第61話 海と夜空と温泉と1
前回のあらすじ:
海底ダンジョンを発見したので、休憩しに海岸まで戻った。
「はぁ~……。これが本物の星空、か……」
ユウキは温泉に浸かりながら、空を見上げてそう呟く。
軽く斜めになっている温泉の壁に背をつけリラックスできる構造は、そのまま寝てしまいそうになるほどの夢心地だ。
「今日はこの温泉に入ってるのね」
「寝湯も気持ちいいですよね」
ユウキがゆっくりとしているところにタマキとサクラがやってくる。既に温泉旅館の宝玉を使用する時は毎度のことであり、今はPTメンバーとして地図に表示されていることから向かって来ている事も分かっていた。タマキやサクラからすれば、ユウキがどこにいるかもすぐにわかるというものなのだが。
ユウキは既に慣れた事と声が聞こえた方を振り向くと、いつもと違う状況であることに気が付いた。
いつもはバスタオルを巻いて歩いてくるのだが、今日はバスタオルは巻いておらず、普通のタオルを手に持っている。そしてそのかわりに海で着ていた水着を着ているのである。
黒く長いストレートの髪に白い肌、そして薄い水色のビキニ。普段のシーカー装備よりも若干露出を増やした格好のタマキだが、温泉という空間で見る分には特に不自然ではない格好だ。
対するサクラはピンクの長いウェーブのかかった髪に少し日に焼けた薄い小麦色の肌。そして髪に合わせたピンクのビキニ。普段のシーカー装備より危なげがない水着であるが、それでもタマキより露出が激しい。普段の色々と見えそうなシーカー装備が異常なのである。とはいえ踊り子の装備としては、目を引くものを選ぶのは当たり前のことなのだが。
「今日は水着なんだ」
「折角の海だからね。ユウキも着替えて泳ぎに行かない?
昼間はユウキ、海に入ってないし……」
海に入って魚介を獲っていたタマキとサクラに対し、ユウキは船の上から魔物の対応をしていたのである。どうせなら一緒に泳がないか、という誘いをタマキはしているのだ。
「そうだね。海で泳ぐのって、学校のプールとはだいぶ違った?」
3人は魔物の塔に対処する際、基本的にシーカー装備をしたうえで<魔化>で海の中を移動していた。そのため、ユウキは泳いだとは言い難い状況なのである。
「そうね。プールに比べると波がある分だけ泳ぎにくかったわ」
「でも浮きやすいという話ですよね」
真水に比べて海水は確かに浮きやすい。だが、太平洋で実際に実感できるほどかというと、それは微妙な話である。
「サクラちゃんは胸に大きな浮き袋が二つもあるからね、きっと」
そう言いながらタマキはサクラの胸をじーっと見つめる。
「そんなに変わらないですよ。ねぇ、ユウキさん」
(その話題、俺がはいるの?)
ユウキは立ち入ってはいけない女の子の胸の話をこっちに振らないでと思うものの、タマキにとっては他の誰がどう思おうとユウキさえ見てくれればいいのである。
胸を突き出した立ち姿で、期待する目をユウキに向けている。
それに対しサクラは自然と前かがみの格好で、胸を腕で挟んで強調した状況となっている。これは温泉で寝転んでいるユウキに声をかける時にとった何気ない行動だが、サクラは踊り子のお姉さま方から男の視線を集める方法などを色々仕込まれているからだ。いつでもどこでも見られたい行動をしているのである。
「二人とも水着、似合ってるよ」
そして答えをはぐらかすユウキ。とはいえ目は口程に物を言う。
「むー。海に行くわよ」
タマキはそう言うとユウキとサクラを連れて転移してしまう。ユウキはまだ温泉で寝転んでいたため、水着を着ていないのだが。
「明かりを出すよー」
ユウキはいつもの明かりの指輪を装備して周囲に必要な明かりを生み出す。勿論あわせて収納内に入っていた水着も装備している。学校で使用していた水着ではなく、タマキたちと一緒に買い物に行ったときに手に入れたトランクスタイプの水着である。
「月が出ているとはいっても、やっぱり夜の海は暗いね」
「そうね。少し準備運動をしてから入りましょ」
ユウキは今まで温泉に浸かっていたので体は温まっている。夏の海なのでそれほど水温も低くない。とはいえいきなり海に入って体が動かないでは意味がない。
波打ち際で体を動かしつつ、海に向かう3人。はじめは少しずつ海水を自分の体にかけていたのだが、直ぐに掛け合いが始まってしまう。追いかけっこが始まり、海に泳ぎに入り、十分に海を堪能したところで海岸に寝転がる。
