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第90話 対魔物戦闘試験7

前回のあらすじ:

先頭を進むPTがユウキたちのPTに変わった。

自分たちだけで進むと赤石PTが遅いので待つ必要があることが分かった。

赤石PTがついて来れる速度で移動することにした。

「今日はここで宿泊よ」



 14階のボスを倒した先の部屋で試験監督官たちは一度話し合い、今日の試験の終了を判断する。時刻はもうすぐ夜の8時になろうとしており、朝の7時に開始した試験としてはこの判断自体は遅いものだといえる。


 これにはいくつかの要因があるのだが、一番判断を迷う事になった原因は赤石PTだ。


 ユウキたちのPTはどう見でもまだまだ余裕の状況であり、何処で宿泊を入れても大差ない状況であった。しかし赤石PTに関しては、きっかけ一つでいつ離脱となってもおかしくはない状況となっている。

 そこで宿泊して長時間の休息がある場合、本来の力以上の階層までたどり着けるという事もある。


 実力以上の力を発揮すること自体には問題は無い。しかし現状はそれに加え、ユウキたちのPTが魔物をあっさりと倒してしまう。そのため赤石PTは試験に必要な1戦のみを行い、後は付いていくだけという状況になっている。

 これでは実習で引率の先生が付いているのと大差ない状況である。それに加えての、ギリギリの状況なのだ。


 試験監督官としては、赤石PTが限界を見極めて離脱を宣言したところで宿泊という流れを考えていたのである。実際は時間切れで、流石に宿泊をしなければまずい状況となってしまったのだが。





 赤石PTが離脱しないでついてこられる一番の原因は、ユウキたちにほとんどの戦闘を任せているからという状況だ。

 それにより盾役である丸山が装備する盾の耐久の減りが少なくなり、そして戦闘終了後に耐久の減った盾は山吹に渡しておき次の戦闘時に離れた場所で簡易修復をするという回復戦闘の継続も利用しながらの長期戦を行えているのである。



(くそっ)



 この状況を一番苦々しく思っているのは赤石だ。丸山はきっちりと盾役をこなしており、山吹も修復でそれを支えている。早川は調理スキル持ちのサポート兼サブアタッカーであるが、赤石は純粋なアタッカーだ。

 その分タマキとの差が目に見えて分かってしまうのである。



(いつの間にあんなに強く……踊り子の支援とはそこまで強力なのか?)



 根本的には武器の違いと身体能力の差なのだが、赤石はそもそもハイレア級の武器等まともに見たことは無い。そして身体能力に関しても、護衛を雇って迄強化した身体能力がそうそう劣っているとも考えていない。

 移動速度の差こそあるものの、単純な攻撃力という意味では敗けていないと思っているのだ。



(もしかして小野寺さんも、攻撃系のアレンジスキルなのか?)



 赤石から見たタマキは、元々素早さが目立つ軽戦士タイプだ。

 回避を主体とする近接戦闘を行い、魔物を死角から攻撃する状況を得意としている。対物の的を攻撃するような練習においても、自分よりも攻撃力があったとは到底思えない。そのため攻撃系では無いアレンジスキルだと考えていたのだ。


 その考えの方が正解なのだが。



「あかしー、宿泊設備出してくれ」


「あ、ああ」



 試験監督官より宿泊の指示があり、ひとり自分の考えに耽っていた赤石が早川に声をかけられる。

 赤石が短くなってあかし。丸山や早川は赤石の事をそう呼んでいる。そして宿泊設備の運搬は赤石の役目なのだ。


 丸山は交換用装備の盾を大量に収納しており、早川は魔道コンロや食事用の机、食材などを中心に収納している。山吹は修復用の素材を十分に持ち込んでいるうえに、他の3人と比べて収納スキルがあまり成長していない。戦闘経験によりスキルも成長するため、これは魔物を倒している量の違いによるものと言える。


 赤石PTにおいて宿泊設備を収納する十分な容量を確保できるのが、残った赤石だけなのである。



 赤石たちが所持している宿泊設備の外観は、木製のとても小さな家である。外から見たサイズは人が数人入ればいっぱいと思えるような物置レベルなのだが、中には十分な広さがある。

