日本での生活
地球に来てから約1年が経った頃、僕達は「日本」での生活に順応し、同じ家に住んでいた。
僕自身は様々なバイト先を転々とし、休日は文化などについて調べる、という流れを繰り返している。
カリヤは特殊清掃員を長く続けており、空いた時間は全てチョコとの時間へと変換している。
チョコは配信者を始め、短期間でかなりの人気を集め、今では若者に聞けば大体は知っている有名人だ。
ドラセナは他のメンバーが全員拒絶反応を起こしたプログラミングに興味を持ち、システム系の新人として歓迎されているらしい。
ラヴィンはかなり苦労した様で、今では死にそうな顔をして毎日絵を描いている。
最初はバイトを始めようとしたらしいのだが、メイド喫茶に応募した時に「証明写真がコスプレェ!?」と叫ばれた事にショックを受け、長い間引きこもっていた。
その間にも何か仕事にしようと音楽や絵に手を出した結果、なんとか最近仕事になってきたようだ。
以前の生活とは打って変わって、それぞれがそれぞれに生きるためのお金を稼いでいる。
乗り物や文化に最初こそ戸惑ったものの、慣れてしまった今ではかなり便利に感じている。
地球上には存在しない種族特徴である、額の角や毛の生えた耳、尻尾も「コスプレ」の文化のおかげでなんとかなっている。
それでも地方らしき場所へ遠出した際には、多くの人から奇異の目を向けられたが。
逆に大きくギャップを感じたのは力の差だ。
筋肉が盛り上がっている人ですら、僕達の住んでいた世界では子供程度の力しか無い。
その上、成人した人間ですら、ペットボトルのキャップが開けられない事があると聞いた時はこの国の文化的な冗談か何かかと思ったものだ。
「ただいま〜」
「んおぉ…」
バイトから帰宅し、家の扉を開けると、チョコが玄関でだらしなく寝転がっている。
いつの頃からかは日常となったこの光景。
こちらの酒との噛み合いで、チョコは酔っ払うとありとあらゆる奇行に走る。
未成年は酒が飲めないと知って驚いた時もあったが、この醜態を見て納得したものだ。
「うぅん…虹色のスーパーチャットありがとうございます…」
飲酒配信だけはさせられないな…
こんな事を言い出したら炎上してしまうのではないだろうか。
家で酒を飲むと、何故か決まって玄関へと吸い寄せられて行くから大丈夫かもしれないが。
そのまま酒カスを乗り越えてリビングへと向かう。
カリヤがオンラインゲームで対戦している後ろで、ラヴィンが液晶タブレットに突っ伏して寝ている。
この時間帯はリビングのテレビ前と机は、大体この2人が占有している。
ラヴィンに「何故自分の部屋で描かないのか」と聞いたことがあるが、「世界が進んでいる実感がないとすぐに長めの休憩を取ってしまう」というよくわからない追い詰められ方をしていたため、それ以来はそっとしておくことにした。
「あぁ、おかえり…」
歩いてきた僕に気付きラヴィンが顔を上げる。
帰ってきた自分より余程死にかけの声で迎えてくれた。カリヤはゲームに集中しているため高速で頷いているが、声を出す程のリソースは残っていないようだ。
手に持っていた鞄を床に下ろし、上着を脱いでその辺に置いておく。
少しの間は部屋が汚くなるが、いつも深夜あたりにチョコとラヴィンが片付けてくれている。
「今日はヘルマが先だよぉ…」
ドラセナはまだ帰ってきていないらしい。
ドラセナ側はほぼほぼ定時で上がり帰ってくるため、基本は自分が遅いか早いかで前後する。
「そっか。ご飯買ってきたけど、食べるかい?」
「あっ、食べます。はい、すぐに」
寝ぼけ眼を擦りながら、いそいそと液晶タブレットやPCを横にどけるラヴィン。
「すいやせんすいやせん」と慌ただしくも乱雑にPC等を移動させると、僕の手から弁当を受け取る。
「温めて無いけど大丈夫かい?」
「この弁当は冷たい方が食べやすい」
「じゃあ飲み物持ってくるよ」
「いや、大丈夫だから。ヘルマは休んでて?」
「そんな甘やかさなくても…」とボヤきながらラヴィンは立ち上がって冷蔵庫へと向かう。
あっちにはチョコが転がっていたはずだけど、踏まないだろうか…
少し不安に思いつつ背中を見つめていると、「オワーッ!」とカリヤが大声を上げた。
「チクショウ!俺の勝ちだバーカ!ざまあみやがれ!」
「勝ったのに何でそんな負けセリフみたいな事を…」
「ヘッ!こんなゴミ相手に勝つなんて当たり前なんさ!」
ここまで勝ち誇っているカリヤは、前の世界だと酒の場での決闘ぐらいだっただろうか。
素面だと、失敗こそあれ善人の中に収まっていたはずなんだけど…
「んおぉ〜、ザコザコザコォ〜」と呟きながらそのまま寝転がる。
一体どれだけ炊いていたんだ?
