第十三話 ふたつの気配、ひとつの器
ゼンさんたちは、黙々と柵の仕上げに取りかかっている。
太陽は、真上より少しだけ傾いたあたり。
パンは外側の柵の、日当たりのいい場所で干し草を食べている。
パディットは、内側の高い柵で囲まれているスペース、その端の方で寝そべっていた。
「おーい、フライ」
柵の柱に縄を回していたゼンさんが、ゴーグルを額で押さえながら声をかけてきた。
「そっちの様子はどうだ」
「大丈夫です、落ち着いてますよ」
「そりゃよかった」
ゼンさんはにやっと笑う。
「こっちの仕上げは、飯食ってからだな」
「いったん区切るかー!」
「了解です!」
「助かるー!」
ビーツさんとジャズさんが、それぞれ工具を置いて背伸びをした。
ふと周りに目をやる。
最初は人影もまばらだった牧場の周りに、いつの間にか何人かの村人が立ち止まっていた。
畑帰りの人、用事の途中の人、子どもを連れたお母さん。
皆、距離を取りながらも、好奇心と不安が混ざった目で、柵越しに中を覗いている。
(さすがにやっぱり、気になるよね)
そんなことを考えていた、そのときだった。
「フラーーーーーイ!!」
森を吹き飛ばせそうな勢いの声が、畑側の道から突っ込んできた。
「セラ……」
振り向くと、案の定、セラが全力ダッシュでこっちに向かってきていた。
「はぁ、はぁ……っ!」
牧場の手前で、セラはほとんど滑り込むように足を止める。
「聞いた!」
「何を?」
「でっかいモンスターもテイムしたって!!」
「情報早いね」
「で、そのでっかい子はどこ!?」
「セラ、ちょっと落ち着いて」
セラは外側の柵にくっついて、中を覗き込んだ。
パンが、草むらからひょこっと顔を出す。
セラは笑顔で手を振る。
その後、指が柵の奥を指した。
「奥のあれが!」
日陰で寝そべっていたパディットが、ゆっくりと頭を上げる。
金色の目が細く開き、こちらを見た。
「うわぁぁぁぁ……でっか……」
「だろ」
隣でホルスさんが腕を組んでいる。
「尻尾の先まで筋肉だ、こいつ一匹で、獣なら群れごと散らせるだろうな」
「おー、でっかかわいい……!!」
「なんでそこに着地するの」
「毛つやっつやだし! 目きれいな金色!」
パディットの気配が少しざわつく。
(だれだ)
「ちょっと、近づいてもいい?」
セラが、わくわくした目で僕を見る。
「えっと……」
パディットの様子を探る。
「ゆっくり、静かに近づいてくれれば大丈夫だと思う」
「やった!!」
セラは外側の柵の門を開けて中に入り、そのまま勢いよく走り出しそうになったところを、僕が慌てて腕をつかんで止めた。
「静かにって言ったよね!?」
「あっ、ごめん」
「パディットも、急に近づかれるとびっくりするからね」
「そっと、ね」
僕と一緒に内側の柵の手前まで寄っていく。
パディットは寝そべったまま、頭だけを少し持ち上げ、セラをじっと見ていた。
(におい しってる)
浮かんだ感覚に、僕は少し驚いた。
「パディット、セラの匂い、知ってるみたい」
「え、なんで!?」
「あたし、初めましてよね?」
「治療所の薬草とか、包帯の匂いがするからじゃないかな」
「あー……」
セラは自分の服の袖をくんくん嗅いでから、苦笑いした。
「たしかに、いつも薬草まみれだわ」
「触ってもいい?」
さっきパンに触れたときと同じような声で、セラが聞いてくる。
パディットの様子を確かめる。
(触っていいかってさ?)
