第17話 卒業と旅立ち
前回のあらすじ:ゲートの初制覇者特典を手に入れました。
宿泊施設の温泉旅館も手に入れました。
「並野、どうだった?」
1学期の期末試験が終わり、そしてその答案の一斉返却も完了した。
今は最後の返却が終わった直後の給食の時間。教室では皆が食事をしながら、それぞれの結果に一喜一憂していた。
そんな中、ユウキの隣の席の友人、松島がユウキに結果を聞いてきた。
「4教科382点」
4教科とは国語、数学、理科、社会。一般に高校受験でも使われる項目である。
ユウキがそう答えると沈黙が続く。
「……勝った!」
(くそ、負けたか)
ユウキもそれなりに自信はあった。
但し今回に関しては運動にゲートの探索。いつもよりは勉強ができていないのは確かだ。
ゲートは先々週にゲート都市カドマツに行ったのが最後で、先週はどこにも行っていない。丁度期末試験の最中の土日でたったため、ユウキもタマキもさすがに勉強をしたからだ。中央都市に向かう二人にとっては最後のテスト。
試験が終わり、答案返却が終わった今、後は卒業式を残すのみだ。
「何点だったんだ?」
「385」
「くっ、1,2問か」
「ふふふふふ、気分の良い夏休みを迎えられそうだ。並野はラストだから、俺の勝ち逃げだな」
「くそー。最後の最後でやられたか」
これまではユウキが僅差で殆ど勝っていた。
「なに、勉強だけの俺と違って並野は今忙しいだろ。これで勝てなければ俺が悲しい所だ。ぎりぎりだったがな」
「先週は勉強したんだがな」
「俺は先週だけじゃなくて先々週だって勉強してるって」
「だよな。俺が勉強に集中できなかったのは確かだ。それでも悔しいな」
「ふふふ、まぁ俺は春まで勉強が続くんだ、お前はがんばって合格しろよ。卒業おめでとう。ダメでも普通科には入れよー。そっちは先ず問題ないだろ」
「ありがと。一足先に卒業させてもらう。普通科も共通試験みたいだからやる事は同じだよ。ダンジョン科で決めたいけどね」
ダンジョン科は先に特有の試験項目があるだけで、その後筆記試験を行う。その筆記試験に関しては、共通科目は普通科と共通の試験だった。
その後はあっという間に卒業式。
今回卒業するのは南中では3年生の1/3くらいの人数だ。やはり地元、もしくは近場の高校、高専などに行く人の方が多い。
「およそ2年半、お世話になりました」
夏休みに入った初日、ユウキは中学に入ってから移った育児施設のスタッフの方達にお礼のあいさつをしていく。ユウキはこの夏休みで一番最初に出ていく者だ。
なにせ南中でダンジョン科を受験するのはユウキだけだ。他の者は普通科の受験なので、少なくとも夏休みの終わりまでは施設に居る。
ユウキだけはタマキと一緒に適当に向かうので、夏休みに入って直ぐにいこうとタマキに誘われているのだ。
「並野君、頑張ってね」
「いつでも遊びにおいで。またいつか元気な姿を見せておくれ」
施設にはおばあちゃん達も働いている。
子供はおばあちゃんには甘えやすい。そのため小学校の時の育児施設にもおばあちゃんはたくさんいた。
もちろん力仕事などを行うスタッフは別にいるのだが。
待ち合わせのカフェに入って紅茶を飲んでいると、少ししてタマキが合流した。
「お待たせ、早かったわね」
「こっちも着いたばかり。まだこれ飲み始めたとこだよ」
タマキも今日が夏休みの初日、同じように施設のスタッフに別れを告げてきた。
やはり北中付近の施設でもタマキが一番最初の旅立ちだ。本来ダンジョン科を受けるための専用直通長距離バスが出るのは7日後だ。今日出ていく必要はない。
だがタマキはあえて初日に出発することにした。
どうせユウキと一緒に行くことは決めている。だったら面倒なことに巻き込まれる前にさっさと出発してしまいたかったのだ。
そしてもう一人、ユウキにとっては懐かしい顔が現れた。
「よう、ユウキ。お前やっと動き出したんだってな」
「トオル? 久々だね。元気にしてた?」
「それはこっちのセリフだ。まったく。諦めちまったのかと思ったぞ」
トオルはユウキとタマキと同じ施設で育っていた仲間だが、北中へ行くために中学での施設変更で離ればなれになってしまっていた。
