リスが来た
「魔法協会の研究所の方だったんですか! すごい人だとはすぐわかりましたけど、エリートな方でいらっしゃったんですね!」
ソフィアさんが大声を張り上げます。
さっきから何ら成果が上がらないのは、もしかしてその大きな声のせいではないだろうか。
これでは出てくるものだってお暇しちゃうでしょう。
「あはは……ところでさっきから似たような場所をぐるぐる回ってるような気がするんだけど、大丈夫?」
「はい、そりゃもうこの辺りは庭みたいなものなので」
綺麗に咲き並ぶ紫色の花を跨ぐソフィアさんは震えていました。
わかりやすい人です。
でも気を悪くさせてはいけませんので、ひとまずは騙されておきましょう。
「それにしてもイノシシどころか動物の姿自体見えないね。こんなに大自然なのに」
それはちょっと不満でもありました。
ウサギとかリスとか、可愛い系急募です。
「以前はもっといたんですけどね。でもジャイアントボアが出だしてからは狩りもできない状態になってまして……」
ジャイアントボア――そのまま大きなイノシシです。
それがソフィアさんの町を窮地に追いやった悪いやつなわけです。
町長さんの家でお話を聞いた時には獰猛なのですぐに遭遇するという話でしたが、今もって出会いはなし。
ただ、問題の本質はそこではありません。
「それも精霊のいたずらのせいだろうね」
「はい、でも悪いことした覚えはないんですよ。いったいなんでこんなことになってしまったのか」
はてと疑問符を浮かべて聞き返そうとしたところで思い出しました。
古くから精霊のいたずらは地母神の怒りだとか、大自然の仕返しだとか言われているのです。
でも魔法協会の今の考えは違います。
精霊――魔素の集合体と考えられているそれは、方向性を持たない魔力の塊のようなものとされており、仕返しをするような知性体ではありません。
精霊のいたずらとは、その方向性を持たない魔力の塊が何らかの理由により方向性を持ってしまった結果であり、特殊な魔法と呼べるものなのです。
今回はその結果としてイノシシが巨大化してしまった、というわけですね。
そしてジャイアントボアの影響もあるでしょうが、私のリスちゃんや他の動物がいないことから考えると、精霊のいたずらの発動地点はこの周辺だと推測できます。
「モズリスの背中にある三本線って、魔女がつけたって本当ですか?」
わりと真面目なことを考えていたところで何という藪からスティック。
しかも古い迷信です。
確かにモズリスには茶色い三本線が横に入っていますが、魔女が爪で引っかいた痕だなんて嘘に決まっています。
固有の種のデザインを変えてしまう程の力はさすがに魔法使いにもありませんから。
そんな至極普通の回答を返しつつ私は足を止めました。
なぜソフィアさんが藪からスティッカーになったのかがわかったからです。
「どうされました?」
「いやどうも何も、あれって……リスだよね」
「え、リスはお嫌いでしたか? おいしいのに」
何かこれまた予想外のことを言われた気がしましたが、それよりも今はもっと気にすべきことがあります。
いや今のも相当気になるんですけどね。
前方に見えるのはもふもふした茶色い背中。
その背中には確かに三本線が見え、そのシルエットからするにモズリスでしょう。
「ちょっと、大きすぎやしませんか……?」
「そうですか? それほど大きくないように見えますけど。あ、振り向いた」
距離というのをソフィアさんは計算に入れていないのでは? とレクチャーしている暇はありません。
愛らしい顔のモズリスが頭だけで振り返り、次いで身体も向けてきました。
そして、
「きゅるるッ!」
これまた可愛らしい声で鳴いてから――突進。
「リヴィさん、一ついいですか」
「はい、なんでしょう」
「謹んで先ほどの発言を取り消させていただきまああぁぁぁうわああぁぁぁぁぁッ!!」
「これはこれはこんな状況でどうもご丁寧にいやあああああぁぁぁぁ!!」
巨大モズリスに追われ、私たちは全速力で駆け出したのでした。