第93話 対魔物戦闘試験10
前回のあらすじ:
ユウキたちの最後の行動で、海藤たちが伏せていたレイドボス戦の発生条件が一気に整った。
そのため海藤たちがレイドボス戦の事を説明する前に、レイドボス戦に突入することになった。
しかし同時にユウキたちにはレイドミッションが発生し、3人だけ他のメンバーとは別の戦闘空間へと転移していった。
『ユウキ!』
『大丈夫。自動回収は止めた』
レイドボスとの戦闘空間へと転移したタマキは、まずはユウキへと声をかけた。
まだ戦闘空間で音楽が鳴っている最中であり、これからレイドボス戦の魔物が出現してくる状況である。
場所は先ほどまでいた祭壇の高台を非常に大きくしたような地形となっており、登ってきた道を降りることができないように柵で封鎖されている。実際は別空間なので柵自体もただの表示だけのものなのだが。
ユウキが自動回収を止めたのは、前回のレイドボス戦を振り返っての反省からだ。
いつかスミレたちと共同でレイドボス戦を行う為に、ユウキたちは前回遭遇したレイドボス戦での行動をスミレも交えて振り返った事がある。
先ず前回のレイド戦でのユウキの自動回収は、あの時点では唯一の正解だったというのが結論となった。レイドボスというのは強力な魔物であり、子供が対処できるような相手ではない。ダンジョンシーカーのライセンス取得者でさえ、初めてレイドボスを見る時は恐怖で何もできない者がかなり出てくるのだ。
その為先ずは様子見を兼ねて連れて行き、その回では戦闘に参加させるのではなく慣れさせることを目的とする時もある。状況次第で一度石で脱出するパターン迄あらかじめ考慮してから実施するのがレイドボス戦である。
では次のレイドボス戦ではどうするか。これに関しては、ユウキたち3人は<魔化>を使用して様子見をしつつユウキの魔石回収で終わらせるか、大部分をユウキの魔石回収で倒しつつも一部はスミレたちが倒す形にしようと考えていた。
ユウキたちとしては、前回は何も知らなかった上に出来る事など他になかったのは理解している。しかし一つだけ不満はあったのだ。
レイドボスがどんな風に表れ、どんな動きをするのかさえ見ていないのである。
見たのは魔物たちが戦闘空間まで出てくる演出の途中段階までであり、闇の中にシルエットが見えた瞬間にユウキの魔石回収で倒してしまったのだ。生きて立っている状況すらまともに見ていないのである。
次こそはレイドボス戦をしっかりと見てみたい。
これは3人が次のレイドボス戦を行うにあたって唯一希望していた内容だった。今回はそのために、直前に使用していたユウキの自動回収を止めたのである。
『どうする?
俺は流石にレイドボスが動き出してから反応するのは無理だと思うから、<魔化>を使っておかないと厳しいと思うけど。強化レイドボスという位だから普通よりも強いんだろうし』
『そうね。私が空蝉と分身を使いながら転移で逃げ回るわ。サクラちゃんは分身を踊らせて支援を。サクラちゃん自身はユウキと同じように<魔化>で隠れながら見学で』
『分かりました』
『十分見終わったら自動回収を発動するよ。満足したら言ってね。
後はタマキがやばそうなら、その時は声をかけずに発動するからね。まぁ新型の結界があるから多少の事ならもつと思うけど』
サクラが持っているのと同様の結界の指輪を、ユウキもタマキも持っている。現状ダンジョンボスの魔石は3個しかなかったのでスミレたちの分までは作れていないのだが、そもそもスミレたちは素で強いのだ。
先に自分たちの身を守りなさいと、あっさり言われてしまったのである。
そして荘厳な音楽が鳴り響く中、タマキが空蝉の術を使った後に分身を増やしていく。
1人が2人、4人、8人、16人……次々と数を増やしていくタマキ。
その間にサクラも分身を出しながら踊り始める。
闇の中から魔物のシルエットが見え始め、ユウキが<魔化>を使用して退避……したところで状況が崩れた。
『ごめん、なんか塔の外にはじき出された』
ユウキがレイドボス戦の戦闘空間からはじき出され、塔の脱出場所へと転移させられてしまったのである。
『え?