「カリヤは飯食う?買ってきたんだけどさ」
「お?いや、今はいいかな。後で貰うよ。センキューな」
「分かった」と返し自分の部屋へと移動し始める。
そのタイミングで扉の開く音がした。
「帰ってきましたっ、よ〜」
疲労こそ感じるものの、元気な声が聞こえてくる。
ドラセナが帰ってきたみたいだ。
「おかえり〜」
「ヘルマ!今日は帰ってきてるんですね、と。何ですかこの死体は」
どうやらチョコはまだあそこから動いていないらしい。
そのままズリズリと音を立てながらラヴィンと一緒に戻ってくる。
足をチョコに掴まれているが、何も気にせず引きずっている。
「紅茶淹れたんだけど、2人はいる?」
「ふふ、頂いてもいいですか?」
「僕も貰うよ」
なら部屋に戻るのは後にしよう。
少しばかりここでのんびりしてから部屋に戻ろう。
労働組がふう、と一息ついて座り込む。
それを聞いてかラヴィンが紅茶をカップに注ぎながら「お疲れ様だね〜」と労ってくれる。
「今日は何かありましたか?私の方はいつも通りですけど」
「僕の方も特には何も無いさ。1年も経つと流石にこの生活にも慣れてくるもんだね」
「そうですねぇ。最初にオナさんと会っていなかったら、もう少し苦戦していたかもしれませんが」
まだ足を掴んでいるチョコを足で踏み踏みしながら、ドラセナはこちらへきた時を思い返している。
こちらへ来て最初に関わった人。オトナシ・ナオトさんとの交流は今でも続いている。
色々な人から慕われている彼は忙しく、頻繁に会う事はできないが、時々彼が開催しているイベントに参加して話している。
今では「オナさん」という愛称で呼び、お互いに助け合える関係になった。
「そろそろ何か変化が欲しい、かもだね」
「ふふ、かもですね?」
紅茶を飲みながら、「ふむ」と思考を巡らせるドラセナ。
ラヴィンはマイペースに弁当を口に運んでいる。
変化、変化か。
「今度水族館に行ってみないかい?モノは知っていたけど、行ったことは無かったよね」
「あ、良いですね。陸上の動物は魔物で満足できなくはないですが、水中は見たことがないですから」
「そうそう」
僕達は互いに海に接していない場所で生活をし、遠征が多いドラセナですら海を渡ってどこかへ行く、という事はなかったらしい。
「他国と関わるような年齢になる頃には、向こうが訪ねてくる立場に居ましたから」との事だった。凄いものだ。
「ほんで?いつ行くんだよ。せっかくだし行けるメンツ全員で行こうぜ?」
「そうだね。来週の土日って、予定ある人いるかい?」
シン…と静まり返る。そう。基本的には僕達は休日に日程が入っている事は無い。
あるとしてもチョコが配信関係で何かしらをしているぐらいだ。
「じゃ、土曜に行こうか。オナさんとかも誘う?」
「あちらは珍しくはないでしょうけど、せっかくですし、来れるならご一緒しましょうか」
「オナさん誘うのか!じゃあ俺が言っとくぜ!」
こんな感じの日常を過ごし、そのまま予定の土曜日まで過ごした。
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「いや〜、お疲れ様です。俺ここに居るの場違いじゃないですかね?」
タイミングよく休日だったオナさんと合流し、僕達は水族館へ来ていた。
「そんな訳!俺達はオナさんが居てでこそってもんですよ!」
「そう。ついでにコラボ配信も早く。」
「最近は配信点けてますから、もう少ししたらしましょうって」
特にカリヤとチョコカップルからは大人気だ。
何せカリヤが夢中になっているゲームも、チョコが配信でよくやっているゲームも、オナさんがメインでイベントを開いているゲームだ。
イベントに行くと2人して、実況席に居るオナさんにまるでアイドルかのような声援を送っている。
「まあ〜だったら俺は良いんですが、しかし水族館は初めてなんですね」
「そうなんですよ。僕達の居た世界にはそもそもそんな文化無いですし。海も遠かったもので」
オナさんには向こうの世界の話を、話せる範囲で明かしている。
圧倒的に文明が遅れている向こうの話を聞いて、それでも「行ってみたいものですね」とオナさんは言ってくれたが、「その辺の冒険者から背中を叩かれただけで肺が爆散すると思いますよ」と力の差による危険性を伝えると諦めていた。
