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決起集会の心酔

 ヴィテスが去り、場が落ち着いてからはすぐに話がまとまった。最も時間が掛かっていたのが彼の説得であり、作戦の方向性や詳細などはマハトがしっかりと指揮を執っていたのだから当然の事である。その会議では特に反対意見が出るわけでもなく、予定より早く解散した。


 その日、夕日が森の木々に影を作るころ、広間は大きなざわめきに包まれていた。カギとなる少数の者以外には伝えられていないこの作戦。唐突に、説明もされずに集合命令があったのだから、皆どこか落ち着かない表情をしている。


 これまで、十人程度での集合や報告などはあったが、全員が集まることなど無かった。それだけに、これがどれだけ大きい事なのかと、不安になるのも仕方がない。


 広間の端のテーブル。普段はもちろん食事の際に使われているが、ある程度の人数を集める際にはそれが台となる。いつもの通りマハトが壇上に上がり、ゆっくりと全体を見渡した。俺たち、今回の選出されたものは台の横に立つ。いつもとは違う空気に気持ち悪さを覚えながら、マハトの言葉をまった。


 マハトが一つ、咳払いをする。橙色に照らされるその顔に、ざわつく皆の視線が一つに集まった。


「皆に集まってもらったのは、我々のこれからについて非常に重要な話をする為である!」


 その言葉に、場は水をうったように静まり返る。先ほどまでの表情が嘘のように、皆真剣な目をマハトに向けていた。唾を飲む音すらも聞こえず、さわさわと通り抜ける風の音のみである。


 マハトはもう一度全体を見渡すと、大きく息を吸い込んだ。


「ここにいる五名、俺、メディ、サンダ、ハーディー、シュネリの五名は、二日後よりこのアジトを離脱する! これは、二つの季節は越えるであろう、我々にとって長期的な作戦の第一歩となる!」


 マハトの宣言から一息の後、水でも沸くように、どこからともなく声が上り、またもざわめきに包まれた。皆理解出来ないといった面持ちである。


 余りに突然の事である。そうなるのも仕方がない。他の四名などどうでも良いのだ。皆、マハトがアジトから離れることが信じられないのだろう。それもまた、仕方がないことだ。


 マハトはまだ三十歳にもなっていない。若き首領である。ここに集まった中でも、良くて中堅程度であり、マハトより年長のものなど多くいる。それであっても、皆マハトを支持し、着いてきているのだ。


 マハトは自身の能力について、人を従わせる能力だと言っていた。それは言葉を裏返すと、ここにいる皆はマハトに従わされている者達だということでもある。


 皆の狼狽ぶりは顕著にみられ、その声は次第に大きくなっていった。中には神に捨てられた信者のような表情をしているものもおり、このままでは木々に留まる鳥たちが皆飛び立ってしまうのではないかと思うほどである。それだけ、この急な発表は皆に不安を振りまいた。


 その喧噪を振り払うかのように、ヴィテスが大きな咳払いをした。ヴィテスは広間の奥にいた。マハトとは逆方向、台から見て人垣の向こう側である。その咳払いに、皆体をこわばらせるように静かになった。


 ヴィテスがその巨体を揺らしながら、割れた人垣の中を一歩ずつマハトに向けて歩いてくる。そしてマハトの前で立ち止まったとき、そんなヴィテスに向けてマハトが有難うと小さく言うのが見えた。


 それに答えたものなのかわからないが、ヴィテスは拳を力強く握った後、集まった人々へ向けて振り返った。その拳を、雄々しくも自身の胸に突き立てながら。


 そのヴィテスの姿に微笑みながら、落ち着きを取り戻した皆に向けて、マハトは続ける。


「確かに、俺を含めてこの五人はこのアジトでは重要な立場にいる。それは、戦力というものとしてもだ。その事に不安を持つものもいるだろう」


 マハトは少し大げさに、その声は皆の不安を掻き消すように、強く強く力を込めていた。


「しかし、我々にはヴィテスがいる! 皆がいる! ヴィテスを頂に、皆が各々に力で全力を尽くしてくれると信じている! 俺の意思も、このアジトの魂も、すべて皆の心の中にあると信じている!」


 まるで死地に向かうかのようなマハトの熱意に当てられて、嵐のような歓声がわきだした。ヴィテスの拳が突き上げられると、それが呼び水となり、場はさらに興奮のるつぼと化す。皆の声は一つにまとまり、まるで竜の咆哮ではないかと思えるほどとなった。


 予想だにしなかったほどの熱気に、俺は少したじろいでいた。そして、僅かな不安と、それを握りつぶすほどの恐怖を、マハトに感じていることに気が付いた。そして同時に、それを吹き飛ばすほど、マハトという男に俺は心酔しているのだとも理解した。


 その後、マハトから詳細が伝えられる頃には、皆一様にぐったりとしていた。終わるころには日がとっぷりと暮れ、先ほどの咆哮で逃げ去った鳥たちも羽を休めに戻ってきていた。


 どれだけの者が今回の作戦を理解出来たのだろうか。いや、ヴィテスがいるならば、きっと何とかなるのだろう。


 理由など要らない。マハトがそう言っているのだから……

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