夜風と二人酒
マハトの計画に出てくる、少数の戦闘員部隊。数は五名ほどで、陽動・戦闘・捕獲と多くのことを行う必要がある。俺の近接での戦闘能力と、痺れ技を利用した捕獲能力がこの作戦の要の一つなのだという。そして、人を従える能力を持つマハトもまた、このアジトの顔役として、陽動・捕獲ともに重要な役割を担っている。
他の人員は教えてもらえなかった。まだ最終決定までは出来ていないとのことだ。十名程度までは絞っているらしいが、メディとヴィテスで意見が分かれているのだと言う。残り十日の後に作戦を開始する予定として、数日中には決定内容を知らせると言い残し、マハトは自室へ戻っていった。
辺りはとっぷりと暗くなり、広間には誰もいなくなった。卓の上に置かれたままの酒をカップに注ぐと、一口含む。ごくり、と喉を鳴らすと、熱い息が小さく漏れた。
「研究所か。あれを潰すってのは、確かに楽しそうだ」
酒が入ると、つい独り言が多くなる。夜は静かだ。木々の葉が擦れる音と、遠くから微かに聞こえてくるイビキ位のもので、火照った体を風で冷ます夜の時間は、好きだった。
マハトから伝えられた内容は、半分は衝撃的なものであったが、残りの半分は以前から薄々感じているものだった。マハトの言葉には、無条件で信じてしまいそうになる雰囲気があった。それが、彼のいう能力の一端なのだろうと思う。同時に、その能力がなくとも、俺は彼について行くだろうとも思えた。
攫った子供たちの売り先については、隣国へは想像の中であったが、まさかあの研究所へ流しているとは考えていなかった。ここはあの施設から逃げ出してきたものも多い。少なからず、皆あれを嫌悪しているだろう。もちろん俺もその一人であり、あんな奴らに協力しているのだと思うと、虫唾が走った。
それでも、マハトは研究所を潰す算段だと言ってくれた。過去はともかく、これからは目指す先がはっきりと重なったように思えた。
「俺も頑張らないとな」
期待をしてくれている。それが嬉しかった。俺が皆から多少なりと慕われるようになったのは、恐らく裏でマハトが動いていたのだろうと思う。それでも、期待以上だと言ってくれた。
しかし、残りの三人は誰になるのだろう。戦闘に関してはヴィテスはかなりのものだという。実際に戦う姿を見たことはないが、強さは確かだろう。今回は少数だというのだから、もちろん選ばれるのだと思う。
そうすると、残りは二人。まさか、治療専門のメディは入いらないだろう。それに、マハトとヴィテスが一時的に抜けるのだから、まとめ役は必要だ。意見が割れているというのは、おおかた、メディ一人で残りたくないなどの理由だろうか。
またグラスを口に運ぶ。背後でがさりと音がした。人の気配。少しずつ近づいてくる。風に混ざり、独特な薬草の香りがする。ちょうど、思っていた人物だ。
「何か用か、メディ」
足音が、ひたと止まった。
「……よくわかったね。頭の後ろに目でもついてるのかい」
「葉っぱ臭いんだよ。お前は」
バカ、と頭を殴られる。握り拳で思い切りだ。まったく、可愛げも糞もない。
「マハトから作戦のことは聞いたよ。お前、ヴィテスと意見が割れてるんだってな」
「まあね。まだあんまり詳しいことは言えないけど」
「どうせ、お前も一緒に行きたいとかそういうのだろ? へっ、俺らがいなくて寂しいのかよ」
「寂しい……?」
不思議そうに首をかしげるメディ。少しして、何か合点がいったのか、いくつか小さく頷くと、声を上げて笑い出した。
一体何がおかしいというのだ。訳のわからない俺を置いてけぼりに、メディは腹を抱えている。ひとしきり笑った後、粗くなった呼吸を、胸に手を当てて落ち着かせていた。
「いや、悪いね。あんたがあんまり可愛いこと言い出すからさ。笑っちゃったよ」
俺としてはメディをからかったつもりだったのだが、怒るどころか笑われるとは思っていなかった。
「何がおかしいんだよ。可愛いって、何のことだ」
「それはちょっと、まだ教えられないねぇ。ま、明後日くらいにはわかるんじゃない?」
こいつのにやにや笑いは鼻に付く。で、とメディは隣に腰を下ろすと、空いているグラスに手を伸ばした。
「私には、酒は無いのかな?」
はいはい、と嫌がる顔を見せながらも、メディのグラスに酒を注ぐ。腹いせに、零れるほどに入れてやった。おっと、とメディはグラスを口で迎えに行った。
「まったく、入れすぎだろう」
「わざとだよ。薬ヤロウの青臭さを消すには、酒がどれだけあっても足りないだろ」
今度は脇腹を小突かれる。そして二人でひとしきり笑った後、グラスを鳴らして乾杯した。酔いが回ると独り言すら多くなるのだから、話相手がいては止まらない。
振り返ってみると、メディと二人で酒を変わすのは初めてだった。大人数で飲んでいることが多く、たまにこうして夜に外へ出ているときは一人で飲んでいた。
大勢でのバカ騒ぎも、一人で夜風を感じるのも楽しいものだが、こんな落ち着いた晩酌もまた良いものだなと、恥ずかしい言葉を酒で熱くなった息に溶かした。




