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第十二話 もうひとつ力

 その日の夕方。


 牧場づくりの初日が終わり、ホルスは道場の戸をがらりと開けた。


「ふぅ……腕が落ちるかと思ったぜ」


 木刀を立てかけ、壁にもたれて伸びをひとつ。


 すると戸の方から、コンコン、と小さく叩く音がした。


「ホルス、おるか」


 聞き慣れた声。


「村長?」


 ホルスが戸を開けると、村長が立っていた。


「こんな時間にどうしました」


「少し、進捗を聞きにな……」


 そう言うと、道場の隅に腰を下ろした。


「牧場の方は、どうじゃった」


「ゼンたちの腕は、相変わらず確かで、いいペースです」


「フライは?」


「パンの具合を見ながら、大丈夫って俺に教えてくれてたな」


「そうか」


 それだけで、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。


「村長こそ、今日は”傘“の面々と話してたんじゃないですか」


 ホルスが切り出す。


「まぁその件もあって寄ったのじゃ」


「牧場の件、あの人たちがよく首を縦に振りましたね」


「……簡単ではなかったがの」


 村長は、道場の真ん中あたりをぼんやり見つめた。


「あやつらも、この地を取り巻く異変には気が付いておる」


「赤目の件も、森の気配も含めてな……」


「でしょうね」


「モンスターを村の内側に入れるなど、最初は皆、難色を示したわ」


 ふっと苦笑する。


「でも最後には、若い者の時代にせねばならん、と言っておったわ」


「……」


「老いぼれが前に立ち続けていては、この村はいつかモンスターの波に飲まれる」


「お前たち、次の世代が前に出て、わしらは支える側に回らねばならん……とな」


 村長はゆっくりとホルスを見る。


「そのために、フライのテイムも、牧場の存在も、条件付きで認めたといったところじゃ」


「……なるほど」


 ホルスは、短く息を吐いた。


「なら、安心して進めらる」


「牧場のことは、ホルスに任せる」


 声に、いつもの村長としての響きが宿る。


「フライを一人前にしてやってくれ」


「ホップの師でもあるお前なら、とわしは思うておる」


「重い役目ですね」


 ホルスは、頭をかきながら、口元だけで笑った。


 村長もわずかに笑みを返す。


「頼んだぞ」


 村長は軽く手を振って、道場を後にした。


 扉が閉まったあと、ホルスはしばらく天井を見上げ、それから小さく息を吐いた。


「……次の世代、ね」


 頭の中に、フライと、ホップの顔が浮かぶ。



 翌朝。


 簡単に朝ご飯を食べてから、家の裏の物置に向かった。


「おはよう、パン」


 戸を開けると、干し草の中から白い頭がぴょこんと飛び出す。


(フライ ごはん)


「今日は引っ越し準備だからね。ちゃんと食べとかないとね」


 僕は干し肉を渡してから、腰を上げる。


「それじゃ、僕たちも行こうか」



 牧場予定地に着くと、すでにゼンさんたちが動き始めていた。


「おー、フライ。いい時に来たな」


「外側の柵はほぼ完成した。内側も、今日は囲い切れるだろうな」


 ぐるりと見渡す。


「まだまだこれからだがな。雨よけとか、寝床とか」


 ゼンさんは、パンの方を見る。


「パンは?」


(におい おぼえた)


「昨日より全然慣れてますね」


「なら上々だ」


 ゼンさんは腕を組んだ。


「お前、今日はどうするつもりだ?」


「どう、って?」


「パンがもうここが自分の場所だって思い始めてるなら、お前がじっと待ってても、時間が経つのを見てるだけになる」


「それなら、見張りの仕事でも行ってこい」


「村長も言ってただろ、気配の異常を意識して見て回れってな」


「たしかに、そうですね」


 ビーツさんが、軽く手を挙げて笑う。


「任せといてくださいっす。パンちゃん、大人しいんで大丈夫ですよー」


「……何か変な気配を感じたらすぐホルスさんかフライくん呼びに行きます」


「ということだ」


 ゼンさんは、金槌を肩に担ぎ直した。


「お前はお前の仕事してこい」


「帰ってくるまでに、仕上げといてやるからよ」


「……分かりました」


 胸の中でパンに意識を向ける。


(パン、ちょっと見張りに行ってくる)


(におい あんしん)


 パンもここにすっかり慣れた様子だった。


「じゃあ、見張りに行ってきます」


「おう。頑張れよ」


 ゼンさんに背中を押されるようにして、僕は牧場を後にした。



 見張り小屋に上がると、交代相手が手を振ってくる。


「おつかれ、フライ。例の牧場、だいぶ形になってきたな」


「はい。今日から見張りの方も、ちゃんとやらないと」


 見張り交代の挨拶を済ませ、周りの景色を見渡す。


 辺りを見回したが特に何もなく、平和だった。


 しばらくすると、変わらない風景のはずなのに、胸の奥で何かがかすかにうずいた。


(……ん?)