もちろんユウキの左側にはタマキが、そして右側にはサクラが寝ている。
「ユウキ、腕」
そうしてユウキの腕を伸ばさせて頭をのせるタマキ。そのままユウキに体をつけて密着する。そして無言で同じ行動をするサクラ。
ユウキは二人を抱え込むように手を動かしながら、夜の星空を眺めている。
「ねぇユウキ……嫌じゃない?」
タマキは思いつめたような真剣な顔でユウキに声をかける。ユウキはタマキを見て答えようとするも、あまりにも真剣な顔で聞いてくるので気軽には答えられない。
「嫌じゃないよ。タマキとこうやっていて嫌なわけないじゃない」
あ……と何かに気が付くタマキ。しかしタマキが次の言葉を言う前にサクラがすかさず反応する。
「私もいますよー。でも、今のは聞き方が間違っていると思いますけど」
「むー」
「顔は思いっきりにやけてますよ」
サクラはタマキが何を伝えたいのか予め聞いている。この格好で二人してユウキを抑え込むのも予定通りだ。タマキがいう言葉の選択肢を間違っただけで。
「あ、いや、サクラちゃんとこうやっているのも嫌じゃないよ」
「はい。もちろんわかってますよ。えいっ」
胸を押し付けてアピールするサクラ。タマキが聞きたいことを聞く状況に協力をしつつも今を楽しんでいる。サクラの役割は、ユウキをこの場に押しとどめる協力をすることである。
「ユウキ、えっとね。その、今のこの状況が嫌かどうかという事じゃなくて、今のユウキを取り巻く状況が嫌じゃないかなって」
「俺を取り巻く状況?
タマキとサクラちゃんがいて、二人とも俺によくしてくれているし。3人で一緒に旅するのも楽しいと思うし。嫌なんてことなんて無くて幸せだよ」
「はぅ」
真面目にそう言い切られてしまうユウキを見たタマキは、ゆるんだ顔を見られないように少しうつむいてユウキの体に押し付ける。
「タマキさん、またまた自爆ですよー」
「あれ?
また違った?
サクラちゃんはタマキが何を聞きたいか知ってるの?」
「はい。聞いてますよ。
まぁその辺はきっと次こそ、次こそタマキさんがやってくれるはずです」
「今度は大丈夫よ。説明からするから」
そうしてタマキはユウキに自分の思いを伝えていく……。
タマキにとって、ユウキの素質が戦闘力皆無という判定を受けたことはショックだった。それでも自分が強くなってユウキと一緒に行動すれば、強くなるスピードは遅くともいつかダンジョンシーカーに揃ってなれるのではないかと考えた。
しかしある意味で予想は裏切られ、ユウキは予想外の力を身に着けた。それでも一緒に探索を始めて見ると、やはり身体能力は低かった。
自分がユウキを鍛える。その気持ちはより強いものとなり、PTを組んで自分が積極的に魔物を狩り、ユウキには安全を確保することに専念してもらう。それと同時にユウキの基礎体力の向上もはかる。魔物を倒す事だけが修行ではないのだから。
サクラと出会い、レイドボスを倒し、称号や特別なスキルを手に入れたところまではまだいい。仮とはいえ、シルバーシーカーになった事も問題ない。これらはあくまで自分達に対する事だけで、社会への影響力はまだ少ない状況だった。
だが、訓練施設『初級コース』の突破は問題だった。そこがまだ初級コースだという情報が伝わり、そして倒せなかったゴーレムは魔鉄の供給源として利用できることが分かってしまった。さらにはスキル2、ミッションの開放の事がある。
特に問題なのはミッションだ。
ダンジョン内でこそ自分たちの活動が楽になるというだけの報酬であったが、地球上での緊急ミッションが転機となる。
ミッションは自分達を導いているのではないか。
こうなるともう自分達だけの話ではない。現状ミッションを行えるのは、自分達しかいないのだから。そしてミッションレベルの魔物となった場合、負担の大部分は自分では無くユウキが負ってしまっている。ユウキが居なければ成り立たないのだ。自分達が望む限り、ユウキは嫌でも嫌と言えないのではないか。タマキはこのことを心配しているのである。
「だからユウキが実は嫌になっているんじゃないかなって」
「え? 俺?
……俺ってさ、安全な後方から、命の危険もない状況で、魔石を回収しているだけだよね。
スキルの使用時間という意味では確かに警戒中も使用しているけど、その時は魔石を自動回収にしているだけだし。
むしろ魔物の塔の中でも、少しだけでも肉体に戻るタマキの方が負担じゃない?