 これはタマキが以前から所持していた宿泊設備のテントと同じくレア級のダンジョン産アイテムだが、こちらの木製の家には2段ベッドが3個備え付けてあり、1PTが中で寝るのに十分安らげるようになっている。


 レア級のテントも外から見たサイズと中のサイズは異なるものの、収納時は閉じた状態であり中に家具を置いておく事は出来ない。寝具などは別に持ち込む必要がある。



 このレア級の木製の家も、普通に考えれば十分に高価な品だ。テントに比べると安定感もあり、取り出してそのまま使う事が出来る。大きさによってもっと高級な収納設備の家はあるが、そこは収納容量の問題があるので自分たちに適したものを持っているという理由がある。

 中学校での宿泊訓練実習でも、周りがテントを設置する中で十分な羨望を集めた実績もある。



 だが……この状況では相手が悪かった。



 まず目につくのが、海藤たち試験監督官が出した自分達のものよりも大きな家だ。取り出した時にはミニチュアサイズだった家が、天井すれすれの大きさまで拡大した。収納方法を見るだけでも分かるくらいに相手の方が良いものである。

 家には窓もついており、中にはキッチンなどもついているように見える。赤石たちの宿泊設備はあくまで寝る場所であり、料理は早川が持つ魔道コンロと机を用いて家の外でとることになるのだ。


 そしてさらに訳が分からないのがユウキたちの宿泊設備だ。

 当初ユウキたちが宿泊設備を出す様子が全くなかったことから、もしかして宿泊設備を用意し忘れたのかと赤石PTは勘違いした。中学の宿泊訓練実習ではタマキはテントを使っていたことから、テントの用意を始めないという事で忘れたのかもしれないと考えたのだ。


 赤石PTについてきている試験監督官が同様のテントタイプの宿泊設備を展開しており、まだその設営が終わっていない段階である。ユウキたちが準備するにしても時間がかかるはずであり、何故準備を始めないのかというのが当然の疑問として頭にはあった。



(これはもしかしたらチャンスなのではないか)



 そんな思いが赤石の頭によぎったのだが、ユウキたちが何もない場所に移動したと思ったらその姿が次々と消えていったのだ。全くもって意味が分からない状況である。





 そしてこの状況は、海藤たちにとっても同じ事であった。海藤たちが使用している宿泊設備は、クラン千本桜が所有しているハイレア級の宿泊設備だ。今回はクランの所有物を借りてきているのである。


 目的としては、宿泊時にユウキたち3人を連れ込もうと考えていたためだ。

 しかし昼間見たシステムキッチンはミニチュアから拡大するタイプであり、もしかしたら自分たちと同じような宿泊設備を持ってきているのかもしれないという懸念があった。だが実際は、宿泊設備の用意すらしようとしないのである。



「宿泊設備を忘れたのなら、こっちに来る?」



 海藤はユウキたちに声をかける。

 本来は食事も含めて宿泊設備も自分たちで用意するのが当然である。そのため、『宿泊設備や食事は自分たちで用意できるけれど、敢えて試験官たちの宿泊設備に招かれた』という言い訳が出来る状況になってから誘いをかける予定であった。


 しかし忘れたのであれば減点対象ではあるものの、誘いが上手くいく可能性が高い。その為このタイミングを逃さないようにと、他の人が声をかける前に話しかけたのである。



「あ、大丈夫です」



 タマキは海藤にそう答えると、既に展開されている『温泉旅館の宝玉』の結界エリアへと足を踏み入れる。ユウキとサクラから見れば結界の中に入っていっただけだが、他の人からはタマキが消えたように見えている。

 そしてユウキとサクラもタマキに続いて結界の中へと入っていく。



「え?

