ダメな子は診察する
「わぁーいッ!」
扉を開けた瞬間に金髪碧眼の幼女から抱擁を受けます。
先日ぴょんぴょんしていたくせっ毛な金髪の可愛い子ちゃんです。
「魔法使いのお姉ちゃん! 魔法を見せにきてくれたの!?」
「あなたのお家だったんだね。今日はね、お父さんを診せてもらいに来たんだよ」
「あたしのお父さんを見てなにをおもしろがるの?」
「違う違う、その見るじゃなくて診察っていう意味ね」
他人様の親を見ておもしろがる趣味はありません。老子じゃあるまいし。
「魔法使い様、申し訳ありません! わざわざ診に来ていただけるだなんて……」
奥様であろう女性が悲痛な顔を手で押さえます。
これは思ったよりも深刻な話、ということでしょうか。
ソフィアさんの口ぶりから推測していたのとズレがあります。ならあまり期待させるのは良くないような。
「おばさま、リヴィさんが来てくれたならもう大丈夫です。気をしっかり」
なぜにハードルを上げてくださいますか、ソフィアさん。
「お姉ちゃん、お父さんをなおしてくれるの!? やったあっ!! やっぱりすごいんだね、魔法使いって!」
期待が膨らみすぎて、耐えられそうにありません。
迂闊だったなぁと思えど後悔先に立たずです。
ソフィアさんに連れられて、私は大工長さんの部屋をノックします。
弱々しい返事にドアを開けてみれば、
「あぁどうも、リヴィ様じゃないですか……」
だらんっとベッドに寝転んだ金髪碧眼のおじさまがいらっしゃいました。
肌の血色は良く病気には見えませんが、なんだかやたらと脱力しています。
だらしなく口を開けて半目のその顔が特に。
「もうやめてよあなた、恥ずかしくて私どうにかなっちゃいそうっ!」
「お父さんにんげんをやめちゃったの」
「やめ……え?」
「リヴィさん、これです。おじさまは若くしてこの町の大工長になるほど腕も立つし仕事も速い方だったんですが、少し前からこんな調子なんです」
「……え?」
深刻な顔で「なんです」と言われましても把握しきれません。
ですが、おじさまの漏らす言葉でようやく私は理解しました。
「あぁ……働きたくない……」
「……」
「はあ、働かずにゆったり生きていきたい……」
どこかで聞いたような台詞でした。
「おじさま、しっかりして! それはダメ人間の考え方よ。おじさまはそんな人間じゃなかったじゃない!!」
「うぐ……ッ!」
「え、どうしました? リヴィさん」
「なんでも……ないの。うん。あはは」
理解はしましたが、私は人知れずダメージを受けます。
奥様が泣いていたのも、お子様が「人間をやめた」と言ったのも、ソフィアさんが「恥ずかしい」と口にしていたのも、これが原因です。
口が裂けても言えませんね、「ミートゥー!」だなんて。
「リヴィさん、どうしてこうなったかわかりますか?」
「残念だけどはっきりとは」
「そうですか……すみませんお手を煩わしてしまって」
「あ、でもたぶん、治し方はわかるかも」
女性陣が明るい顔をしますが、そうされるほどに私は責められている気分でした。
でも私とおじさまは少々事情が違います。えぇ、違うんです。
「この症状が出る直前ぐらいに何かなかった?」
「確か……ジャイアントボアが現れたことと、先代の大工長からの指名で新たに大工長になったことぐらいでしょうか」
「大工長になって、あれだけ主人ははりきっていたのに……こんな風になってしまって……うぅ」
「そうですか。となるとやっぱりこれは――」
――GOGATSU―BYOU
それは古の時代から存在する悲しき病です。
その要因は諸説ありはっきりとはしていません。
ただ発症する直前に何らかの形で環境に変化があり、それが関係していると考えられています。
この病に見られる共通点は二つ。
一つは患者が真面目でやる気漲るがんばり屋さんであること。
二つ目は、そんな彼らが
「働きたくない」「ゆったり暮らしたい」
などと突然に言い出すということです。
仮説ではありますが、つまりは「がんばり屋さんががんばりすぎて」かかる病気なわけです。
ある地方では悪魔に憑かれただなんて考える人もいるようですが、ただ単に「疲れただけ」なのです。
なので許してくださいお願いします。
優しくして!
「そういうことだったんですか……」
私の説明を聞いたソフィアさんは、顎に手を当て神妙な様子で頷きます。
「おばさま、鞭を――」
「優しさはどこに?」
発想が老子のそれです。
怖い、ソフィアさん怖い。
「治し方があると言う話しだったので……」
「なんでそれでさらっとバイオレンスになるの。治し方なら他にあるから」
本当はゆっくり休ませてあげたいんですけどね。
ですが奥様や町のみなさんを困らせたままにするわけにもいきません。
気は進みませんけど、アレを作るしかないでしょう。
必要な材料をソフィアさんに確認してもらったところ、一つ材料が足りませんでした。
今の時期ならちょうど生えている薬草なので、その調達の為に私たちは再び森へ向かうことといたします。
「おじさま待っていてください。リヴィさんにお薬を作ってもらって、すぐに治してあげますから。だからもう少しだけ辛抱しててくださいね」
ソフィアさんはぎゅっとおじさまの手を握って訴えます。
でも呆けた表情のおじさまは、ただうわ言を漏らすばかりです。
「あぁ……森の中でリスと戯れて暮らしたい……」
そんなおじさまを、ソフィアさんは無言でビンタしました。
あぁ……森の中でリスと戯れて暮らしたい(切望)