(だいじょうぶ)
「大丈夫だってさ」
「やった!」
セラは両手をパディットの前に出して、見せるようにしながら、そっと近づけた。
パディットは鼻先を少し伸ばし、くんくんと匂いを嗅ぐ。
その瞬間、セラの肩がびくっと揺れた。
「っ……!」
そのまま、セラの手のひらに、そっと頬を押しつけた。
「も ふ も ふ」
両手でパディットの頬をむにむにし始めた。
「ふわふわぁ、なにこれ最高!」
(くすぐったい)
パディットの尻尾が、地面をぱたぱたと軽く叩く。
キラーウルフの威圧感が、もしゃもしゃ撫でられてるせいで、どんどん抜けていく。
「……なんか、すごい光景だな」
外側の柵のところで腕を組んで見ていたビーツさんが、ぽつりと言った。
そのあと、セラは少しだけ真面目な顔になった。
「グラムさん、なんか言ってた?」
「その力を、今度は間違った方向に向けないようにしろって」
思い出して、そのまま口にする。
「グラムさん……」
セラは、ふっと笑った。
「ところでフライ」
パディットの耳をもふりながら、セラが顔だけこっちに向けた。
「この子の魔力、ちゃんと見てもらったの?」
「あ、まだだね」
「シアンさん、言ってたよ」
セラが続ける。
「新しいモンスターも、一度ちゃんと魔力の状態を見たいって」
「あと、赤目を経験した個体の魔力がどうなってるか、興味あるってさ」
「シアンさんらしい」
でも、正直僕も気になっていた。
あの赤目のぐちゃぐちゃな魔力が、今はどんな形になっているのか。
専門家の目で見たら、もっと違うことが分かるかも。
「ホルスさん」
僕が振り向くと、ホルスさんはすでにこちらを見ていた。
「やっぱり、一度シアンさんたちに見てもらった方がいいですよね」
「もともとそのつもりだ」
ホルスさんは、空を見上げる。
「ちょうど昼どきだ、ハンターたちはマスターのとこで飯食ってるはずだな」
ホルスさんは、外側の柵の方へと歩き、ゼンさんに声をかけた。
「ゼン、このあとシアン連れてきて、パディットの魔力を見てもらうけど、作業は気にせず続けてもらっていいからな」
「おう、酒場に行くなら、マスターにもよろしく言っといてくれ」
「レインさん、牧場の件で少しピリピリしてたからよ」
ゼンさんは、木の柱を肩に担いだまま笑う。
酒場のマスター、レイン。
村の食を預かる店の主であり、みんなの母的存在の人だ。
「セラ」
ホルスさんが振り返った。
「悪いが、酒場まで走ってくれないか」
「シアンがいたら、村長と俺の許可済みで、例のキラーウルフの魔力チェックをしたいって伝えてくれ」
「了解」
セラは、パディットの頭を最後にもう一回だけわしゃわしゃしてから、名残惜しそうに手を離した。
「パディットちゃん、またね!」
(ちゃん)
パディットが不思議そうに首をかしげる。
「じゃ、行ってきます!」
セラは外側の柵の門をぱたんと閉め、また全力ダッシュで村の方へ駆けていった。
「さて」
牧場を見渡しながら言う。
「パンとパディットの魔力を見るってことは、同時にそれを繋いだお前も見られるってことだからな」
「へ……」
テイムをして、僕自身の中の何かも変わっているのだろうか。
「祠の竜と繋がったテイマーがどう見えるか、正直ちょっと興味あるな」
ホルスさんは腕を組んだ。
「それ、余計に緊張するんですけど……」
僕自身は、一体どうなっているんだろう。
そう思いながらシアンさんたちを待った。
⸻
やがて、畑の向こうから、複数の足音が近づいてくる。
「来たな」
ホルスさんが、外側の柵の方へと目を向けた。
先頭を歩いてくるのは、銀髪をひとつにまとめたローブ姿、シアンさんだ。
その隣で、丸眼鏡のノエルさんがきちんと歩いている。
少し後ろには、バードさんの姿もあった。
「おつかれ、テイマー君」
牧場の前まで来ると、シアンさんが片手を上げた。