 最初は、気のせいかと思った。


 パンの気配でもない。

 もっと、ずっと遠くから――それでいて、どこか覚えのある気配が、胸の中に触れてくる。


(モンスターの……気配?)


 思わず目を細め、森の方角を見る。


(近い……いや、近づいてきてるのか?)


 息を呑む。


 赤目に近づいたあのとき。

 胸の奥に、得体の知れない飢えや怒りが雪崩れ込んできたあの感覚。


 でも今回は、それとは違う。


 もっと静かで、もっと……


(確かめたい……けど、一人で行くのは駄目だ)


 見張り台から下を見下ろす。


 少し離れた道場の庭で、ホルスさんが木剣を振っているのが見えた。


「……ホルスさん」


 僕は見張り台を飛び降りホルスさんの元へ駆けて行った。



「はっ!」


 木剣が空気を裂く音が、乾いた土の上に響いていた。


「ホルスさん!」


「どうした、そんな慌てて」


「モンスターです!たぶん……」


 呼吸を整える間も惜しくて、言葉が先に出た。


「……どこだ」


 ホルスさんの目つきが、一瞬で変わる。


「北に森、村からそんなに離れていないと思います」


「昨日みたいに胸の奥で分かる感じで……ただ」


「ただ?」


「ぐちゃぐちゃで嫌な感じじゃないです……なんていうか……」


 自分でもうまく言えない。


「でも、魔力は感じます」


 ホルスさんは、短く息を吐いた。


「どうしたい?」


「確かめたいです」


 即答だった。


「信じていいんだな?」


 ホルスさんの声が、少しだけ低くなる。


「……少なくとも、今のまま森に放っておく方が、よっぽど怖いと思います」


 胸の奥の気配が、また少し近づいてくる。


 僕を呼んでいる――そんな錯覚すら覚えた。


「よし」


 ホルスさんは、木剣を置き、壁際の本物の剣を手に取った。


「門番には俺から話す、行くぞ」


「はい!」



 村の外に出ると、森から伝わる気配が変わった。


(……近い)


 一歩、足を進めるごとに、胸の気配がはっきりしていく。


 パンのときより、ずっと重く、ずっと鋭い。


 息が、少し速くなる。


「距離は?」


「もうそう遠くないと思います」


 ホルスさんは無駄な言葉は挟まず、ただ足を進める。


(呼んでる……?)


 そんな言葉が、自然と頭に浮かぶ。


 やがて、木々が少し開けた場所に出た。



 森の影から、黒いものが一歩、二歩と姿を現す。


 大きな体、しなやかで無駄のない筋肉、灰色に近い毛並み。


 そして――金色の目。


(……っ)


 思わず息を呑んだ。


 間違えようがなかった。


「こいつは……」


 ホルスさんも、一瞬、言葉を失う。


「キラーウルフ」


 森の覇者と呼ばれる、モンスターだ。


 それが今、こちらをじっと見ていた。


「フライ」


 ホルスさんの声が響く。


「これは…」


 言い切る前に、胸の奥で気配がした。


(におい おぼえてる)


 はっきりと言葉で聞こえたわけじゃない。


 でも、そうとしか言えない気配が、まっすぐに心に触れた。


(やさしい におい)


「……におい」


 思わず口から漏れる。


「こいつ、自分から来たのか……?」


 ホルスさんが、信じられないものを見るように呟いた。


「キラーウルフは、本来群れで行動するモンスターだ」


「群れから離れるのは……」


 さらに気配が揺れる。


(かえれた ありがとう)


