさん、ですよね」


「そうだ」


 レインさんは、腕を組んだまま僕の方へ一歩近づいた。


「……ほー」


 じろりと、上から下まで遠慮なく見られている気がする。


(すごい見られてる……)


 レインさんは奥の戸を親指で指さした。


「ここじゃ落ち着いて話せねぇ。中に入りな」


「よろしいんですか?」


「村長とホルスから色々話は聞いてる」


 レインさんは、ふっと目を細める。


「……はい」


 レインさんの後ろについて、カウンターの脇を通り抜ける。


 すると、厨房の熱と匂いが、少しだけ強くなる。


(……なんか、すごく本格的な厨房だ)


 銅の鍋。

 よく研がれた包丁。

 手入れのされた調理器具。

 整理された調味料の棚。


 その光景を見るだけで、少し胸が高鳴った。


(いいな……こういうの)


 厨房を抜けると、そこは小さな居間だった。


 丸いテーブルがひとつ。

 壁際には本棚と、缶や瓶がぎっしり詰まった棚。

 酒場のざわめきが遠くに聞こえる。


「そこに座んな」


 レインさんが、テーブルの椅子を顎で示す。


 言われた通り腰を下ろすと、向かいにレインさんが座った。


 少しして、ジェナさんが湯気の立つマグカップをふたつ持って入ってくる。


「お母さん、ハーブ茶。フライくんの分も」


「助かる」


 レインさんはマグカップを受けとり、僕の前にも一つ置いてくれた。


「ありがとうございます」


 一口飲むと、すこしスパイスのような香りが鼻に抜けた。


 レインさんも一口飲んでから、じっと僕を見た。


「さて――」


 その声色が、少しだけ変わる。


「ホルスから、どこまで聞いてる?」


「えっと……マスターが話があるってことくらいしか」


 くくっと笑う。


「まぁいいや。まずは一つ、礼を言っとくよ」


「礼?」


「ああ」


 レインさんはマグカップをテーブルに置いた。


「あの子たちを生きて返してくれて、ありがとな」


「……」


 不意打ちみたいな言葉に、喉が詰まった。


「オレはな。あいつらハンターが無茶して帰ってきても、また飯作って迎えるのが役目だ」


 レインさんの声は、さっきより少し低い。


「でも、たまにな――どうやっても、帰ってこねぇこともある」


「……」


「あれは、お前がモンスターから村を救いたい、みんなを守りたいって思ってくれたから、今の形になった」


 レインさんは、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「だから、礼を言う」


 短く、はっきりと。


「ありがとな、フライ」


「……そんな」


 言葉がうまく出てこなかった。


「で、本題だ」


 レインさんは、マグカップをテーブルに置いた。


「お前はこの力を、どう使うつもりだい」


「テイマーとして、まず手探りでも力をつけたいです」


「でも、それだけじゃなくて、ちゃんと自分の力でも動けるように……って」


「いい返事だ」


 レインさんは満足そうに頷いた。


「なら――話がある」


「……話?」


「南の森の話だ」


 レインさんの目が、少しだけ鋭くなる。


「森を抜けて、北とは反対側。さらにしばらく行くと、昔の遺跡がある」


「遺跡……?」


「ああ」


 レインさんは、指で机の上に、おおまかな地図をなぞる。


「この村があって、北に森と山。

 反対側、南の森を抜けて、その先の丘を越えたあたりにな」


「そんなところに、何かあったんですか?」


 レインさんの声が、少しだけ低くなった。


「そこにはダンジョンがある」


 ダンジョン。


 どこかで聞いたことのある言葉だった。


「ダンジョンは、この村みたいな竜の加護が届かねぇ魔力の沼みたいな場所だ」


 胸の奥が、ぞわりとした。


「それって……危なくないんですか」


「危ねぇよ」


 ためらいもなく言われる。


「だから、誰も近づかない。ここ最近、南の森に行くやつなんてほとんどいない」


「だから、存在ごと忘れかけられてる」


 レインさんは、目を細める。


「ダンジョンは、魔力が溜まり続ける」


 その一言で、空気が少し変わった気がした。


「ダンジョンの中は、モンスターたちによって魔力の沼みたいになる」


「モンスターはそこで更に力を溜め、外に出ようともしねぇ」


 レインさんは指を立てた。


