魔法使いの新しい朝
小鳥の囀り、暖かな日差し、
「おはよう、ございます……お姉さま」
そして照れて毛布に隠れるフェルミアの顔。
そう、我が家で迎える初めての朝で――
「いやいやいやいや! なんでフェルミアが私のベッドにいりゅ!?」
「起こして差し上げようかと来たのですが、その、リヴィお姉さまが耳を離してくれなくて……ッ!」
どんな状況ですか。
私、どんだけ触りたかったんですか。
「ねぇ、でも耳が掴める距離にあるのもおかしくない……?」
頬を染めたフェルミアは、サッと毛布の下に隠れます。
私はいったい何をされそうになったのでしょうか。
というよりかは、そもそもフェルミアが当たり前に住み着いていることも問題なのです。
いえ、部屋はありますし別に住んでくれるのはいいんですよ。
ただ、ほら、お姉さんの言葉を借りるなら”関係性”がふわふわしているわけです。
恩返しと言ってはくれていたけれど、このままずるずると厚意に甘えるわけにも、その……好意を利用するみたいなのも、良くはないでしょう。
――ただですよ?
「わあ、もう朝食作っててくれたんだ!」
メイドさんって、いて困るものじゃないですよね?
自慢ではありませんが王都の屋敷にいた頃、私は家事全般どころか買出しもすべてメイドさんにやってもらっていました。
いつの間にか用意されている食事、下げられる空いた食器。かごに入れておけば勝手に綺麗になって戻ってくる服。玄関広間のメモに欲しいものを書けば、数日後にはそれが置かれている。
姿は見えずとも、私の研究の日々はそういうふうにメイドさんに支えられていました。
えぇ、そうです。
恥ずかしげもなくはっきりと言ってしまうなら、そんな私が一人で生きていけると思いますか? ということです。
「うん、おいしいよ。ありがとう」
「良かったです。姉に人間は濃い目の味が好きだと聞きまして、里で作るよりは濃くしてみたのですが、問題ないでしょうか」
「野菜のスープだから素材の味が出ててちょうど良いよ、うん」
「そうですか、良かった。ではこれからはこれで作りますね」
「うん……」
なんか、新婚さんみたい。
メイドは欲しい。でも求めているのは新婚生活では……なかったはず。
なんだか胸のうちがもにゅもにゅします。
朝食を終えた私はフェルミアを町に誘ってみましたが、家事をするからと断られてしまいました。
一人でふらふらと丘を下りつつ私は考えます。
なんとかフェルミアを傷つけず丸く収めたいものです。
そしてできるなら、お仕事としてメイドを続けてもらえれば最高です。
でも森の民がお金につられるとは思いませんし、それ以外の対価も思いつきません。
結局私は、丘を下りるまでに名案を思いつくことはありませんでした。
でも意外と名案って、ふとした時にやってくるものです。元研究職の私が言うのだから間違いありません。
名案というのはこっそり隠れていきなり出てくる、そんなサプライズ好きな方なのです。
私はこの町に来てすぐお家を頂けちゃうという幸運に恵まれましたし、きっと上手い具合に収まるはず。
ここまで色々ありましたが、老子の呪いなんて存在しないのです。私の幸運はきっと誰にも止められないのです。
なんて前向きに(都合良く)考えていると、
「ん?」
何やら町が騒がしいことに気づきました。
あちらこちらに通りを行ったり来たりな方々がちらほら。
お祭りかなにかでしょうか。ならば気分転換にはちょうど良いではありませんか。
さっそく幸運に恵まれたようですね。ふふふ。
騒がしさと甘い匂いに誘われて近づくと、一人のおばさまが大急ぎで何かを焼いていらっしゃっいました。
知的で可憐にご挨拶してみます。
「あらぁリヴィ様、おはようございます。あ、そうだ、本当はダメなんだけど、ちょっとお味見はいかが」
「いいんですか? ありがとうございますっ」