あ……私も』
分身を出し終わったサクラがユウキ同様に<魔化>を使用したところで、サクラも塔の外へと転移させられてしまった。
『一度そっちに行くわ』
タマキはそういうとユウキの元へと転移する。
『たぶんここ、レイドボスを倒した場合に出てくる場所と一緒よね』
『だね。狂乱の塔の時も、出たのはこんなマークがある場所だったと思う』
ウエノ第3塔の壁面にも、前に見たのと同様のマークが見て取れる。
『ミッションはまだステータス画面に残ってますね』
『スミレさんもレイドボス戦は一度撤退してから再戦したりするって言ってたから、たぶんリセット迄はまたあの空間に入れるんじゃないかな。リセット前に誰かがレイドボスを倒したら入れなくなりそうな気がするけど』
『一応レイドボスの戦闘空間にも目印はつけておいたのよね。転移し続ける予定だったから。16階の入り口の所にも目印はあるし、感覚的にはどっちにも飛べるわね。
ただ、赤石君たちにつけておいた目印には飛べなくなってるわ。海藤さんたちにつけておいた目印にも』
『多分まだ出てきていないっぽいし、やっぱり通常のレイドボス戦の空間へと転移したんだろうね。それでタマキはそこに参加できないから転移できないんじゃない?』
『恐らくね。ちょっとさっきのレイドボス戦の空間へと転移してみるわ。
すぐに戻ってくるからそのまま待ってて。もし向こうのPTがいきなり出てきたら教えて』
『分かった』
そしてタマキが再びレイドボス戦の空間へと転移し、今度は<魔化>の状態で戻ってくる。
『演出が初めからだったわ。やっぱり再戦の為に入ったのと同じ扱いっぽいわね。
あと分身は私のもサクラちゃんのも消えてた。
今回は転移ではなく<魔化>で出たから、ちょっともう一度試すわ』
そう言って<魔化>を解いて再びタマキは転移し、普通に転移で戻ってくる。
『転移で出ても<魔化>で出ても同じみたい。あの備考の説明は分かり難いわね』
『全員が<魔化>を使用した状態になったら敗北扱いっていうのはその通りなんだろうけど、<魔化>を使った段階で本人は離脱するという事も書いて欲しかったね。
あの意味は、敗北扱いだから戦闘は最初からになるよって意味なのかな。元々誰か1人でも粘り続けていれば、倒した魔物はそのままで戦闘継続中に合流できるとかがあるのかも。
塔を登って再合流するのは時間がかかりそうだけど』
『今度ガイドさんにあった時に聞いてみるのも手ね。
ついでに結果的な事実だけではなく、出来れば何が起こるかも書いてほしいって』
『たぶん地球では私達が初めてなんですよね。スミレさんが言ってた鑑定の名前の例を考えると、そのうち勝手に変わるという可能性も……』
『ああ、確かにあるかもね。
もしくはそこは自分たちで情報を蓄積する部分という事かも』
『そうかもしれないわね。
さて、どうする?
ユウキたちも一緒に転移してサクッと倒す?
流石に今の状態でレイドボス戦を見学するのは、ユウキの力だと怖いわよね』
『そうだね。<魔化>が使えないならもっと色々と余裕が出来てからの方が良いかな。
あーでも、落ちついて考えたら今倒さない方がいいんじゃない?
