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副所長は困惑す


 一つ問題を片付ければ、まるで待っていたかのように次の問題がやって来る。

 いつだって厄介ごとは渋滞を起こしている。

 いっそ投げ出してしまえば、新たな問題はもう起こらないのではないかと思うが、それを試せるほどスコット・ビアードは奔放ではいられない。


 彼は報告書の束をちらりと見て舌を鳴らす。

 衛兵が逃がした暗殺部隊は捕らえられた。

 報告では片田舎の領主を狙って返り討ちにあったとされているが、幾らか疑問が残る。

 

「そういえば聞いたことがあったな……」


 逃亡犯どもはそもそも数年前にアメリア・クオンティーナの気まぐれにより壊滅させられた部隊の残党だ。

 それに気づけば他の疑問も解消される。

 保管してあったアメリアが作製した魔導具を盗んだことも、それを使ってわざわざ辺境の領主を狙ったことも。

 確かその領主はアメリアと親交があったはずだ。つまりは今は亡きアメリア・クオンティーナへの復讐のつもりだったのだろう。


 ふとあの暗殺部隊に、実はアメリアに弟子がいたと伝えたらどうなっていただろうと考える。

 果たしてあの小娘は勝てただろうか。

 透写(インビジブル)と攻撃魔法への耐性を付与したローブに、視覚に影響する魔法を無効化するゴーグル。

 そこいらの魔法使いや、当然一部の属性魔法しか使えない半端者ごときでは対処できない代物だろう。


「下らん……」


 根拠はないが、あの小娘が負ける様が思い浮かべられず、スコットは一笑して戯れを止め仕事に戻った。

 するとノックもなしにドアが開き、スコットの弟子であるアレシアが顔を出す。

 相変わらずのだらしない格好にまた舌を鳴らす。


「師匠~、なんか外の雰囲気が超悪いんですけどぉ」


「知るか。おおかた情報が漏れたんだろう」


 再び侵攻を開始した魔族の残党。

 王都からそれを迎え撃つために再び出陣した勇者一団。

 安心しきっていた人々は、勇者が紡ぐ英雄譚の続きが見れるとほんの少し前まで浮かれていた。

 その英雄様が残党ごときに敗北し、命からがら戻って来るまでは。


「やばいっすよねぇ。なんかみんな不景気な顔しちゃって、息抜きに外出したのに全然生き抜きにならないっすよぉ」


「馬鹿か、お前は。それどころか、このまま行けば近い内にお前にも召集がかかるぞ」


「え!? なんでっすか!? 私、事務職希望だからこの職に就いたんすよ!?」


「緊急事態だ。国が協会に出兵を要請すれば、当然お前もその中に数えられるだろう。なにせ今の世の中、魔法使いの数は少ない。しかも居たところで、ほとんどが魔法を複数同時に使うこともできないレベルだ」


 そう言ってふと先ほどの報告を思い出す。

 今や片田舎では、魔法使いに出会うことなく一生を終える者も珍しくない。

 それほどに全ての魔法を扱える者は少なくなった。

 ならば……一体アメリア製の魔導具を打ち破ったのは何者なのか。


「話聞いてますか、師匠~! なんとかしてくださいよお!」 


「どうにもならん。それよりアメリア女史の屋敷のほうを報告しろ」


「えぇ……。屋敷のほうはですね、いちおう調べてはいますけど進展はないっす。書物はぜんぶ暗号化されているらしく解読班が頭を抱えてるっす。あと、いくつも隠し部屋が見つかりましたが、特に目新しいものはそこにありませんでした。あ、でもあの屋敷にあった鏡! あれ全部裏側から見ると透けて見えるようになってたんすよ! やばくないっすか!?」


「お前のその喋り方はどうにかならないのか……」


「どうにもならんっすね」


 ため息を漏らしつつ、「それで」とスコットは促す。

 肝心な話がまだ出てきていないからだ。


「あの大きな装置なんですけど、調査員の人の話だと六分儀じゃないかっとのことっす」


「大魔法使いの女史があんな装置を作って屋敷で測量を行っていたと? その間抜けを調査班から外せ。居ても役に立たん。それより、お前の見立てを聞かせろ」


 アレシアは腕組みをしてわざとらしく「ふむ」と間を置き、青筋を立てたスコットに気づいてあわてて喋り出した。

 だが要領を得ないその話は、よけいに彼を苛立たせる。


「なんか真ん中に嵌めてあるみたいなんすよ。入れ物に入ってて見えませんけど、おっきいパルフェタイトみたいな? 魔力を溜めておくものだと思うんですけど、よくわかんないっす」


「あそこはアメリア女史の研究に使われていた。当然あの装置も魔導装置の類だろう。だが問題はその用途だ。それがわからなければ意味はない」


「んー、でも魔導具にしては変なんすよねぇ。なんていうか、入り口と出口があるっていうか……? 使った痕跡っぽいのはあるんすけど、魔法の痕跡がないんすよねえ。あ、そうそう! 一番似てるのはあれっすよ! 精霊!」


「……精霊? 魔素の集合体のあれか。精霊……いたずら……ッ!」


 アメリア・クオンティーナの遺した装置。

 それに悪戯という言葉がパズルのようにぴたりと嵌る。

 まさかと思うが、しかし故人はそのまさかをするような危険人物だった。


「アレシア、今を持ってあの装置のある部屋はお前以外の立ち入りを禁ずる。いいか、くれぐれもあれに触れるな。触れずに用途を調べて、私に報告しろ。一刻も早くだ!」


 精霊のいたずら。魔力の塊が何らかの刺激により指向性を持ち、発動してしまう自然現象としての原始の魔法。

 もしあれがそれを再現する為に造られた人工精霊だとしたら……何が起きるかわかったものではない。

 珍しくスコットは肝を冷やす。

 それほどまでに、大魔法使いアメリア・クオンティーナは偉大で異常だった。


「あぁーッ!」


 身震いする師など気にもせず、アレシアは声を上げてスコットに詰め寄り、シャツから覗く自分の胸を指差した。


「悪戯で思いだしましたけど、オーダーメイドはどうなってんすか! 屋敷の悪戯(おもてなし)を解決したら買ってくれるって言ったじゃないっすか!」


「……お前はもう少し外の一般人を見習え。状況をわかってるのか」


「魔族が来るならなおさらっすよ! 前線に送られるとしてもなおさらっすよ! サイズの合わないシャツいやっすよ! みっともないじゃないっすか!」


 この弟子にみっともないという感覚があったことに驚きつつ、不測の事態を予測して憂いている自分が馬鹿のように思えてくる。

 以前、アメリアに「魔法使いならもっと遊び心を持て」と言われたことを思い出す。

 もしかすると、魔法使いとしては弟子のほうが正解なのかもしれない。

 だからと言って、今さら生き方を変えられるわけでもない。


「わかった。うるさい奴だ。行きつけの店に頼んでおく。だからさっさと仕事をしろ」


 そう伝えながら、「自分も新しい靴でも注文しておくか」と考えるぐらいが、スコットには精一杯の遊びであった。



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