自警団
「一体どうしたんだい? 随分大きな音がしたけど」
馬車で尻餅をついた音は存外大きかったようで、慌てたダンが駆けつけてくる。その声に、どうやらアイシャは我に返ったようだった。小さく震えていたアイシャの手から、力が抜ける。温もりが、そっと離れた。
「すみません。俺がつまずいてしまって」
「あらあら、大丈夫かい?」
「はい、お尻を強く打ってしまいましたけど」
何事もなかった。そんな振りをするために、照れたような笑いを演じた。いや、先ほどのアイシャの行動に、本当に気が動転しているのかもしれない。隣で、アイシャはきゅっと胸元に手を当てている。
ダンが、そんなアイシャをちらりと見る。何か感づいてのかもしれないが、そんな素振りは何も見せず、変わらぬ笑顔を俺たちに向けた。
「さて、そろそろ降りてくれると助かるんだけどな。その後ろの荷物を下ろすなければいけないからね」
そういって、俺たちの後ろにあるいくつかの袋を指した。気を取り直して立ち上がり、馬車の荷台から降りる。アイシャもそんな俺に続いて、ぴょこりと荷台から飛び降りた。軽いスカートがふわりと浮き上がる。
荷台の周りには、数人の男が立っていた。皆、にやついた目でアイシャは荷台の中を見ている。これは、強盗か何かだろうか。若い娘と街へ卸すだろう荷物。恰好の獲物といったところかもしれない。
アイシャの肩に手を伸せ、そっと引き寄せる。強盗達も運が悪い。この冬の間ずっと特訓していたのだ。ただのごろつき程度、簡単に伸してしまえるだけの自信はある。逆に、今日でよかった。俺がいるから、この二人を守ることが出来る。
まずは、この強盗団の頭であろう男。かなり大柄で、腕の筋肉などちょっとした丸太のようだ。さらに、左目に縦に切れた傷は、男が歴戦を潜り抜けてきたことを思わせる。周りの様子から見ても、彼がまとめ役であることは間違いないだろう。
一撃で、決める。頭を失ったごろつきなど、簡単に倒してしまえるだろう。
右手を強く、握りしめる。左足に力を込める。瞬間で男の懐に跳んでしまえば、不意を突かれた相手は反応出来ないだろう。
「おい、ダン。遅えよ。金払わねえぞ」
その頭風の男が怒鳴り声を上げた。ダンの笑顔が、今までの商売人風では無い、自然なものになっていた。
「済まないね、グスタフ。この小さなレディが、彼と離れるのを嫌がってしまってね」
言いながら、ダンがアイシャの頭を撫でた。言われたグスタフも、アイシャをチラリと見ると、頬を緩めた。仕方がないなと言いながら、手にした袋をダンに渡した。ダンが中から数枚の銀貨を取る。それと引き換えなのか、何人かの男たちが荷台の荷物を持って行ってしまった。
どうやら、これも商売らしい。ローレンも彼から何か買っていたのだろう。荷物を洗いざらい持っていかれた後に、この場に残ったのは俺たちを含めて六人だった。
俺とアイシャとダン。相手はグスタフと男女が一人ずつ。
「グスタフ、紹介するよ。彼はニーロ。自警団に入りたいってさ。あのローレンのお墨付きだよ」
「おお、そうか。入りたいのか。俺は団長のグスタフ」
よろしくな、と手を差し出すグスタフ。それに答え、握手を交わす。グスタフは、大きな口を開けて笑う闊達な男だった。いかにも豪快である。そして、握手した手が痛くなるほどに鍛えられた筋肉。なるほど、彼の元に人が集まる理由は何となくわかる気がした。決して悪い男ではないだろう。
その後ろで、呆れた顔をしている二人。この我が強そうな男が団長なのだ。その下にいる彼らは気苦労が多いのだろう。女性の方は、深い茶髪の中に、白髪も多く混ざっている。顔や肌を見る限り二十台半ばがいいとろだと思うのだが、整えられて後ろで束ねた髪型が、その白髪も相まって少しだけ老けて見えた。
男は肩までの金髪で、いかにも柔和な表情をしている。その佇まいから、真面目さがにじみ出ているようにも感じた。
そんな男の肩を叩きながら、グスタフが二人の紹介をする。
「こいつがクラフト。そんで、そっちの女がアルツ。二人ともこの冬に入団したんだがな。物覚えがいいもんで、最近は新人育成係をしている。まずはこいつらに色々教えて貰え」
叩く力が強すぎて、クラフトがむせる。少しだけ可哀想になってきた。
「やあ、ニーロ君。僕が新人教育係のクラフト。よろしく」
「見た感じ、あなた十代でしょ? 年下の団員なんてあまりいないから嬉しいわ。私はアルツ。よろしくね」
それぞれの自己紹介に対して、俺も返し、それぞれと握手する。二言三言、その二人と話しているうちに、いつの間にかグスタフは姿を消していた。まったくもって自由な男だ。
この町にはいくつか詰所があり、そのうち一番大きい処には宿泊できるだけの設備があるという。この自警団はこの街周辺に住んでいるものも多く、酔いつぶれた時の仮眠室としての役割程度しか無いとのことで、自由に使っても問題は無いようだった。
案内するという二人に少しだけ待ってもらった。この後、アイシャはダンと共にガルナーレで用を済ませるのだろうから、ここで一旦別れることになる。
「また、遊びに行くよ」
それに答えは返って来なかった。ダンの服の裾に皺が出来、一粒の涙が地面に落ちた。