一応俺たちはレイドボスを倒せないことにしたいんだから。倒しちゃったら、オーク城の時の様に何かが変わるんじゃないかな。
あの祭壇が消えるというのがありそうな気がする。やり方は分かったんだから、やろうと思えば適当に夜とかに行けばまた発生させられると思う』
『あ、そういえばそうね』
『今度のリセット前にこっそりとやって、報酬を貰ってしまうなんていうのはどうですかね?』
『サクラちゃん、それいいね』
『いいわね。それなら先にスミレさんにも相談できるし』
ちゃっかりと遠足のお土産まで貰って帰るつもりのユウキたちであった。
『まだあっちは出てこないわね。
こっちはどこまで話すのがいいか悩むわね……』
『うーん。先ずは別の場所に飛ばされる理由が必要だから、単に預かっている石で脱出したという事にするだけじゃだめだよね』
『私達の事をどこまで知っているんでしょうね』
ユウキたちは、とりあえず今回の現象をどう説明しようかと悩んでいる。
『あの山下と言う人はシルバーシーカーを知っていたから、<魔化>とレイドボスSSSの件は知っていると思うけど。
海藤さん達はどこまで知っているのか良く分からないね。折角色々仕込んだのに気が付いて貰えないし』
『でもレイドボス戦が課題になっているんだから、少なくともレイドボスを倒せる可能性があるという話はされていると思うのよね。
そうなると<魔化>とレイドボスSSS討伐の話は知っているのかも。ってそこまでくればシルバーシーカーの話も知ってるわよねぇ』
『課題として指示されていたからそのままやっただけで、実は何も考えてない可能性はないかな?』
ひどいユウキである。
『どうなのかしら?』
『そういえば、なんでレイドボス戦をするのかという説明すらありませんでしたね。
……もしかしたら海藤さん達も、レイドボス戦が始まる事を知らなかったという可能性は無いですかね?』
『そういえば装備も変えてなかったね』
『事前準備をしているようには見えなかったわ』
全てはユウキたちがあのようにゴブリンを全滅させるとは思っていなかっただけなのだが、ユウキたちにとってはありふれたいつもの出来事なので気付いていない。
『そういえば今回の事って、<魔化>だけでなくミッションも絡んでくるよね』
『そうね。レイドミッションなんだし、<魔化>を持っている上にミッションを開放しているという条件だと思うわ』
『ミッションだけでももしかしたら分離して、それぞれ別のレイドボスと戦う事になるかもしれませんよ。魔物の塔の時はPTが分かれてしまいましたし』
『ああ、レイドミッションだもんね。俺たちは≪オーバーチャレンジ≫が付いているけど、おそらく普通のレイドミッションもあるよね』
『そうなると<魔化>だけだと説明しにくいわね……。
もういっそのこと、「良く分からないけど3人一緒に別の場所に飛ばされた。<魔化>を使ったら何故かこの場所にさらに飛ばされた」でいいんじゃないかしら。
ミッションを絡めた報告はスミレさん経由でダンジョン探索協会へと報告してもらえるだろうし、そもそも中学生の私達には分からない状況になったという方がそれらしく聞こえる気がするわ』
『それもそうだね。中学生が妙に事情通の方がおかしいか。
俺たちは巻き込まれただけで良く分からないという事にしたいんだし』
『分かりました。
それにしても、向こうのPTはまだ出てきませんね。
もう突入してから5分以上たってますけど……』
後どれくらい待てばいいのか分からないユウキたちは、今は<魔化>を解いて待っている。塔からの脱出場所は魔物が寄ってこない安全な場所となっているために戦闘が発生する状況でもない。
とはいえ寒いので既に上位海竜のコートは着ているのであるが。
『とりあえず温泉に入りながら待っていることにして、その間にスミレさんと相談しようか。そうすれば向こうが出て来た時に姿が見えなくても宿泊設備の中に居たと誤魔化せるし。まだ誰も出てこないって、流石に変だよね』
外に出て来たのなら、タマキの転移で目印宛てに飛ぶことが出来るようになる。
なのでユウキたちが出てくる前に、既に全員出ていてしかも移動してしまったという事は考えにくい。
そのため石を使ってすぐに脱出して現れると思っていたユウキたちだが、赤石PTすら出てこない状況は流石に心配になってきたのだ。
とりあえず誤魔化すための温泉旅館の宝玉を展開し、タマキがスミレへと相談しに転移していくのであった。