おばさまが焼いていたのはパンケーキでした。
ふんわりとしてほのかに甘く、何枚でも食べられちゃいそうです。
おばさまに完璧だとにっこりサムズアップ。
そして頂いたパンケーキをかじりつつ歩き出すと、通りにかけられた横断幕が目に入りました。
『祝!大魔法使いの弟子メアリ・A・スチュアート』
なるほどなるほど。メアリちゃんが魔法使いに弟子入りするんですね。
どうやらみなさま、そのお祝いの準備をされているようです。
実は見間違いかと思って無視しましたが、パンケーキにも同じ文字が焼印でつけられているんですよ。えぇ。
魔法を使いたいって言ってたから、きっと喜んでるでしょうねメアリちゃん。
そして私は、踵でくるりと回れ右してそのままお家へ。
「おかえりなさいませ……?」
と不思議そうな顔をしたフェルミアの前に跪き、祈るように手を合わせます。
「天罰でしょうかッ!! ずるいこと考えたからでしょうか!!」
「……え」
「幸運だって言ったじゃん! 老子の呪いなんてないって言ったじゃん!」
「あ、あの、ちょっと意味が……」
「あの魔法使いって、ぜったい私じゃああああんッ!」
何をどうしたらこんなややこしいことばかり続くのでしょう。
ねぇ老子、呪うのやめてもらえませんか。
迷案さん、サプライズするのやめてもらえませんか。
あなたじゃ、ないの。
「リヴィさん」
突然背後から呼ばれ振り向きます。
ですがそこには誰の姿もありません。
小首を傾げてフェルミアを見上げると、彼女は長い耳をぴょこぴょこさせながら頷きました。
「雄鶏です」
「だよね? だよねじゃないや、ソフィアさんだよね。すぐ傍から聞こえた気がするんだけど、気のせい?」
「気のせいと言えば、気のせいです。あの雄鶏は今、おそらく伐採場にいます」
町を中心とすると、伐採場はこの家とは逆方向にあります。
一瞬意味がわかりませんでしたが、すぐに理解できました。慣れって怖いですね。
「リヴィさぁん!」
先ほどよりソフィアさんの声が大きくなりました。
「今……どの辺り?」
「おそらく森から町へ入った辺りです」
そう、ソフィアさんは町の反対で大絶叫しているのです。
その大き過ぎる声がこの家まで届き、奇跡的にすぐ後ろから声がしたかのように聞こえたのです。
なにを言っているのかわからないと思いますが、私も何を言っているのかわかりません。
ただ恐ろしいものの片鱗を味わっている気がします。
「今どの辺り?」
「町の中心辺りです」
「リヴィさあぁぁぁんッ!!」
「お姉さま、速度が急激に上がりました!」
「くっ、限界みたいだね、風止めッ!!」
やがて窓がカタカタと震え出し、机の上の皿が振動で踊り始めます。
風止めで音を消していますが、空気の震えだけは伝わってきていました。
そして、
「リヴィィィィさあああああああああんッ!!!!」
パリーンッ!
扉が開くと共に窓ガラスが砕け散り、風止めの壁を突き抜けて声が聞こえてきました。
もうこの子、人間じゃなくないですか?
窓ガラスを砕く声量って、もうそれでジャイアントボア倒せたんじゃないでしょうか。
私いらない子だったんじゃないでしょうか?
「リヴィさん、はあ、はあ、リヴィ、はあ、はあ……ほ、ほん、はあっ」
とはいえ、さすがに疲労困憊で今にも倒れそうです。
それでもソフィアさんはなんとか息を整え、震える声で仰います。
「メ、メアリを弟子にされたって、ほ、本当なんで――」
「嘘です」
ぐしゃんッ
とソフィアさんが勢いよく崩れました。
そしてそのまま微動だにしません。
……さて、治癒魔法をかけましょうかね。
お読みくださりありがとうございます。
遅くなりましたが新章開始。ここからスローライフ(レジャー)っぽいものにも手を出していく…………はずです。
引き続き、生暖かく見守っていただけると幸いです。