「だから、ダンジョンのモンスターは、外にはめったに被害を出さない」


「じゃあ……放っておいても」


「放っときゃ放っといたでいいが、魔力の塊がそこで育ち続ける」


「それは正直、力になる」


「人間にとって、モンスターと対峙する力だ、価値も高い」


 レインさんは、机の上の空の場所を指でつついた。


「……」


「だから、国や大きな街のハンターたちは、たまにダンジョンに潜る」


 レインさんは続ける。


「魔力の塊を少しすくい取るみてぇにな」


「それが、ルミナストーンだ」


「ルミナ……ストーン」


 聞いたことある名前だった。


「魔石ですよね?」


 レインさんは、指で小さな石の形を空中に描く。


「モンスターは、魔力を溜め込む」


「その一部が、固まって石になる」


「それが、ルミナストーンだ」


「杖の先にはめたり、魔剣作るときに使ったり、用途も様々だ」


 レインさんは肩をすくめた。


「まぁダンジョンに潜るのは基本、でかい街のハンターとか王族の部隊とか、そういう連中の仕事だ」


「この村の人たちは……」


「行かねぇよ」


 即答だった。


「危険すぎるからな」


「まずこの村は、モンスターが出ないからな」


「外に出る理由が、そうそうありゃしない」


「でも」


「市場管理のテュリップからな」


 レインさんは、マグカップを持ち上げて、一口飲んだ。


「もし、南のダンジョンに行けるなら、大きめのルミナストーンを少しでいいから集めてきてほしいって話が来てる」


「テュリップさん?」


「ああ。テュリップはこの村もだが、市場全体の動きを見てるからな」


「周りの村や街と、物の流れも考えてる」


 レインさんは、テーブルを軽く指で叩いた。


「魔石には、金になる以上の価値がある」


「戦いの道具にも、信用の道具にだってなる」


 レインさんは、そこで僕を真っ直ぐ見た。


「今、村にはキラーウルフを連れているテイマーがいる」


「それに、この地にモンスターが戻るとすれば、力は必要になる」


「それらを合わせて考えたら――」


 レインさんの口元が、少しだけ上がる。


「南のダンジョンも、選択肢に入りやがる」


 心臓が、どくんと大きく鳴った。


「……それは、つまり」


「勘違いすんなよ」


 レインさんは、先に釘を刺した。


「オレは、行けとは言ってねぇ」


 低い声。


「……」


「ダンジョンのモンスターは、魔力の泥に浸かってる」


「心の形すら曖昧になってるやつもいるだろう」


 胸の奥が、ひやりとした。


(心が見えない)


 そんな感覚が、頭の中に浮かぶ。


「だから、行くなら、戦う覚悟がいる」


「キラーウルフに頼る覚悟も」


「……」


 重い言葉だった。


「それでも、南のダンジョンに行けるなら――」


「オレは、正直頼みたい」


 短く、はっきりと言う。


「だが行くか、やめるかは、お前次第だ」


 テーブルの上の、ハーブ茶の湯気が揺れる。


「……もし」


 自分の声が、少し震えているのが分かる。


「もし、行くとしたら」


「ハンターの人たちに、一緒に来てもらうことは……できますか」


「行くなら元々一人で行かせるつもりはない。ハンターに話を通すのが、オレの役目だ」


 レインさんは、あっさりと言った。


「村の精鋭ハンター、そいつらに、南のダンジョンに潜るって話を持っていく」


「……」


「目的は、ルミナストーンを狙う」


 レインさんは、指を一本立てる。


「テュリップとの約束でもあるし、村にとっちゃ大事な未来の種だ」


 ルミナストーン。


 村にとっても価値がある、魔石。

 それがこの先の何かに繋がるのだとしたら――


「……」


「もし、行きたいって少しでも思ったなら、その気持ちから逃げないほうがいい」


 胸の奥が、ぎゅっと掴まれる。


「……行きたいです、何より自分しかできないのなら」


「村のための力になるなら、僕は行きたいです」


 今度は、はっきりと言えた。


 レインさんの口元が、ゆっくりと上がる。


「よし」


 マグカップをテーブルに置き直し、立ち上がる。


「じゃあ、ラサジエ発・ダンジョン行き、この件はオレが預かる」


 そう言って、三角巾の端をきゅっと結び直した。


 奥の厨房から、香ばしい匂いがふっと漂ってきた。


 焼いた肉と、香草と、バターみたいな香り。


(……そうだ)