「それにしても良く俺が動き出したって分かったね。タマキが伝えたの?」
「伝えてないわよ。トオルはクラスが違うし、クラスメイト達とも上手くやっている様に見えたからね。私達の方に引き込むのは無理だと思ってたから」
「ちょっとスキルでな。詳しくは仲間外れにしてくれたお前らには内緒だ」
トオルは関係のつながりが色で見える。
最近タマキを見かけた際に、赤い糸が濃く見えたので相手が気になったのだ。タマキはずっとユウキを待ち続けていたのだと思っていたのだから。
そして方向的に北中の連中ではなく南中の方向だったため、ユウキと何かあったのだろうと気が付いたのだ。
因みに二人からトオルに向う糸は緑色をしている。これは仲の良い友人に見られる色であるため、トオルは昔の友情が続いていると感じているのだった。
「ケチ」
「ケチね」
「おまえらなー。アレンジ系だ。お前らだって教える気ないだろ。今は」
「そうね。今は。お互い合格したら考えましょ」
「お、良いのか? タマキは鉄壁のガードという噂だったぞ」
「あら、可愛い彼女さんにこっそり伝えてもいいのかしら」
「やめて、ダメ、それ、絶対」
「冗談よ。そっちも揃って合格しなさいよ。トオルだけだったら新しい彼女ができるまでPTには入れてあげないからね」
「おいおい、俺達よりもユウキを何とかしろよ。大丈夫なのか?」
「鍛えるわ」
「鍛えられるらしい」
「お前何で他人事になってんだよ」
「いや、ダメでも限定シーカーでいいかなと」
「限定シーカーはランクが上がってもアクセスできない情報もあるし、立ち入りが許可されない施設もあるぞ。何よりも他のダンジョンへ入る際の審査が厄介な場合がある」
「トオル、良く知ってるね」
「なんでお前は知らないんだよ。タマキ、教えてないのか?」
「ダンジョン学はこれから教えるのよ」
「……マジで大丈夫なのか?」
「何とかするわよ」
「勉強は得意だからね。問題はそっちよりも戦闘試験かなぁ」
「そうなのか? てっきり何かそっちの解決策が出来たから動き出したのかと思ったんだが」
「魔物相手なら何とかね。人間相手は相変わらず。戦闘力皆無は伊達じゃないよ」
「……がんばれ」
「鍛えるわ」
「……がんばる」
「それにしても、ほんとに二人だけで行くのか? 時間貰えれば連れを説得して俺達も付き合うぞ」
トオルがタマキとユウキの事に気が付いたのは少し前だが、出発の事を知ったのは今日タマキが職員に挨拶をしているところに出くわしたという偶然だ。トオルはユウキもバスで行くものだと思っていたからだ。
北中には通達の内容は関係ないので、生徒達は基本的に他の学校の生徒が来ないことを未だに知らない。
「大丈夫よ。こっちもスキル関係でね。今は内緒だけど」
「はいはい、まぁタマキが言うなら大丈夫か。それでも気をつけろよ」
そして3人はそれぞれ握手を交わしてお互いの合格を祈った。
「タマキ、まずはどこに行くの?」
トオルと別れた後、ユウキはタマキにこれからの予定を聞く。
ユウキは基本的にタマキ任せ。根本的に小山ダンジョン内の都市の位置関係すらわかっていない。ゲート都市カドマツがどこにあるのかさえ、さらに言えばイチゴの町が小山ダンジョン全体としてどの辺に位置しているのかさえ詳しくは知らない。
基本的に都市の中で生活が完結する側の人間のはずだったから。
「そうね。修行と勉強と観光を兼ねながら、まずは魔法都市マジクに行ってみようかと思うの」
「魔法都市なんてあるんだ」
「ええ、まぁ魔法の研究をしている都市という意味ね。魔法で出来ている都市じゃないわよ」
「ああ、そうだよね。都市の目的が魔法に関係あるという意味か」
「そうそう、お金はたまってきたし、EPだって適当に売れば十分なお金になるでしょ。ユウキに合う魔法があればそれも戦闘試験に使えるかもしれないわ」
「それって物理的な状態だと難しいってことだよね」
「どっちも素人なら、まだ試していない方も調べておきたいでしょ。体力的な問題もあるし、試験までに解決しなければならない問題がまだまだあるんだからね。ヒントは何処に落ちているか分からないわよ」
