ダメな子はまともなふりをする
町民のみなさんの声援を受けて私は西の森へと向かわされます。
案内役はソフィアさんです。
「足元お気をつけくださいリヴィ様!」
「うん、ありがと……」
褒められるのは嬉しいですけど、仰々しいのには少し抵抗があります。
それだけお困りであったということなんでしょうけどね。
町の西側には畑があり、その向こうには山々を背景に深い森が広がっています。
以前見た地図によると確か王国の端まで続く広大な森林です。
鬱蒼としたそれは人を寄せ付けない雰囲気がありましたが、ソフィアさんは躊躇いもなくその中へと足を踏み入れていきました。
さすが地元民。
続く私はすぐに方向感覚を失ってしまいました。一人だと迷子確定です。
「少し進むと川があるので、そこでお弁当に致しましょう。リヴィ様」
「うん。ところで、失礼だけどソフィアさんって今おいくつ?」
ソフィアさんは予想に違わない年齢でした。私の二つ上の十八です。
だからというわけではないですが、様付けなんてしなくていいよと言ったのですが、
「町を救ってくださる大魔法使い様を呼び捨てにするのは……町長の孫としてはちょっと」
いろいろと立場の問題もあるようです。
それでも交渉した結果、さん付けで譲歩していただけることになりました。
心地よい川のせせらぎが聞こえたと思えば、すぐさまに視界が開け視覚的にも心地よい清流様がお出になられました。
すっごく良い。体の芯まで気持ち良い。
透き通った清らかな水、きらきら光る水面、心の中までしみ込む流水の音色。
これだけで来て良かったと思えます。
川べりから覗き込めば、あわてて逃げるお魚さんのお姿。
ここでゆったりまったりお弁当を食べながら本を読むとかできたなら、もう夢のようです。
「すっごく綺麗。ほらソフィアさん、お魚……」
ばしゃんっと水しぶきが上がりました。
荒々しい形をしたソフィアさんの手には、今しがた逃げたお魚さんの姿が。
「捕ったらあぁぁぁッ!!」
勇ましくも逞しい。さすがは地元民。
お前は熊か、です。
「リヴィさん、どうせなら焼き魚もいかがですか? ちゃちゃっとここで調理してしまいますよ? おいしいですよ?」
「…………いただきます」
獲れたて、本当においしかったです。
「リヴィさんはそもそもこの町に何の御用時で来たんですか?」
サンドイッチの最後の一切れを口に放り込んでいるとソフィアさんが尋ねてきました。
「も、もしかして……魔法使いにとって貴重な薬草とかがこの辺りに自生している、とか」
キラキラ、じゃなくてギラギラした目のところ申し訳ないですが、私の答えはソフィアさんの期待するようなものではありません。
それを伝えると露骨にがっかりとしたご様子。
本当にどちらにしてもリアクションが大きくてわかりやすい人だことで。
「ではなぜこんなところに? 私が言うのもなんですけど、こんな辺境の家なんて貰っても不便なだけのように思うんですが」
「いえいえ、そんなことはないですよ。前に地図を見てここに目星をつけていたんだあ。魔除けの花も理由の一つだけど、周囲に森と川と丘があって、川の上流には渓谷があって……ここは理想的な立地なの」
「そりゃあ田舎ですから田舎らしいものには事欠きませんけど、だからって何をなされるんです?」
「私は――ゆったりと遊んで暮らしたいんです」
スッとソフィアさんの瞳から光が消えていくのを見ました。
「へぇ……」
あれ? 何かおかしいことを言ったでしょうか。
自然の中でゆったりまったり遊んで暮らす。こんな最高なことはないはずなのに。
……あっ。
もしかして……ダメな人間と思われてる……?
考えてみれば当たり前のことでした。
十代の乙女な私です。
はたから見ればまだまだこれからが働き盛り。
そんな齢で「遊んで暮らしたい」と言い出すのは、社会不適合者か甘やかされたお貴族様の我が侭か。
「そろそろ行きましょうか、魔法使いさん」
ソフィアさんの私への評価が急降下中。
失敗でした。私としたことが客観性を見失っていました。
幼い頃から老子にこき使われ、さらには寝食を忘れての研究の日々。
遊んだ記憶なんて、老子に引き取られる前の孤児院での僅かな記憶しかありません。
だからもう許されてもいいだろう、と思ったのだけど、その前提を知らない人からすればさもありなん。
きっと説明したところでわかってもらえないでしょう。
他人の苦労話なんて、だいたいの場合三割も伝わらないものでしょうから。
「そ、えっと……そう、そのご様子だと、ソフィアさんは騙せそうにはないようですねぇ……」
私は不敵な笑みを浮かべます。
その理由は今がんばって考えています。
「秘密にしてくれるなら少しだけお話ししてもいいけど、本当に秘密でお願いね。ソフィアさんが危険にさらされるのは本意ではないので」
ソフィアさんが首が取れんばかりの勢いで振り返りました。
大きく見開かれた目はまるで水面のようにきらきらと。
「だと思いましたよ! リヴィさんほどの大魔法使い様がただ遊んで暮らす為に来ただなんて私は信じませんよ!? なんだこのクソブルジョワとか思うわけないじゃないですか!!」
ぜったい嘘だ。さっき大も様も消えてたもん。
「せ、精霊のいたずらが問題だと見抜けた理由でもあるんだけど、この辺りは手付かずの自然が広がっていて魔素の濃度がすごく濃いの。魔素が濃いということは、魔力が使いやすくたまり易いということ。ま、まぁそれ以外にもあるけど、お話しするのはここまでにしておきましょう」
「じゃ、じゃあもしかして、壮大な魔術装置の開発だとか、すごい魔法の実験だとか、世界がひっくり返るような研究だとか……!」
「え、えぇ、そんなところだけど、これ以上はちょっと……」
「わかってます。わかっていますとも。私のおじいちゃんは若い頃に魔法をかじったことがありますから、弁えていますとも」
たぶんそれは嘘だし、そして何をわかってくれたのかもう私にはわからない。
けど、信用は回復したようなのでひとまず良しとしましょう。
なんか墓穴を掘ったような気もしないでもないですが。