 消えた?」



 海藤が焦って消えた地点をうろうろしているが、許可が無いものは結界に触れる事すらできないのが『温泉旅館の宝玉』である。全くもって意味が分からない状況となったのだ。





「えっと、確認します?」



 そんな状況の中、ユウキが結界の外へと戻り海藤へと声をかける。当然これも、何故か良い物を持っている作戦としての行動だ。


 普通は受験生がいきなり消えたら焦るのが当然だ。宿泊設備に入っていくならともかく、いきなり消えたのである。説明もなしに。気にならないはずがない。



「え?

 どういう事?」


「これ、宿泊設備なんですよ」



 そう言ってユウキは海藤を一度結界の外へと誘導し、温泉旅館の宝玉の使用許可を設定する。



(こんな設備って存在するのね……)



 そう思いつつも何気ない顔で中へと足を踏み入れる海藤は、中に入ってさらにその豪華さに驚くのであった。





 その後、海藤たちに気が付いて貰えていないと思っているユウキたちの攻勢はさらに続く。どうせなら泊まってみればという誘いをかけ、更にもう一人の試験監督官が普通のテントということでそちらにも声をかけ、更にはだめ押しに赤石PTに迄声をかける。


 当然他の人もユウキたちが突然消えたことに驚いており、理由は知りたいと思っていた。そして中に足を踏み入れ、立派な旅館の建物があり、更に温泉まで付いている。



「なんでこんな物持ってるんだよ!」



 それは思わず口に出た赤石の叫びだった。戦闘においても色々と溜まっていた。自分たちは人よりも良い物を持っており、優雅な生活をしているはずだった。相手は施設育ちの貧乏人であり、高価な物など買えないはずだった。


 金は力であり、金さえあれば人を動かせる。自分たちは何でもできると信じている年齢であった。金さえあれば手に入らないものはないと思っていた。

 ホテルでの対応は何かの間違いであり、昼間の設備も何かの偶然だ。そんな思いで自分たちの優位性を守ってきた。

 その思いが、昼間だけでなく夜も続いたことで溢れてしまったのである。



「ちょっとした伝手があってね」



 そう返事をしたのはタマキである。赤石はユウキ宛に言葉をぶつけたつもりだったが、発言自体を見ればユウキたちのPTに向けた発言である。

 そして海藤たちが気付いてくれない分、赤石たちへの返事を使ってアピールしようと考えたのだ。



「えっと、伝手……ですか?」



 相手がタマキとなったため、赤石の口調は急に大人しくなる。



「うん。凄い人達と偶然知り合いになって」



 嘘ではない。スミレたちは十分に凄い人達である。



「それって、小山ダンジョンに居た人なんです?」



 小山ダンジョン関係者なら、自分たちでも繋がりができる可能性はある。そう考えた赤石はさらにタマキの話に食い込む。



「誰だかは内緒にすることになってるから、言えないのよね」



 学校生活そのものにスミレたちの事を持ち込む予定はない。それはそれで面倒ごとが増える原因となる可能性があるからだ。

 なのでこれも間違った話ではない。赤石たちに聞かせる話としては。


 しかしユウキたちの事をシルバーシーカーだと調べられる人が聞いた場合は、この話は別の意味になる。その人達にとっては、ユウキたちとスミレたちが知り合いだというのは当然のことだからだ。



「そうですか……分かりました」



 などという残念な表情を浮かべているが、赤石たちは物の価値を正確には理解していない。たとえこの『温泉旅館の宝玉』を持っている人とつながりを持てたとしても、金を出せば手に入るような物では無いのだから。



「試しに泊まってみようかしら」



 タマキと赤石に話が落ち着いた後、海藤の言葉がきっかけとなり全員で宿泊することとなった。

 金があっても手に入らない場合がある。そんな現実を赤石PTの面々に強烈な実感として刻み込んで……。





 *****



「どう思う?」



 温泉に入り食事を終え、海藤たち3人の試験監督官が部屋へと集合したタイミングで増田が切り出す。



「そうねぇ。あの子たち、もしかしたら上位空竜グレータースカイドラゴン上位海竜グレーターシードラゴンが何だかわかってないかもしれないわ」



 海藤は食事の準備をしている最中にあった出来事を思い出しながら返事をする。

 ユウキたちは上位空竜グレータースカイドラゴンの肉も上位海竜グレーターシードラゴンの肉も特別視はしておらず、他の食材と扱いが同じなのだ。



 これは単に大量に余っているというだけで、いつか無くなっても欲しければまた倒しに行けばいいなどと簡単に考えていることが原因であり狙っていた事ではない。現状はスミレたちも含めて大量に配っているのだけれど、元の大きさが大きいだけに解体して出てきた肉の塊も大量にあるのだ。


