表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/63

懐かしい街並

 アイシャとダンの二人と別れた俺は、クラフト達について街を回ることになった。研究所へ行ってから半年ほどであるため、それ程大きくは変わっていないだろう。とは言え、あの頃は自警団も詰所もなかったのだから、そうした変化は気になるところだ。


 北門から街に入ると、直ぐに詰所があった。クラフト達によると、ここは北詰所と呼ばれており、他には南側に一つと、東側に自警団本部として一つ存在するらしい。


 ここは半年前はおいしいパンを売っていたと記憶している。妻に先立たれた男性が、一人で切り盛りをしていた。聞くと、流行り病にかかり、この冬を越えることが出来ずに亡くなったそうだ。その男性の息子夫婦は今タイニーヴァルトに住んでいるとかで、そのまま思い出と共に朽ちていくより、街の為になればと譲り受けたらしい。


 北と南の詰所には、一人から二人の団員が交代制で備えており、残りの人員の三割程が本部に常駐しているという。それもまた交代制であり、非番のものは各々の商売や農作業に従事しているそうだ。俺のように、自警団一本という方が珍しいらしい。


 そう説明するクラフト達も、月の半分ほどはこの街に居らず、タイニーヴァルトと行き来をして暮らしているそうだ。そのため二人の家はこの街の中にはなく、街から少し離れた山中にあるとのことだ。恐らく、あの辺りの山を管理していたローレン達と同じようなものなのだろう。


 通りを眺めていると、懐かしい気持ちが胸に込み上げてくる。右手の家は、この辺りの家の中では大きい。小さいころ、よく相手をしてくれたおばさんの家だ。そこの旦那さんは堅物らしく、とんと話をした記憶はないが、そのおばさんが焼いてくれたクッキーは、貧しい暮らしをしていた俺たちの確かな支えだった。


 その家の少し先の丁字路。ここを左に曲がり、真っ直ぐ行くと、俺たちが過ごしていた孤児院があるはずだ。その丁字路の角に、南詰所があった。元は何だっただろうか。おばさんの家に行くことが楽しみすぎて、この家の事は全然覚えていない。


 曲がり角に差し掛かる。そこで目に映る光景に、幼き日の記憶が鮮やかに蘇る。確かに、あの孤児院だ。懐かしさに、歩の進みがつい早くなる。クラフト達のことを忘れ、真っ直ぐ孤児院の前まで来てしまった。


 すぐ近くにありながら、宿屋で働いていた時代には訪れることはなかった。それは、懐かしさに辛くならないように、215(ニーゴ)と二人で決めたことだった。以前より色あせた青い三角屋根に、所々ペンキが剥げた壁。思い出の中の建物は、時が経った今もまだ変わらずにあった。


 子供たちの声が聞こえる。ここはまだ、多くの子供たちの拠り所なのだなと独り言ちる。


「なんだ? ここは孤児院だが、何か用があるのか?」


 後ろから、クラフトに話しかけられる。その存在をすっかり忘れていた俺は、小さく叫び声をあげてしまった。


「おいおい、どうした」

「すみません。お二人の事、すっかり忘れてました」

「あら、酷いこと言うわね」


 もう一度頭を下げ、また孤児院を見る。


「ここ、俺が昔住んでたんですよ。それで、余りにも懐かしくて、つい」


 思わず、照れてしまった。少し顔が熱い。


「いや、そういう事なら、少し見ていくといい。まだ案内が終わっていないから、長居されても困るけどね」

「でも、この孤児院の出身ということは、あなたガルナーレの出身なのでしょう? 先に自警団の本部と寝泊まりする場所を案内してあげるから、その後は一人で回ったほうが良いのではないかしら?」

「確かに、君の知り合いもいるだろうし、積もる話もあるだろう。そこに俺たちがいるのは野暮ってものだね」

「ええ、そうですね。そうしていただけると助かります」


 後ろ髪を引かれながらも、孤児院に別れを告げる。とはいえ、すぐにまた戻ってくるだろう。


 その後案内された自警団本部は、以前は空き家であった。空き家と言っても、元は貴族の館だったとかで、それなりに広い。長く使われていなかったその場所は、申し分ない程の施設であった。そして、その場所は俺にとっても思い出深い場所であった。


 この家は街の広間に面している。その広間の中央には、この街が出来たときからあるという一本の大樹があった。これはご神木として崇められており、この街の守り神的存在である。


 そしてその広場の少し外れたところ、自警団本部から小さな路地を挟んだ場所が、215と共に住み込みで働いていた宿であった。その宿屋は夜に酒場も併設しており、俺はその警備をしていたのだ。それがつい半年前である。俺たちを売った宿の主人への恨み言を口にする俺に対し、いつも215が宥めていたように思える。


 そんな記憶を懐かしんでいるたとき、あることに気が付いて足をはたと止めた。俺が記憶している宿屋とは、外観が変わっているのだ。いや、その建物は確かに俺たちが働いていた宿屋ではあるのだが、そこにぶら下がっている看板の文字が、当時と明らかに変わっていた。


――自警団員用仮眠施設


 俺はまた、ここに住むことになるようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