兵士から兵器へ
「そこで倒れている所長は、ある超音波を出すことが出来る」
「超音波?」
それは所長の能力なのだろうが、この状況と何か関係するのだろうか・
「所長のそれはちょっと特殊でな。人の記憶に作用する。お前たち二人も、以前の記憶が薄れていることに気が付かなかったか?」
「記憶が薄れる……」
確かに、心当たりはあった。数年前の事ですら、断片的にしか思い出せない。研究所では215が常に隣にいたおかげで、215にまつわる記憶だけは、比較的はっきりしている。
サンダもまた、何かの記憶を辿るように目を泳がせると、はっと目を見開いた。
「確かに思い出せないものは多くある。その様子だと、サンダも同じらしいな。だが、まるで獣のようになってしまった彼らの説明にはなっていないじゃないか」
「そう焦るな。全て説明するさ。……記憶を薄れさせる所長の能力だが、被検体の個性を消さないように、という配慮の元で手加減されていた。お前達の中の優秀者については兵士にするつもりだったからな」
「手加減……?」
「そう、帰る場所を忘れさせて、居場所がここしかないと思わせたかったんだがな。でも、お前達が逃げ出してしまった。これではいけない、という事で緊急措置が敷かれた」
緊急措置。手加減されたものですら、過去の記憶は色々と欠如していたのだ。
「お察しの通り。手加減をやめた。兵士を作ることを諦めて、兵器を作ることにしたという訳だ」
「兵器だと? あの自我を持たないような集団が兵器だというのか。そんな非人道的な行為……」
「人道的観点を言うのであれば、その指摘は今更過ぎる。お前達にしていた実験もまた、気持ちのいいものではないのでな。しかし、お前達はこの国が置かれている状況を知らなすぎる」
嘲笑うかのような男の目。束縛しているのはこちらであり、圧倒的優位にいることには変わりがないはずなのに、どこか余裕が感じられる。それがたまらなく不安に思えた。
「南とは平和協定を結んでいるおかげで、この辺りでは実感がないかもしれない。しかし、西側の国境沿いは今もドロドロの戦争状態だ。少しでも早く、少しでも使える戦力が必要とされている」
「その為に、記憶を全て奪ったのか」
「そういう事だ。一度頭の中を空にしてやると、覚醒まで無駄な力を必要としなくなる。まあ、人としての生活も必要なくなるのだがな」
そう話しながら、男は手を握り、緩め、また握りと、手の感触を確かめるように、二度三度と握っていた。
「おっと、そろそろ時間のようだ」
「時間?」
「いずれにしても、お前達がいる状況では、所長を回収することは厳しそうだ」
「回収だと? この状況で逃げられると思っているのか」
当たり前だ、と不敵に笑う男。サンダがもう一度痺れさせようと体に力を込めた瞬間、男の姿が消えていた。
それに怯んだサンダ。何かに殴られたようにのけぞると、床に突っ伏した。
「大丈夫か、サンダ」
「おお、これくらい何ともないぜ」
俺と同じ、瞬間移動だろうか。それにしては、まだ男の気配がする。
「所長が倒れている今、私は皆に指示を出さなければいけないものでね。お前達もそのままにはしておけないが、それ以上の緊急事態。失礼させてもらうよ」
少し離れた階段の踊り場辺りから声が聞こえる。しかし、そこには誰もいない。何らかの方法で透明化しているという事なのだろうか。
「くそっ……」
「まって!」
飛び出そうと身構えた俺を、シュネリが止める。
「こうなってしまった以上、深追いは駄目よ。この建物中が警戒状態だわ。それよりも、暴走した彼らは皆外へ出て行ったしまった。マハ……リーダー達が危ないわ」
確かに、元々は隠密と潜入が目的だった作戦で、これだけ場が荒れてしまっているのだから、このまま続行は難しい。
先ほどの消える男も、そこで気絶している巨大な男もそうだが、手の内が分からない状態で危険に飛び込む訳にはいかない。
「よし、一度戻ってクラフト達に合流するぞ」
俺の指示に、三人はそれぞれ頷いた。
外に出ると、そこはまるで地獄のようになっていた。先ほどの爆発の能力者のものだろうか、地面はところどころ抉れており、暴走した彼らは好き放題に咆哮を上げていた。
阿鼻叫喚ともとれる様。しかし、その中で、クラフト達の姿は無かった。
「リーダー、どこに行ったんでしょう」
「一度、初めの広場へ戻ってみよう。作戦完了時の集合場所だ」
木々の隙間を抜け、広場に戻ると、案の定クラフト達が逃げ延びていた。
見渡すと、数名の怪我人を除いて皆無事のようだった。
「よかった、無事だったか」
「おお、お前こそ、ニーロ。それにシュネリ、ヴィネス、サンダ……はボロボロだな」
突き出した拳を合わせる。よかった。皆逃げ延びていたのだ。クラフトは、暴走した能力者の襲撃を受けて、すぐに撤退を決めたのだという。
俺もまた、先ほどの研究員の話を伝えた。俺達が所長を倒したことによって、人間兵器達を解き放ってしまったことを。