 スミレたちも売ってもいい所には売っているのだが、流石に物が物だけに誰にでもという訳にはいかない。面倒な相手が寄ってくる可能性の事もあれば、価値としての値段的な意味もある。

 高級品は高級品で、売りさばくのも大変な物なのである。



 そんなユウキたちが適当に扱う高級食材を見た海藤は、先ずは下味の付け方から指導を始めた。とんでもない肉はそのまま焼いた方が美味しいが、普通の肉は下味をつけた方がおいしくなる。


 しかしただ単に下味の付け方を説明した場合、ユウキたちはこのとんでもない肉にまで下味をつける処理をするような気がしたのだ。

 実際に下味の付け方を説明している途中で、「こっちの肉もそれで味が変わるかもしれないわね」なんていうタマキの声を聴いた海藤は「それに下味をつけるなんてとんでもない」等と言ってしまったくらいである。


 ユウキたちから見れば、ただ美味しいよりも味を変えたい場合もあるという程度の肉になっているのだからタマキの考えも間違いという訳ではないのだけれど。



 他にも揚げてカツにしたり、串焼きにしてみたりとその場にあった物と海藤たちが持ち込んだ物で出来る料理を作って夕食を作りあげたのだ。他の料理にも使える時間のかかる下処理は、材料を提供して専門の店でやってもらうという方法も伝えて……。

 ユウキたちが行った場合、素材をダメにする未来しか海藤には見えなかったのである。



「だから多分あの子たちは、単なる貰い物の美味しい肉位にしか思っていない気がするわ。

 しかもなんだか食べ飽きていそうな雰囲気もあった位だし」



 料理の準備の話を交えながら、海藤は増田と瀬川に説明する。



「そうなるとやっぱり、ダンジョンボスを倒した者達とのつながりがあるという事だよな」


上位空竜グレータースカイドラゴンの肉があるという事はそういう事だろう」


「この宿泊設備も、伝手があるみたいだしね。

 いいわよねぇ、これ。うちのクランでも持ってないわよね」


「先輩たち専用で持っている可能性もあるが、聞いたことはないな」



 実は他のクランでも似たような物を持っているところはあるのだが、基本的に売るようなものではないので話自体が出回らないのである。

 とはいえ新たなダンジョンで未制覇の塔やゲートを攻略しまくっているユウキたちでさえ、2個目を手に入れられていない状況なのだ。取得できる確率自体がかなり低いのは間違いない。



「山下さんからの計画書だが、どうする?

 俺には彼らにそんな力があるようには見えないぞ」


「そうねぇ。舞台は16階だったわよね。まぁ、私達が守っている間に石を使って脱出して貰えばいいんじゃないかしら?」


「このままでは赤石達のPTもついてきそうだが……」


「その場合はPTではなく、クランかレイドを組む形にするしかないな」


「15階の魔物さえ倒していれば試験自体には影響がないのよね。赤石君たちのPTはそこで引き返してくれないかしら……」



 山下からの試験計画書には、16階でレイドボスを出現させる方法とその状況に持ち込むための試験内容について記載されているのであった。

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[気になる点] 似たような設備とかもあって、温泉宿がスーパーレアなら、やはりウルトラレア、レジェンドレア、ゴッドの宿泊施設もあるんだろうか。 スーパーで温泉宿なら、ウルトラとかレジェンドなら82話のよ…
[一言] 実際に下味の付け方を説明している途中で、「こっちの肉もそれで味が変わるかもしれないわね」なんていうタマキの声を聴いた赤石は「それに下味をつけるなんてとんでもない」等と言ってしまったくらいであ…
[一言] ごちそうさんです! になりそう
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