 ふと、別の言葉が浮かんだ。


「レインさん」


「あ?」


「ラサジエの料理って、どうやったら、あんなに美味しくなるんですか」


「いい質問だ」


「……答えは何でも詰め込まないことだよ」


「バランスよく中和するんだ」


「色々詰め込みすぎると、すぐ煮詰まっちまう、全部そうだろ?」


 その言葉が、胸の奥にすっと染み込んでいく。


「とりあえず今日は飯でも食ってけ、な」


「はい、ありがとうございます」


 それが、ラサジエのマスターとしての、出発の合図だった。



 ご馳走になって、ラサジエを出て、外の空気を吸った。


(……行きたいって、言っちゃったな)


 後悔じゃない。

 色々な感情と想いが、まとめて押し寄せてきた。


「さて」


 ラサジエの戸の前で、もう一度だけ振り返る。


「……まずは、ホルスさんだな」


 足を村の中心から、道場の方角へ向けた。



 道場の戸を開けると、ちょうど木剣を片付けているところだった。


 ホルスさんが振り向く。


「おう、フライ」


「マスターんとこ、行ってきたか」


「はい。さっき、話が終わりました」


「で?」


 木剣を壁に立てかけながら、ホルスさんの声が少し真面目になる。


「ラサジエの奥で、どんな話になった」


「……南のダンジョンに行ってほしいと」


 できるだけはっきりと口にする。


「森を抜けて、その先にあるダンジョンです」


「ルミナストーンを取りに行く、っていうことで」


 ホルスさんの眉が、ぴくりと跳ねた。


「……ダンジョン?」


「はい」


 額に手を当てて、天井を見上げる。


「……マスター、とんでもねぇこと考えやがったな」


「やっぱり……とんでもないことなんですね」


「当たり前だろ」


 ホルスさんは、ため息をついた。


「ダンジョンなんざ、普通は城とか街のハンターが潜る場所だ」


 僕は真っすぐホルスさんを見た。


「レインさんは、行くか行かないかはお前次第って言ってくれました」

 