ダンジョンでも、基本的に魔物に接近するのはタマキだけだし。俺は安全な後方に居るか<魔化>で退避しているし」
しかしタマキの話を聞いたユウキの反応はあっさりとしたものだった。ユウキから見れば、直接魔物と戦うタマキの負担が一番厳しいものに見えているのだ。
「本当に大丈夫?
今の私達なら、何もしなくたって死ぬまで優雅に暮らせるのよ。無理にミッションをする必要なんてないの。
それにほら、本物の空に本物の海。私達はもう体験しちゃったのよ」
本物の空。そして本物の海。
これはかつて地球上で暮らしていた者たちが、地球上を放棄してダンジョン内で暮らし始めた際に作った言葉である。元々地球上で暮らしてきた者はともかく、ダンジョン内で産まれ、ダンジョン内で育った者にとっては故郷は既にダンジョン内の都市だった。
ダンジョン内での生活が安定するにつれ、忘れられていく地球の事。地球上で暮らしていた者達にとって、それは許される状況ではなかった。地球こそが人類の故郷であり、今は紛い物の暮らしである。地球を忘れてはいけない。いつか地球を取り戻して欲しい。
そのような思いを込めて作った言葉が、本物の空、本物の海である。
ダンジョン内の空には高さ制限がある。
見た目は空なのだが、ある程度の高さ以上には飛べないのだ。そこには結界のようなものがあり、その上そこまでたどり着くと飛行型の魔物が次々と集まってくる。
その高さは山よりも低い高度の為、ダンジョン内での飛行船とは、山を越えるものではなく、谷を越えるものなのだ。勿論地面の影響を受けることもなく。地上の魔物に見つからないように動くというメリットもあるのだが。
その辺りの状況を上手く伝える部分を含めて教育用の絵本となっており、それがある種の地球上への憧れとして刷り込まれるのである。
いつか本物の空や本物の海を見てみたい。
自由に地球上を移動してダンジョン間を行き来するダンジョンシーカーへの憧れを強める原因の一つであり、かつて地球を忘れないでと願った者達の思惑は未だに生き続けているのである。
とはいえ魔物との戦いを考えると、実際に地球上に移動できるものは限られてくるのであるが。
「本物の空に本物の海。
俺たちはダンジョン内の海を知らないから、本物の海の方は差が良く分からないけどね。サクラちゃんはダンジョン内の海に行ったことは?」
絵本の中では匂いが違うという話になっているが、ダンジョン内の海の匂いを知らないユウキやタマキにとっては差が分からないのである。
「私も無いです。
海底の魔物の塔も海中ですし、匂いは分からなかったですし」
「そういえば魔物の塔もある意味ダンジョンみたいなものよね。でも確かに私も、肉体での活動時でも、匂いは分からなかったわ。というか水中呼吸の魔法を使っても、海中で匂いは分からないんじゃないかしら」
「明日、海底ダンジョンに入れば海上迄出られるかもしれないし。
匂いはその時に分かるかもね」
「そうね。
でもユウキ、ある意味一つの目標は達成したようなものだけど、ユウキはこれから何をしたい?
今でもダンジョンシーカーになりたい?」
ユウキやタマキも例にもれず、ダンジョンシーカーになって一緒に本物の空や本物の海を見るというのが願いの一つだった。他にも魔物を次々と倒す強さや、十分な稼ぎを得て好きに生活をする豪華さ、好きに移動できる自由さ等々色々とあこがれる部分はあるのだが、既に大半の願いは叶ってしまっているのである。
「そうだね。
今の俺たちなら、とりあえずダンジョン系の大学を卒業して学科試験免除を貰えばシルバーシーカーの仮条件と合わさってライセンスは貰えるみたいだし、あえて目指さないという手はないと思うかな。現状シルバーシーカーの権限は、スミレさん達と一緒の時に限るという仮状態だし。
ダメだったらダメでも普通に生活できるから別の道を急いで考える必要もないと思うんだよね。
それにさ。ミッション自体、何だかワクワクしてこない?
次はどうなるんだろう、とか。今度は何が開放されるのかな、とか。
やめるならいつでもできるんだし、俺はミッションがどこまで続くのか知りたいかな」
「ユウキが望んでの行動ならいいんだけど。
でもやめると言ってやめられるのかしら?
私達にしかできない事なのに」
「それは大丈夫だと思うよ」
「そう?」
「うん。だって、俺たちだけがミッションをできても意味ないじゃない」
「どういう事?」
タマキには、ユウキの言っている事の意味が今一理解できないのであった。
この回はまずセーフなはず。
長くなったので2話に分けました。
明日続きを投稿します。
温泉と名が付く回がいきなり変更されたら、運営様から恐怖の手紙が届いたと思ってください。
明日の回も、多分大丈夫……なはず。