ユウキはタマキの言う事が尤もなことは分かる。
分かるのだが。
「凛々しくなる方向は」
「そっちも要努力ね。修行は続けるわよ」
先の見えない戦いだった。
「そういえば昨日、一昨日とイチゴを大量に納品してくれたんだってね。ギルドに旅立ちの挨拶に行ったら教えてくれたわ。
いつも私が対応してたけど、いなかったから他の人が対応したって。すごい量でびっくりしてたわよ」
「そうそう、タマキが居ない回が初めてで、どうすればいいか困っちゃったよ。ちょっとした実験を兼ねてね。やってみたい事があったからついでに納品しておいた」
「実験?」
「うん、これ」
ユウキはこの間のゲートで手に入れたアイテムを取り出した。
「ああ、まだ売り払ってないか聞いてきたナイフね。何か解体したの?」
ユウキが今手に持っているのは強化解体用ナイフ+2というハイレア級アイテム。解体するときに使うナイフで、+2が付いているという事は何か良い効果があるという事だ。
「ほら、前に解体スキルを覚えるにはどうしたらいいのかって聞いたじゃない?」
「牛のときね」
「そうそう。それで、解体の経験を積めば取れるって言ってたでしょ。魔物を倒して解体し続けるって」
「そうね」
「そこで考えたんだ。イチゴの魔物を解体するってどういう事だろうって」
「……イチゴを取る?」
「うん、正確には、イチゴの魔物を倒してからイチゴを取るんじゃないかと思って。そして俺のスキルの切り取る攻撃力。手に解体用ナイフを持っていれば、切り取る攻撃力が加算されるかなと思って一応ね。解体用ナイフを使ったことになるかなと。使わなくても解体扱いになるかもしれないけど。今まではイチゴを先に回収してから魔石を回収してたけど、今回は逆に、魔石を回収してからイチゴを取り続けてみたんだよね。解体用ナイフを手に持った状態で」
「面白い考えね。結果はどうだったの?」
「解体スキル、取れたよ。実験成功。ナイフの影響か順番の影響かは分からないけどね。まぁ学校後とはいえ二日納品する分の回数がかかったし、取れなくても資金になるからいいかなと思ったけど続けてよかったよ」
「おめでと。ならそのナイフはユウキがそのまま持っていてね。解体するときに持ってスキルを使えば+2効果もあるし何か良い事があるかもしれないから」
「そうだね。このまま持っておくよ。それにしても、平日はイチゴの収穫をしている人っていっぱい居たんだね。俺は休日しか行ったことが無かったから全然知らなかった。休日は親子連れとかがそこそこ位だったのに」
「それはそうよ、ここは収穫都市イチゴよ。この都市がここにある事には意味があるんだから。その人達は会社に雇われている人達よ。休日は会社も休みだからね。平日の人数が休日まで出ていたら普通の人は楽しみにくいでしょ」
「あれ?俺休日にイチゴ獲りまくったけど大丈夫だったのかな?」
「大丈夫よ。それに平日いっぱい人が居たってイチゴはまだまだ余ってたでしょ」
「だね。むしろ強めのエリアに早く着いたから助かったけど」
「そこよ。休日の親子連れとかは基本的に弱いエリアでしょ。だから会社としては自粛しているのね。休みはどっちにしたって必要なんだから、休日に合わせて会社を休みにした方が都合がいいのよ」
「そういうものなんだ」
小さなころから住んでいるイチゴの町。愛着のある町から今二人は旅立とうとしている。
旅立つ前に、小学校の頃住んでいた施設を訪ねてみた。もちろんユウキがイチゴを適当に回収してから。小学生たちが暮らす施設へのイチゴの差し入れは喜ばれるだろうから。
そこそこ大量に取り出したお土産に、小学生も小学校にまだ行っていない小さな子供も大喜び。つい数年前まで住んでいたところなのに、自分達もこんな感じだったのだろうと懐かしく感じた。
当時からいるスタッフにお礼を言い、今度こそ二人はイチゴの町を後にした。
町の門を歩いて出て、石の階段を横に二人並んでゆっくりと降りていく。
目の前にはイチゴの草原、そしてそれを収穫する人々が延々と広がっていた。