「なんか、また面白いことになってるって聞いたんだけど?」
「面白いんですかね」
「モンスター牧場なんて、初めて聞いたもん」
「まぁ、確かに」
ノエルさんが、少しだけ眉を下げて僕を見る。
「フライさん、色々と無理してませんか?」
「今のところは、大丈夫ですよ」
内側の柵の向こう、日陰で寝そべっていたパディットが、ゆっくりと頭を持ち上げた。
金色の瞳が、周りをじっと観察する。
(あたらしい におい)
「ほぉ」
シアンさんが、興味深そうに目を細めた。
「で、今日は魔力チェックをしていい、ってことですよね?」
「ああ、村長の許可も取ってある」
ホルスさんが頷く。
「魔杖使いの目から色々見てほしい」
「了解」
シアンさんは、ローブの内側から細長い杖を取り出した。
「テイム、赤目経験個体、って時点で、だいぶカオスだからねぇ」
そう言いつつも、目は楽しそうだ。
「順番としては、まずフライ、次にパン、最後にパディット」
「全体像を見てから、個別に見る」
そう言うと、シアンさんが杖を軽く振る。
「じゃあフライ、そこの石の前に立って」
「深呼吸して、できるだけいつも通りモンスターたちと繋がっている状態でいて」
「いつも通りですね」
パンとパディットの気配を器で確かめながら、ゆっくり息を吐く。
「そのまま動かないで」
シアンさんが杖の先端を向けると、ゆっくりと色がにじみ始めた。
「〈〈サイト〉〉」
シアンさんが短く唱えた。
金色の器の中に。
淡い赤。
深い灰色。
最初に声を出したのは、バードさんだった。
「これ、どうなんすか?」
「正直驚いたね」
シアンさんの声が、いつになく真面目になる。
「フライって魔法は使ったことないんだっけ」
「はい、魔法は使えませんよ」
シアンさんは、石の色をじっと見つめ続ける。
ノエルさんが横から覗き込み、小さく息を呑んだ。
「すごい器ですね」
「ノエルから見ても?」
「はい、器の大きさが、普通の魔杖使いの比じゃないです」
「普通の魔杖使いの器の、そうですね……十倍はあるんじゃないですか?」
ノエルさんは、冷静な口調のまま続ける。
「しかも、その器の魔力がとても安定してますね」
シアンさんが杖をくるりと回しながら言う。
「この器なら、フライは魔法を使えると思うけど」
「僕が魔法を使えるんですか!?」
「そうだね」
シアンさんはあっさり頷いた。
そこで、ぴしっと杖の先端が僕の胸のあたりを指した。
「その器にある魔力、質が良すぎる」
「良すぎるって、どういうことですか?」
僕は首を傾げて質問する。
「竜の器の効果なのか、ベースの魔力が綺麗で凝縮されてる」
「魔杖使いとして見ても、鍛えれば前に出てかなり戦えると思う」
ハンターたちと並んで戦う、その景色が一瞬だけ頭に浮かぶ。
「ただし」
シアンさんの声は冷静だった。
「この状態で、何も知らないまま魔法を撃つのは絶対に駄目」
「魔力の流し方、杖の使い方、魔法の制御、全部できて初めて魔杖使いよ」
「もし魔法を使いたいなら、魔杖使いの基礎から、私がみっちり教えてあげる」
シアンさんは杖を肩に担ぎ直す。
「結論を言うと、フライは、テイマー本職、魔杖使いのサブ職持ちも可能だね」
「魔杖使い……」
シアンさんが、僕の肩をぽんっと軽く叩いた。
「テイマーとしての補助の気持ちで、魔法の基礎は覚えといてもいいんじゃない」
「魔力の流し方、杖の使い方、あと簡単な攻撃魔法とかね」
ホルスさんが、そこで一歩前に出た。
「俺も賛成だ」
「お前が、テイマーとして動いた時にも、自身が戦力になれるとなれないとでは、生存の確率からして違う」
「そうですよね」
「僕も戦えたらってずっと思っていました」
「シアンさん、よろしくお願いします」
シアンさんが、ぱちりと目を瞬いた。
「いい返事だ」
口元が、わずかに緩む。
「じゃ、決まりね」
「テイマー兼魔杖見習いくん」