 はっきりした言葉にはならない、けれど、胸に伝わる感情は、まぎれもなく本物だった。


 ホルスさんは、剣の柄に手をかけたまま、構えは崩さない。


「……どうする、フライ」


 真剣な目で、僕を見る。


「こいつは、問題もあるぞ」


 その声には、迷いと、現実が混ざっていた。


「キラーウルフはグラムを半殺しにした」


「テイムが通っても、村に連れて帰るとなりゃ、真っ先に反対するのはあいつだろう」


「……はい」


 グラムさんの怪我した姿が頭に浮かぶ。


「それに、良い方向に転がりゃかなりの戦力になるが、悪い方向に傾きゃ、村にとって爆弾みてぇなもんだ」


「赤目個体の件もある」


 ホルスさんは目を細める。


「僕は……テイムを……テイムを試したいです」


 ホルスさんが、少しだけ顎を上げる。


「村のためにも、なると思います」


 胸の奥の震えを、ぎゅっと握りつぶすようにして言葉にした。


 キラーウルフの金色の目が、じっとこちらを見ている。


「ちゃんと証明したいです」


 正直な気持ちだった。


 ホルスさんは、しばらく何も言わなかった。


 森の風が、二人と一匹の間を抜けていく。


 やがて、ふっと息を吐いた。


「……分かった」


 剣を握る手の力を、少しだけ緩める。


「お前がそこまで言うなら、俺に異論はないさ」


 目は、まだ真剣だ。


「ただし」


「ただし?」


「テイムするにしても、こいつを村に連れて帰るにしても――」


 ホルスさんは、キラーウルフから目を離さないまま続ける。


「グラムやハンター連中には、必ず俺と一緒に報告する」


「お前一人に全部かぶせる気はねぇ」


「……はい」


 胸の奥が、少しだけ軽くなった。


「心強いです」


 ホルスさんは一歩前に出て、キラーウルフと真正面から向き合った。


「こいつは、牙を向ける気配はねぇんだな」


「はい」


 僕は一歩、前に出る。


 だが、キラーウルフはその場から動かない。


(こわい、でも確かめたい)


 ゆっくりと、手を伸ばした。


 怖い、それでも、テイムのときは、いつもこうやって手を伸ばしてきた。


(繋がってくれるかな?)


 頭の中で、静かに問いかける。


 金色の瞳が、少しだけ細くなった。


(あたたかい もういちど)


 胸の奥が、じわっと熱くなる。


「……じゃあ」


 小さく呟いた。


(話を聞かせて)


 胸の中で、言葉にならない何かがぱっと広がる。


 心と心が、そっと触れ合うような感覚。


 左手の甲と指輪が熱を帯びる。


 どこか懐かしい気配が、一気に流れ込んできた。


(あのとき やさしい におい)


(あいにきた)


 キラーウルフの胸の内側にあるものが、少しずつ、形を持ち始める。


 僕は、その渦の中に、そっと意識を沈めていった。


 意識を沈めた瞬間、あの景色が一気に胸の内側に広がった。



 喉を焼くような飢え。

 骨を噛み砕く感触。

 赤い視界。


(……っ)


 迫ってくる記憶は、僕のものじゃなかった。


 牙で獲物を噛み砕く。

 血が舌に広がる。

 それでも、腹の底がぜんぜん満たされない。


(タリナイ タリナイ タリナイ)


 そんな焦りみたいな感情が、かつての感覚と一緒に渦を巻く。


(アカイ クルシイ)


 頭の中に、赤い棘みたいなものが何本も突き刺さって、視界がぐにゃりと歪む。


 そこから先は、ほとんどぐちゃぐちゃだった。


(ああ……これが……)


 あのとき僕の中に流れ込んできた、赤目の時の中身だ。


そして――


(こえ)


 そこに、一筋だけ違う気配が混ざり込む。


 真っ赤の中で、手を伸ばしてきた誰か。


 恐怖と飢えの中で、それでも必死に「話を聞かせて」と言ってくる、声。


(アタタカイ)


 矛盾した感情が、胸を引き裂きそうになっていた。


 赤く濁った視界の向こうで――


(カエリタイ)


 それから、群れに帰って落ち着いて、森の空気も少しずつ静まって――


 それでも、胸の奥に残ったひっかかりみたいなもの。


(やさしさ もういちど あいたい)


 それが、この狼を群れから離れさせた。


 ぐちゃぐちゃだった感情の渦が、すこしずつ変わっていく。


 そこで、ふっと意識が浮上した。



「フライ!」


 ホルスさんの声が、耳のすぐ横で響く。


「あ……」


 自分の膝が、少しだけ震えているのに気づいた。


 目の前には、さっきと変わらずキラーウルフがいた。


(おぼえてる におい)


(……僕も、覚えてるよ)


(赤目だったときのことも、群れに帰りたいって思ってたことも)


 キラーウルフの耳が、ぴくりと動く。


(そして、もう一度会いたいって――そう思ってくれたことも)


 キラーウルフの尾が、ほんの少しだけ揺れた。


「……テイム、できそうか?」


 ホルスさんが、慎重に問いかける。


「多分、もう半分くらい繋がってます」


 自分の声が、思ったより落ち着いていた。


「むしろ、自分から繋がりたいって来てる感じです」


「なら――」


 ホルスさんは剣から手を離し、ゆっくりと腕を組んだ。


 僕は、もう一度胸の中で言葉を結ぶ。


(僕はフライ)


(あの時の、僕の選択の続きを知りたい)


 キラーウルフの内側で、何かがぴくりと揺れた。


(いっしょ ありたい)


 そっと手を伸ばす。


(じゃあ、一緒に行こう)


 その瞬間、胸の器で、繋がった感覚が強くなった。


(……!)


