第20話 静寂の帰還
3月13日。
ユヴァスキュラの陸軍病院。
消毒液の匂い。白い天井。
シモはゆっくりと目を開けた。
激痛が全身を走る。顔の左側が熱く、重い。喋ることはできない。
ベッドの脇に、医師と看護師が立っていた。
「気がついたか、ヘイヘ伍長」
医師が驚きの表情で見下ろしている。
「君が生きているのは奇跡だ。……いや、君の精神力がそうさせたんだろう」
シモは視線だけで問いかけた。
戦況は? 仲間は?
医師は静かに頷き、窓の外を指差した。
「終わったよ。今日、モスクワで講和条約が結ばれた」
終わった。
その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「我々は負けなかった。独立は守られたんだ」
シモの目から、一筋の涙が伝い落ちた。
カレリアの土地の多くは奪われた。故郷のラウトヤルヴィも、ソ連領となってしまった。もう、あの家には帰れない。
だが、フィンランドという国は残った。
家族も、仲間も、彼が盾となって守り抜いたのだ。
窓の外では、春の日差しが雪を溶かし始めていた。
100日間に及ぶ冬戦争。
500人以上の敵を葬り、「白い死神」と恐れられた男の戦争は、この静かなベッドの上で、ひっそりと幕を閉じた。
彼はもう、二度と誰かに銃を向けることはないだろう。
英雄としての伝説を残し、シモ・ヘイヘは一人の人間に戻っていく。
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