労いの言葉、それぞれ
俺の話を聞いたニーロが訝し気な顔をしている。連中が研究所からの脱走者だという事自体には納得している様子ではあるが、俺が積極的にそれに関わろうとしている事を不思議に思っているようだ。襲ってきたのは、街から見れば今回が初めてなのだから、それに俺が入れ込んでいるというのは、確かに少し不自然だ。
研究所に行く事。それを伝えたのは少し性急だったかも知れない。次の作戦に、ニーロの協力は必須であり必然である。少しずつ時間をかけたいところではあったが、今は時間があまり無い。多少の無理は織り込み済みだ。
「なんで俺がそんなに研究所に興味あるのか、って顔しているな」
その問いに、真面目な顔をしていたニーロが、少し面食らったようにはっとする。
「ああ、確かに気になるな。以前俺があの研究所から脱走した話をしたときは、全く興味無い雰囲気だったからな」
「あの時はな。確かに興味無かったよ。ただ、お前以外にも脱走者がいるって話を聞いた時に、そいつらも保護する必要があるんじゃないかと思ってな。……保護って言い方はお前に失礼だったな」
気にしないさ、と首を振るニーロ。俺はさらに、その保護対象のはずの人間達が、山の上で何やら集まっている事、そして少し前に頻発した子供たちが攫われた原因である事が分かったと語った。
「で、そんな奴らを生み出しているあの研究ってのは、一体何をしているんだと思ってな。正直、お前みたいに複数の強力な能力を持っている奴が、道を外したら大変なことになる。あの施設は、それだけ危険なものだと思っているよ」
「だから確認しようとしているのか。どんな奴が出てくるかもわからないから、腕っぷしが強い奴に協力を仰いでいるってことなんだな」
ニーロの言葉は、俺の胸中を察するようだった。どうやらニーロも納得してくれたようだ。俺の能力の都合上、相手からの信頼は絶対条件だ。強引な言い訳を並べたとしても、まずは納得してもらう必要がある。苦労に見合うだけの見返りがあるとは思うのだが、どんどん面の皮が厚くなる自分がいた。
「分かってくれたみたいでよかった。もう一度言うよ。頼む。協力してくれないか」
何かを考えるように少し頭をひねった後、ニーロは結局頷いた。一つ、線を乗り越えた。これで次の段階へ進める。
「有難う、助かるよニーロ。準備が整ったら、他の協力者達もお前に紹介するよ」
「なんだ? 顔合わせくらいは直ぐに出来るんじゃないのか?」
「いや、今は時期が悪い。まずは今回の事が落ち着かないとな」
わかった、と頷くニーロ。そろそろ俺の体調も回復してきた。ニーロに手を貸されながらも立ち上がると、自警団本郡へ向かうことにした。今日は報告だけして帰ることにしよう。ニーロにも、そう伝えた。
本部前の広場からは、いつもより少し慌ただしい様子が窺える。能力者持ちが真正面からせめて来たのだ。害獣退治や迷子探しなどが中心であった今までのように、緩い空気でいることなどできない。
広場の中央、ご神木の下で、他の団員へ指示をしているグスタフがいた。普段とは違い、珍しく団長らしい姿を見せている。声をかけると、こちらに気が付いたようで、大きく手を振ってきた。
「おお、お前たちご苦労だったな」
グスタフから労いの声。俺たちは、先ほど起きたことを報告した。ニーロ6は、襲ってきた三人の特徴を。俺はサンダから受けた危害について話す。二人の報告を受けて、グスタフはまた団員へ指示を出していた。
そして、何か思い出したように手を叩くと、また俺達に向き合う。
「そういえば、クラフトが助けたティーレン婆さんは、団員が付き添って家で寝ている。ニーロも知り合い何だろ? 婆さんの世話をしてたアルツがそう言ってたぜ」
グスタフの言葉を聞いて、ティーレンの家に向うと言い残してニーロは去っていった。その姿を見送る。
「散々だったな、クラフト。だが、良く婆さんを守ってくれた。本人に代わって礼を言う」
「いえ。街を守るのが俺達の使命ですから」
「それでも、だ。熊の時といい、今回といい、お前たちがいなかったらと思うとぞっとする」
「その言葉だけで頑張った甲斐がありますよ」
「今日はもう休め。疲れただろう」
グスタフに一礼して、広場を後にした。街から離れた俺が向かう先は、いつも寝ている家ではない。サンダ達が集まっているだろう山小屋へ向かう。戦闘能力としてはニーロから数段劣る彼らを囮に使ったのだから、何か文句を言われても仕方がないかもしれない。
次の作成を伝えることが目的だが、グスタフよろしく、労いの言葉の一つでもかけてやろう。
人の目を警戒しながら、例の山小屋へ向かう。ドアを開くと、四人とも中で待機をしていた。ハーディーの腹は青紫色に腫れており、メディが用意したであろう薬草が、擦りつぶされた状態で塗られていた。
「皆ご苦労だった。お陰で、当初の目的を果たすことが出来た。特にハーディーには辛い思いをさせてしまったようで、済まなかった」
大丈夫ですよ、とハーディー。まだ痛みは酷いようで、俺に向けられた無理な笑顔には脂汗が浮かんでいた。