「なんか肩書きが増えていく……」
僕にもできることがあるなら、力になれる何かがあるなら、やってみたいと思った。
⸻
「フライの器はそんなところとして」
シアンさんは杖を握り直し、外側の柵の中を見渡した。
「次は、パンとパディットだね」
パンは、外側の柵の内側、日向と日陰の境目でちょこんと座っていた。
(ちょっとだけ、パンの中の魔力を見せてね)
そう声をかけると、パンは安心を返してくる。
シアンさんがパンの方に杖を向けると、石の中の色が少しだけ変わった。
「〈〈サイト〉〉」
シアンさんが短く唱えた。
前より少し濃くなった赤色が滲んでいく。
「……この前は淡い赤だったけど、少し成長してるね」
シアンさんが頷く。
「もしかして、器の中の魔力が増えれば、まだまだ成長するかも」
「多分、今回の伸びも、パディットをテイムしたことの影響なんでしょうね」
パンがよく分かっていないまま、耳がピクピク反応している。
「次、パディットね」
シアンさんの視線が、内側の柵の奥、パディットに向く。
パディットは、いつの間にか完全に起き上がっていた。
(今のパディットの魔力を少し見せてね)
僕はパディットに近づく。
シアンさんが杖の先をパディットに向ける。
透明だった部分に、ゆっくりと色が浮かび上がった。
「〈〈サイト〉〉」
シアンさんが短く唱える。
濃い黄色の線が数本見える。
「……ほう、全然濁ってないんだね」
「跡っぽいのはあるけど」
ノエルさんが分析する。
「赤目だったときの跡みたいなものが、ところどころに」
「でも、それを埋めるように、器から魔力が入り込んでます」
バードさんが、小さく息を吐いた。
「それ、要するにどうなんです?」
「簡単に言うと、中和されたいい魔力になってる」
シアンさんは、さらっと言った。
「魔力チェックは、ひとまずこんなところかな」
杖をくるりと回し、石の光をゆっくりと消していく。
「まとめると」
指を立てて数え上げる。
「フライの竜の器は、テイマーとしても魔杖使いとしても成長余地ありあり」
「パンの魔力も、テイム次第で成長余地あり」
「パディットは、今は中和されたいい魔力」
バードさんが、肩をすくめた。
「……村の戦力として、頼もしいですね」
「フライ」
ホルスさんはじっと、僕を見据える。
「これからは、一人で色々抱え込むなよ、村のみんなも力を貸してくれる」
周りを見渡すと、みんな笑顔を向けてくれている。
「困った時は誰かに相談しろ、みんなお前の味方だ」
「……昔から僕は一人で抱え込む癖がありました」
「でも、今はみんなが頼もしいです」
自然に、そう言っていた。
ホルスさんが、ふっと笑う。
「急がなくていいから」
シアンさんが、肩をすくめる。
「テイマーとして知ることが先でいいよ」
「魔杖使いは、見習いくらいの気持ちで十分」
「あ、それと」
バードさんが、何かを思い出したように、ひょいと手を挙げた。
「酒場のマスターからフライくんに伝言です、あとで顔出せって」
「僕が、レインさんに?」
「村の中にモンスター牧場なんてもん作ってる若造に、一言くらい言っときたいそうです」
「うわぁ……」
ゼンさんが、遠くから笑いながら叫ぶ。
「ほらな、だから言ったろ、マスターがピリピリしてるってよ」
ホルスさんが頭をかきながら、ため息をついた。
「フライ、覚悟だけしとけ」
「……そう言われると、余計にこわいです」
そして、内側の柵越しに牧場を見る。
パンは、いつものんきそうに耳を動かし。
パディットは、その背後で静かに座っている。
どちらも、ちゃんとここにいる。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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