雑談をしながら、会計を完了し水族館に入場する。
薄暗かった入り口から、より暗くなりながらも、道は青に彩られていく。
「おぉ…」
「私達にとっては、もうこの時点で感じるものがありますね」
異世界組は深く綺麗な青の照明に、奥に見える水槽に、心躍らせソワソワしている。
コツコツと独特な静けさの中を歩いていくと、小さな水槽の前へと辿り着く。
5人まとめてその小さな光景に釘付けになっている。
「水の中に草や砂を置いているんですね。展示の見栄えのためでしょうか」
「魚の気分とか生態によるものもありそうだけど、見栄えの側面もかなりありそう。」
ドラセナとチョコは展示の方法や、水槽のつくりに感心している。
見せ方を拘る事が多い人生だったからだろうか。
「へぇ〜、こんな生態してるんだ…魚ってそれぞれ違うんだね…」
「面白いですよね〜。実は普段触っているゲームの中にはこの生態を上手く活かしたキャラや設定が…」
オナさんが魚に纏わる色々な話を展開している。興味のある事を目にしたオナさんは大体こうなる。
カリヤは「?」の表情で聞いているフリをしているものの、水槽の魚を見ているだけだろう。
そんな流れで色々な水槽や魚を見て回っていると、一際大きな水槽の前にやってきた。
事前に調べていた目玉の場所だろう。多くの人がこの水槽の前で立ち止まっている。
「遂に来ましたね〜!国内でも珍しい巨大魚がいる大水槽!」
オナさんも先程までとは打って変わって興奮している。
小さな水族館しか行ったことがなかったと聞いていたので、ここまでのものを見るのは初めてなのだろう。
僕達も巨大な水槽を前に言葉を失い立ち尽くしている。
「青が、綺麗ですね?」
「ははっ!そうだね。とても綺麗だ。君と一緒だからかな?」
「ふふっ、もう分かるようになりましたか」
ドラセナは大水槽を前にも、いつも通りの雰囲気だ。
あの頃は返す事ができなかった言葉も、今は返す事ができる。
色々と変わったものだ。
ジンベエザメが悠々と水槽を泳ぐ姿は、まさに壮観。
しかしながら、僕達の間では少しばかりのギャップが生じている。
「竜ほどの巨体を有しているのにも関わらず、ゴブリンですら狩れそうなぐらい弱いというものですから、不思議なものですよね」
「吸い込むしか攻撃手段がないなんて聞いたら、向こうの人達、なんて言うかな?」
こちらの人だと、きっと考える事はないだろう。
観賞用に捕獲されている魚に対して戦えるか否かを考えるなど、魔物と隣り合わせの僕達ぐらいのものだ。
こちらの生活に慣れてきたとはいえ、やはり故郷は向こうにあるのだというのがよくわかる。
「そうそう、向こうの人たちといえば」
ドラセナが何かを思い出したようにこちらに顔を向ける。
「もうそろそろかな?と思ってたんですけど」
「そろそろ?何がかな」
「一度向こうに戻ってみませんか?という話なんですけど」
「えっ?向こうに?」
それはどういう心境の変化だろうか。
家とは悪い関係では無かったと言うのは聞いているし、何だかんだ責任を感じているのだろうか。
5人で居るとはいえ、家族が居るとやはり寂しくなるものか。
「挨拶に行くならそろそろ行かないとな、と思いまして」
「挨拶?」
「こちらでは婚姻を結ぶ際には双方の親族に挨拶に行く、という文化があるそうです。私たちの世界だと一般的では無かったものの、貴族間では顔合わせに近いものはありましたので」
「なので挨拶に来ていただこうかなと」とドラセナは語る。
挨拶、挨拶か。
向こうに一度戻る、という手間や貴族の家に行くという重圧を考えても、「それでも挨拶は行くべきだよな」と感じているのは、こちら側に染まったからだろう。
ただ、貴族という軽んじることができない立場に居たドラセナが、現在の状況を説明しに行くという事は大切だろう。
ドラセナ自身はあまり重要だと考えてはいないようだが、流石に大切な娘が居なくなって全然見つかりませんは、向こうも大変な事になっているに違いない。
「行こうか。冒険者の皆にも久しぶりに会いたいしね」
「そうですね。また話してみたい人達でした」
次の休みの予定を立てながら、僕達は次の水槽へと向かっていった。