「行きたいなら、その気持ちからは逃げるなって」


「お前は、どうしたい」


 僕は正直にこたえた。


「今は、パンもいて、パディットもいて、村のみんなを守りたいって思えるようになってきて――」


 言葉は意外とするすると出てきた。


「何より、自分の力のことから、逃げたくないです」


 ホルスさんは、何も言わずにしばらく僕を見ていた。


 やがて、ふっと息を吐く。


「実は南のダンジョンの話はな、俺も昔、耳にしてる」


「ダンジョンは魔力の泥溜まりだ」


 その言い方に、どこか懐かしさと嫌悪と、両方が混ざっているように感じた。


「ああいう場所じゃモンスターどもは好き勝手魔力を溜め込んで、外に出なくなるからな」


 ホルスさんはぽつりと言う。


「問題は――」


 僕に顔を向ける。


「テイムは分からないことも多い」


「ダンジョンのモンスターは、魔力の泥に浸かって長く生きてる」


「心が見えない」


「そういう相手には、テイムが通らねぇこともあるんじゃないかってことだ」


「テイムでなんとかなるってのは通用しないかもしれねぇ。それだけは、絶対忘れるな」


「……はい」


 その言葉は、けっこう胸に響いた。


「心が見えない。純粋に襲ってきてるだけだって感じたら、迷わず倒すか、逃げろ」


「……」


「ダンジョンでは、撤退も含めて判断の場所になる」


 ホルスさんは、最後にそう付け加えた。


「はい」


 自然と、背筋が伸びた。


「今日はもうゆっくり休め」


 そう言って笑うホルスさんの顔が、少しだけ心配そうにも見えた。



 数日後。


 まだ日が完全に上りきる前の時間帯に、牧場はすでに音を立てていた。


「そこ、もう半寸右!」


「了解っすー!」


 ビーツさんの返事が、軽快に響く。


「ジャズ、そこの梁押さえとけ!」


 いつもの大声が、朝の空気を揺らしていた。


 外側の柵は、完全に完成している。

 内側の高い柵も、足りなかった部分は埋まり、今はモンスターたちが休める屋根付きのスペースを作っているところだった。


「おはようございます」


「おー、フライ」


 長い梁を肩に担ぎながら、ゼンさんが顔を上げる。


「今日か」


「はい」


 苦笑しながら、内側のスペースを見る。


 外側の柵には、パンがいつものように日向と日陰の境目で座っていた。


(フライ におい)


 僕の気配に気づいて、ぴょこんと耳を立てる。


 その少し奥、内側の柵の中、日陰になった場所で、パディットが静かに体を起こした。


(おはよう、パン、パディット)


 柵の門を開けて中に入り、まずはパンのところへ歩いていく。


(今日、ちょっと遠くまで行ってくる)


 パンの気配が、ふわっと揺れる。


(フライ とおく)


(うん。しばらく、村から離れる)


(パンには、村に残っててほしい)


 その言葉に、パンの気配がぴたりと止まった。


(パンには、村を守る役をお願いしたい)


(むら まもる)


(うん)


(村に変な気配が近づいてきたら、僕を呼んで知らせてほしい)


(しらせる)


 パンが小さく頷いた。


(きけん しらせる まってる)


(ありがと)



 内側の柵の方へ向きを変えると、パディットがすでに立ち上がっていた。


(だんじょん みなみ)


「うん。南のダンジョンだ」


 パディットの決意が、ずしりと伝わってくる。


「じゃあ行こう」


(わかった まもる)


 柵の門を開け、パディットを外に出す。


「ゼンさんたちは?」


「おーい!」


 外側の柵の向こうから、ゼンさんの声が飛ぶ。


「デカい方、連れてくのか!」


「はい。パディットを、連れていきます」


「わかった、頑張ってこいよ!」


 ゼンさんが、梁をぽんぽんと叩く。


「帰ってくる頃には、少なくとも雨風しのげるくらいにはしてやる」


「よろしくお願いします!」


「おう」


 ビーツさんも工具を振り上げる。


(ここ まもって)


 パディットはパンに向けて、短くそう伝える。


(まってる ここ まもる)