 すると、金色の瞳がわずかに見開かれ――


(いこう)


 次の瞬間、胸の器とキラーウルフの気配が、しっかりと繋がった。


「……っ」


 思わず、膝に手をつく。


 ホルスさんが慌てて近づこうとする気配がした。


「大丈夫です」


 手を挙げて制する。


「ちゃんと、繋がりました」


 指輪と手の甲が淡い光を放つ。


 胸の器から声が聞こえた。


(いっしょ いこう)


 意志が、はっきりと胸に届く。


 ホルスさんが、目だけでキラーウルフと僕を交互に見た。


 そして、キラーウルフの目をじっと見る。


「あのときの赤目と同じ個体、だよな?」


「間違いないです」


 僕は頷いた。


「記憶が、ちゃんと繋がっています」


「あの赤いのは、自身でも制御できなかったみたいで……」


 言葉を選びながら説明する。


「それでも、あのままじゃ駄目だと思って」


「なるほどな」


 ホルスさんは、ゆっくりと息を吐いた。


「じゃあ、こいつはもう一度やり直したいってワケだ」


 ホルスさんは、少しだけ厳しい目をした。


「でも、こいつを本当に村の力にするつもりなら、尚更最初に向き合わなきゃならねぇ相手がいる」


「そうですね、ちゃんと説明します」


「よし、じゃあとっとと村に戻るか」


 僕たちは、村へと引き返していった。



 門の前まで戻ると、見張りの人が目を丸くした。


「ホルスさん!? あの、それ……!」


「落ち着け」


 ホルスさんが片手を上げる。


「こいつは、フライがテイムした。大丈だ」


 信じられないものを見るような目で、門番はキラーウルフと僕を見比べる。


「詳しい話はあとだ。今は、村長とハンターたちに話を通す」


「は、はい……!」


 門番はそれ以上何も言わず、ただ固まったまま見送った。


 キラーウルフは、村の中をじっと見回している。


 できるだけ人通りの少ない道を選んで、僕たちは治療所へ向かった。



 治療所の前に立つと、さすがに手が震えた。


「……行くか」


 ホルスさんが戸を軽く叩き、そのままがらりと開けた。


「おじゃまします」


 中には、見慣れた匂いが広がっていた。


「はいはい、どなた――」


 棚の前で薬草を並べていたケールさんが、こっちを振り向き目を見開いた。


「……は?」


 その視線が、ホルスさんを通り過ぎて、僕の隣のキラーウルフで止まる。


「ちょっと待って、その後ろのそれ」


「キラーウルフだ」


 僕が答える前に、ホルスさんがあっさり言った。


「フライがテイムした。たぶん、この前の赤目と同じ個体だ」


「……はぁぁぁぁぁ!?」


 治療所の空気が、一瞬で凍りついた。


 奥のベッドからも、「おいおいおいおい!?」という声が飛んでくる。


 グラムさんだ。


「ちょ、待て待て待てホルスさん!あんた、何連れて来てんだ!」


 包帯だらけの体で、信じられない勢いで身を起こそうとして、ケールさんに押し戻される。


「バカ、慌てて起き上がっちゃ駄目!」


「いやいやいや!無理だろこれ見せられてじっとしてんの!」


 グラムさんの目が、キラーウルフに釘付けになる。


 キラーウルフも、グラムさんの匂いを嗅ぎ分けたのか、耳を少し伏せた。


 胸の奥に、微かな緊張が走る。


 でも、それは――気まずさに近かった。


(いたくした わるかった)


「……グラムさん、あのときの赤目です」


「忘れろって方が無理ってもんだろ……」


 グラムさんは即答した。


 僕は、一歩前に出る。


 視線が、一斉に僕に集まった。


「さっき、森で会いました」


「胸の中で繋がって、あのときの記憶も見せてもらって――」


 グラムさんは、信じられないって顔をしたまま、黙り込む。


「あの赤い目は、自分じゃ制御できなかった、でっもあのままじゃ駄目だったって」


 ゆっくりと言葉を選ぶ。


「それで、グラムさんを襲ったことも、僕たちを追い詰めたことも、ちゃんと覚えてて」


「謝りたいって会いにきました」


「謝る……?」


 グラムさんの眉が、ぴくりと動く。


 胸の奥で、キラーウルフの気配が揺れた。


(いたくした すまない)


