静止する鋼鉄、躍動する脂肪
事件から五日後。
ギルドに戻った俺は、連日うるさいことになっていた。
「おい不発弾! 本当にお前が山をぶち抜いたのかよ?」
「パージもなしで一点集中って……マジかよ」
「でもよ、もしそれが本当ならお前、ただのデブじゃねえだろ?」
先輩魔導師たちに囲まれ、からかわれ、時には本気で疑われながら、俺はただ「まあ、たまたまですよ……」と曖昧に誤魔化す日々を送っていた。
そんなある朝、王宮からの正式な召喚状が届いた。
——宮廷魔導師団副団長ゼノス直々の指名により、
本日午後、王宮付属特別訓練場へ出頭せよ。
(……完全に面倒なことになった)
召喚状を握りしめながら、俺は深いため息をついた。
ただでさえ目立ちたくないのに、宮廷のトップにまで噂が届くとは……。
逃げたい気持ちと、逃げられない現実の間で胃が痛くなった。
午後、指定された特別訓練場に着くと、すでに多くの魔導師たちが集まっていた。
好奇、懐疑、嘲笑、わずかな期待——様々な視線が俺に突き刺さる。
そして、訓練場の中央に一人の男が現れた瞬間、空気が変わった。
「呼び出してすまないな、佐藤カズヤ」
低く、しかしよく通る声。
宮廷魔導師団副団長、『鋼鉄の賢者』ゼノス。
すでに鎧をパージしたその肉体は圧倒的だった。硬質な御影石のような漆黒の筋肉が全身を覆い、ただ立っているだけで周囲の魔力が震えるような存在感を放っている。
ゼノスは俺をじっと見つめ、静かに切り出した。
「先日のギルドでの一件について、少々話を聞きたい。
お前が、パージもせずに魔力を一点に収束させ、巨岩魔物を一撃で穿ったという話……本当か?」
俺は観念して答えた。
「……はい。本当です。ただ、あれはたまたま上手くいっただけで……」
ゼノスはわずかに頷いた。
「ふむ。では実際にその目で確かめさせてもらおう。
噂の一点集中の魔法が本物かどうか——
余の体で、直接確かめたい」
(……いきなり模擬戦!?)
俺の顔が引きつるのが自分でもわかった。
ゼノスは淡々と続けた。
「遠慮は無用だ。
貴様の本気を見せろ、カズヤ。
余は『鋼鉄の賢者』。容易く死ぬような柔な男ではない」
俺は内心で舌打ちした。
完全に面倒な展開になってしまった……。
腰の鈍い痛みを意識しながら、俺はゆっくりと前に出た。
(……本当にやるのか。生身の人間に、あの光線を……)
岩山を容易く穿ったあの威力。
人間にまともに当たったら、間違いなく死ぬ。
その恐怖が、胸の奥を重く締め付けた。
ゼノスが低く言った。
「さあ、来い」
彼はゆっくりと両腕を額の前で交差させた。
『金剛不動』。
周囲の空気が重く歪み、彼の肉体の表面に極限まで固定された魔力障壁が展開される。
俺は深く腰を落とした。
右の脂肪に「正」、左の脂肪に「負」。
体内で魔力が圧縮されていく。
(胸……絶対に胸だけを狙う。頭は絶対にダメ……!)
ゆっくりと両腕を交差させる。
ペチン。
青白い光の槍が、真っ直ぐゼノスの胸の中心へ放たれた。
「――ヌンッ!!」
ゼノスの全身が淡く輝き、光線を真正面から受け止めた。
激しい火花と魔力の奔流が巻き起こるが、彼の肉体は微動だにしない。完全無傷。
(……防がれた。しかも無傷……!)
安堵と同時に、背筋が冷えた。
ゼノスが低く笑った。
「ふむ……これは凄まじい。
一点にここまで魔力を収束させるとは。
余の金剛不動を、わずかながらも揺るがせたぞ。……実に面白い」
彼は構えを解かず、ゆっくりと一歩踏み出した。
「しかし、持続力がまだ甘い。
一点集中とはいえ、一撃で終わってしまっては意味がない。
どうだ、もう一撃。遠慮なく撃ってみろ」
俺は歯を食いしばり、再び構えた。
だがゼノスがさらに近づいてくる。
まずい。この距離では静止魔法は圧倒的に不利だ。
俺は反射的に「静止」を捨てた。
床に両手を突き、腹の肉をクッションにしながら体を水平に回転させる。
『ウィンドミル』。
「ほう……! ポーズを捨て、動き続けるだと?
これは……新しい!」
回転の最中、コンマ数秒ごとに腕を交差させる。
ペチン、ペチン、ペチン!
「なんと……! 魔力が回転に合わせて連射されている……!
しかも軌道が不規則……! これは、ただの指向性ではない!」
最後の一回転で、俺は片手倒立からフリーズした。
「……チェックメイト!」
極大の光柱が、ゼノスの目前を掠めて訓練場の奥壁を大きく抉った。
静まり返る訓練場。
俺は息を荒げ、揺れる腹を押さえながら立ち上がった。
ゼノスは構えを解き、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。
その瞳には、強い驚きと深い感嘆が浮かんでいた。
「……信じられん。
ポーズとは『キメて終わる』ものではなく、『繋ぎ、流れる』ものだったとは……。
カズヤ、貴様のその発想と動きは、我々の常識を根底から覆すものだ。
あの不規則な舞踏……関節を無視した動き……実に素晴らしい」
俺は苦笑しながら答えた。
「……ありがとうございます。
でも、正直怖かったです。
もしゼノスさんの防御が一瞬でも遅れたら……死んでましたよね」
ゼノスは低く笑った。
「余を誰だと思っている。
貴様の魔法が『殺せる』力を持っていることなど、最初から承知の上だ。
……それでも貴様が躊躇していることも、よく分かっていた。
その優しさも含めて、貴様の魔法はまだ未完成だな」
彼は少し間を置いて、静かに続けた。
「カズヤ。今後、余と一緒に研究してみないか?
貴様の『流動する魔法』と、我々の『静止する極致』。
どちらが優れているかではなく、どちらも正しい道を探るために。
……余は本気で、貴様の可能性に興味を持ったぞ」
俺は少し驚きながらも、素直に頷いた。
「……ええ、ぜひお願いします。
僕も、ゼノスさんの『静止』の深さを、もっと知りたいです」
ゼノスは満足げに頷き、俺の肩を軽く叩いた。
「よろしい。明日から、特別訓練を始めよう」
その日から、王宮魔導師団の訓練場では、
不器用に体を回転させたり、奇妙なステップを繰り返すマッチョ魔導師たちの姿が
熱心に見られるようになったという。




