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ガルナーレへの配達

「さあ、いよいよだな」


 山の麓、研究所へと続く道の脇に俺達は集まった。怪我が完全に癒えていないハーディーと入れ替わる形でヴィテスが合流した。


 僅か五名の先遣隊。まずは研究所の周囲を探ろうか。半日もしないうちに、他のアジトの者も追いつくだろう。やるからには速攻だ。夜の寝静まる時を狙って、施設の中核を素早く打ち抜かなければ。


 日が傾いてきたとはいえ、今日は少し気温が高い。力を込めた掌に浮かぶ汗は、暑さだけのせいではないのだろう。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 マハト決意の朝。

 215(ニーゴ)はフィーアの言葉に唇を噛んだ。


~~~~~~~~~~~~~~~


 フィーアが魔女とされてから、僕は多くの時間を共に過ごすことに決めていた。フィーアは気にしない素振りをしているが、以前に比べて、笑顔に少し影が落ちている気がする。


 その影を無くすためにと色々考えてみてはいるのだが、殆どの時間を雑貨屋と家との往復で過ごし、たまの買い物で街を歩き回ることがあるくらいのものだ。


 そんな生活に、少し変化が訪れた。雑貨屋の配達先がタイニーヴァルトだけでなく、ガルナーレにも届けるようになったのだ。


 隣の街とはいえども、決して近いという訳ではない。街から街の往復にもそれなりの時間がかかる。一仕事終えて戻ってくるには、丸一日かかるだろう。


 それでも、ハロルドがそれを始めたのは、噂が広まってしまったタイニーヴァルトから離れ、フィーアに少しでも息抜きをしてもらうためではないかと思った。


 頻度は月に一度しかないのだが、馬車に揺られているフィーアは、本当に楽しそうだった。そんな横顔を眺める時間は今日で三度目だ。


 普段はフィーアに寄り添って配達の手伝いをしているのだが、今日は荷物が少ない。それもあって、今日は別行動をしようと考えていた。


 あの街は自警団が守っている。街の中に入れば、よほどの事もないだろう。前回訪れたときは、自警団が僅か二人で大熊を退治したのだと、配達先の孤児院の子供たちが嬉しそうに自慢していた。


 話半分に聞いていたが、それでも、自警団がそれだけ信頼されているのだと感じたのだった。彼らがいるのであれば、フィーアに危険は及ばないだろう。


 ガタゴトと揺れる馬車。離れてゆくタイニーヴァルトの街並。その脇の小さな家を見つめながら、昨日の事を思い返していた。


 翌日の配達品の準備を終え、フィーアと店から帰る道すがら、僕に聞いてきた。


「ニーゴは明日、行きたい場所とか無いの?」

「どうしたの? 急に」

「いっつも私に着いてきてくれるじゃない。ガルナーレってニーゴの故郷なんでしょ? 思い出の場所とか見に行かないのかな、って」

「そうだね。考えてもいなかったよ」


 フィーアを守る事ばかり考えていた。だからといって、一緒にいる他に何が出来るわけでもないのだが、僕の頭の中はそれで埋め尽くされていた。陰りの見えたフィーアの笑顔に、追い詰められていたのかもしれない。


 僕には、やらなければいけない事があったのだ。この数か月、過ぎる時の中で、その記憶に霧がかかっていた。


「お友達の事も、探さなければいけないでしょう」


 少し強い口調。そんなフィーアの目は、真っ直ぐ僕を見つめていた。考えてもいなかった、と言った僕の言葉に、少し怒っているのかもしれない。


 そうだ、確かめなければ。安穏とした日々が、僕の心まで包み込んでしまっていた。それに、フィーアが気づかせてくれた。そんな情けない自分に、僕は下唇を強く噛んだ。


 そして今日。僕が別行動をする理由は、研究所へ向かうためであった。僕たちが脱走してから半年程が経過しているが、あれから大きな変化があったのだろうか。


 あの頃のままであってくれれば、僕が確認したい事もわかるだろう。


 研究所の裏手には、茶色い平地と大きな平たい岩がある。平地にはあちこち掘り起こされたような跡があり、その平地の中央に置かれた平たい岩には、大量の数字が刻まれていた。


 それが、僕たち被検体の墓であった。


 研究所では、数日に一人、多い時には日に数人が死んでいった。そういったものを埋めるのも、被験者である僕たちの作業の一つだった。


 屋内での実験しかしていない施設において、中央の大きな岩以外にはただ土草が広がっているだけのその場所は、使いどころのないものであったのだ。


 死んだものを麓まで送ることすらも煩わしくなったのだろうと、先輩の被験者が言っていた。そして、せめてもの弔いをという事で、その死者の番号を掘るようになったのだという。


 そして研究所に入って二か月が過ぎた頃、そんな先輩を、僕は埋めた。岩の左下には彼の番号が小さく掘られている。きっと今もあるだろう。


 僕が確かめたいものこそがその墓である。この風習が続いているのであれば、きっと岩には216番の文字は刻まれていない(・・・・・・・)はずなのだから。


 当時を思い返すと気が滅入る。今がどれだけ幸せなのかという事を感じさせられるのであった。


 そんな思いに浸っているうちに、流れる道の色が緩やかになってきた。馬車が減速している。どうやら、ガルナーレに着いたらしい。


 馬車を降りると、見慣れた街並の脇に、目指すべき道があった。不安半分、期待半分で、僕は研究所へと続く山道を見つめていた。

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