 その想いを、そのまま伝える。


「グラムさん」


「――あのときのこと、ちゃんと謝りたいって言ってここに来てます」


 沈黙。


 治療所の空気が重くなる。


「正直、グラムさんのことを思うと、後ろめたさもあります」


 グラムさんが、眉間にしわを寄せる。


「でも――」


 胸の奥の熱をそのまま言葉にする。


「僕はあのとき、殺さないで済ませたことを、正しかったって証明したいです」


「村のための力にしたい」


 ホルスさんが、そこで口を挟んだ。


「俺も一緒に見てきた」


「フライの言う通り、今のこいつからは赤目のときの気配は感じねぇ」


 グラムさんは、じっとキラーウルフを見る。


「グラム」


 ケールさんが、ベッドの横で腕を組んだ。


「どうするか決めるのは、あんたでもあるわよ」


「……」


 グラムさんは、しばらくキラーウルフを睨むように見ていた。


 その目には、怒りも、悔しさも全部混ざっていた。


 やがて――


「ホルスさん」


 名前を呼んだ。


「本当に力になんのかい」


「ああ」


 ホルスさんは一切迷わず答えた。


「俺の目と、長年の勘と、フライの顔を見た上で言っている」


「……フライ」


 次に僕の名前が呼ばれる。


「お前、本当にこいつを村のために使うって覚悟、あるのか」


「あります」


 自分でも驚くくらい、声は静かだった。


「ちゃんと村の力として使う覚悟は、あります」


 グラムさんは、大きく息を吸って、吐いた。


「……あーもう、クソ」


 頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。


「正直、こいつ見ると、あのときの痛みも、恐怖も悔しさも全部蘇る」


「けどよ」


 グラムさんは、顔を上げる。


「ホルスさんと、お前がそこまで言うなら――」


 僕とキラーウルフを、じっと見据える。


「簡単には認めねぇけど、最初から全部否定するのもやめる」


「……」


「その力を証明してくれよ、フライ」


 僕には十分すぎるくらいの言葉だった。


「ありがとうございます」


 深く頭を下げる。


「牧場で責任を持って預かります」


「俺も時々様子を見に行く」


 ホルスさんが言った。


「こいつの力が本当に村のために動くかどうか、俺の目で確かめてやるさ」


 胸の奥で、キラーウルフの気配が小さく揺れた。


(ありがとう)

 

「ありがとうって言ってます」


「おう」


 グラムさんの返事を聞くと、僕たちは治療所をあとにした。



 牧場に戻るころには、太陽はだいぶ低くなっていた。


 内側の高い柵も、だいぶ形になってきていた。


「おーい、フライ!」


 ゼンさんが金槌を振り上げたまま、こっちを見て固まった。


「……おい」


 ゆっくりと金槌を下ろしながら、目をこすった。


「気のせいかと思ったが、気のせいじゃねぇな」


「ただいま戻りました」


「戻りました、じゃねぇよ」


 ゼンさんは、キラーウルフを指さした。


「今日の出来事にしては、スケールがでけぇな!」


 ビーツさんとジャズさんも、揃って口をあんぐり開けている。


「ゼンさん、落ち着いてください、テイムは通ってますから」


「そういう問題でもねぇだろうが……」


 ゼンさんは頭をかきむしったあと、ふっと笑った。


「まぁいい」


 キラーウルフとしばらくにらめっこしたあとで、


「とりあえず、ここはこいつの新しい居場所だ」


 ゼンさんが、柵の内側をぐるりと見渡す。


「パンの方はまだ外側だけ、こいつはしばらく、内側の本命柵に入ってもらうことにするか」


「フライ」


 ゼンさんが、にやっと笑う。


「パンとこいつ、両方の居場所を作ることになるな」


 胸の器で、二つの気配が遠くから小さく呼び合うように感じた。


(しろい ちいさい)


(おおきい はいいろ)


 パンのふわっとした温もりと、キラーウルフの暖かさが、同じ場所で静かに揺れている。


(なまえ、どうしようかな)


 僕は空を見上げた。


 金色の目が、少しだけまっすぐ僕を見た。


 自然と、口が動く。


「じゃあ――」


「これから君は、パディットだ」


 パディットの尾が、かすかに揺れた。


(なまえ パディット)


「……よろしく、パディット」


 手を伸ばす。


 パディットは、一歩前に出て、その鼻先を僕の手のひらにそっと押しつけた。

読んでくださりありがとうございます。

ようやく戦える頼もしい仲間、パディットが加わります。

モンスターも今から増えてきます。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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