 ふたつの気配が一瞬だけ重なって、それぞれの場所に散った。



 村の門の前には、すでに何人か集まっていた。


 門のそばには、ハンターたちの他に、治療所の白衣も見えた。


「フライさん」


 ノエルさんが、いつもの穏やかな笑顔で近づいてくる。


「準備は、大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


 するとベッドから抜け出してまだそう時間が経っていないはずの男が、楽しそうに笑った。


「傷が治って一発目がダンジョンって、最高だな、なぁ」


 グラムさんだ。


 包帯はほぼ取れているが、動きにはまだ少しぎこちなさが残っている。


 グラムさんがそう言うとケールさんの声が飛んできた。


「グラム、変なとこで張り切って突っ走ったら――」


 眉を吊り上げて、ぐっと顔を近づける。


「死ぬわよ」


「お、おっかねぇなぁ……」


 グラムさんが肩をすくめる。


「分かってるって、今回は守り重視で行くからよ」


 ケールさんは、ため息をひとつついたあと、僕の方を見る。


「フライ」


「はい」


「あなた、魔力の話、ちゃんと聞いた?」


「シアンさんに見てもらいました」


「まだ、自分の力に慣れてないうちは、無理に引き出そうとしないことよ」


「ノエルとシアンの言うこと、ちゃんと聞きなさい」


「はい」


「ノエル、頼んだわよ」


「はい、任せてください」


 ノエルさんが、きゅっと胸の前で両手を握る。


 その横で、シアンさんが杖を肩に担いでいた。


「いやぁ、まさか本当にダンジョンの話が来てるとはね」


 どこか楽しそうに笑う。


「魔杖使い的には、ダンジョンなんて、興味しかないんだけどさ」


 シアンさんは、軽くウインクをした。


「フライはちゃんと見てるから安心しなさい」


「よろしくお願いします」


 僕は短く頭を下げた。


「フラーイ!!」


 そこへ、勢いのある声が飛んできた。


「セラ」


 息を切らしながら駆け寄ってくる。


「間に合った……!」


 セラは、まず僕を見て、それからパディットを見て――


「パディットちゃん!!」


 いきなり抱きつこうとして、僕に首根っこをつかまれて止まる。


「だから急に抱きつこうとするのやめようって……」


「ごめん、ごめん……」


 パディットは、少し驚いたように耳をぴくっと動かした。


「気をつけてね、フライ、パディットちゃんもね」


 指をぴしっと立てて、ニッと笑う。


「パンちゃんのことは任せなさい!」


「それは……すごく心強い」


「絶対帰ってきなよ!」


「うん、いってきます!」


 セラの声は、いつもみたいに明るかったけれど、その奥に不安が混じっているのは分かった。



「それで」


 グラムさんが、ゆっくりと立ち上がりながら、パディットの前に歩み出る。


 ハンターたちの視線が、一斉にその場に集まった。


 パディットも、グラムさんの気配に反応して、一歩前に出る。


 パディットの気配が少しだけ縮こまる。


 グラムさんも、じっとその目を見返した。


「……よう」


 短い挨拶。


(……)


 パディットの耳が、少し伏せられる。


(いたくした わるかった)


 胸の奥に浮かんだその想いを、そのまま言葉にする。


「痛くした。悪かったって言ってます」


 グラムさんの眉が、ぴくりと動いた。


「気にしてたのかよ、そんなこと」


 グラムさんは、少しだけ目を細める。


「自分でやったことなんざ、覚えてねぇ振りして生きてくやつも多いのに」


(おなじ したくない)


「同じことはしたくないって」


「……ふん」


「そのぶん、ちゃんとフライを守れよ」


 口元に、少しだけ笑みが浮かぶ。


 パディットの気配が、びくりと揺れた。


(みんな まもる)


 静かな決意が、胸の奥に広がる。


「みんなを守るって」


「……なら」


 グラムさんは、腰の大盾を軽く叩く。


「今回は、仲間だな!」


 パディットは、その言葉を理解したのか、ゆっくりと頭を下げた。


 ハンターたちの空気が、少しだけ柔らかくなる。


「よし」


 そこへ、ホルスさんが一歩前に出た。


「揃ったな」


 門の前にハンターたちと村の人たちが立っている。


「言うことは、だいたい言ってくれちまったが――」


 ホルスさんは、軽く息を吐く。


「もう一回だけ言っとく」


 その声に、全員の視線が集まる。


「何より大事なのは、お前らの命だ」


 ホルスさんの目が、一人ひとりをなぞるように動く。


「フライ」


「はい」


「お前のテイムは頼りになる。

 でも、それに全部任せようとするな」


「はい!」


「躊躇った分は、グラムやパディットが埋める」


「任せとけ」


 グラムさんが、大盾を軽く掲げる。


「シアン、ノエル」


「あいよ」


「はい」


「フライのことよく見てやってくれ、危なくなったら遠慮なく止めろ」


「任せといて!」


 シアンさんが杖を軽く振る。


「ノエルは、引き際の合図を見逃すな」


 ホルスさんが続ける。


「回復魔法が追いつかねぇと感じたら、ためらわずに戻ると言え」


「はい」


 ノエルさんの表情は真剣だった。


「よし、じゃあみんな無事に帰ってこい!」


 門の外には、森へと続く道がある。


 その先に、南のダンジョン。


 まだ、何も知らない場所。


「行ってきます」


 門番が、ゆっくりと門を開ける。


 僕は一歩、前に出た。


 その隣で、パディットの足音が、静かに土を踏みしめる。



 こうして、フライとその仲間たちの、南のダンジョンへの冒険が、


 村の門をくぐって、確かに始まった。

読んでくださりありがとうございます。

少し長くなってしまいましたが、いよいよ出発になります!

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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