第23話:月下の審問――偽りの聖女に捧げる、最後の質問
王国城内・“満月の間”。
巨大な水晶の天窓から、月の光が静かに降り注ぐ神聖な審問の場。
――だが、その静けさは嵐の前のものだった。
審問は明日夜に開かれる。
だが前夜の今、クラリスの陣営には、緊張と不穏な空気が漂っていた。
「……こちら、書簡です」
カインが手渡してきたのは、封蝋された王宮発の文書。
その中身は、クラリスにとって――いや、全王国にとって衝撃的な内容だった。
《聖女リリアナ・セラフィーナ嬢、審問当日の出席を拒否》
《理由:名誉と神託の汚辱を避けるため、“神殿での沈黙の祈り”を選択》
《代わりに“神託代理官”および“親衛隊代表”が出席し、証言に応じる》
「逃げたわね」
クラリスは静かに呟く。
「“自分で答える言葉”を持たない者ほど、沈黙を神の代弁に使う」
「……お嬢様。敵は、審問そのものを“骨抜き”にしようとしている」
「わかってるわ。でも――“本物の証人”がここにいるもの」
クラリスは視線を奥の部屋へと向けた。
そこには、目を閉じたままベッドに横たわるエレーナ・ルクレール。
長い封印の眠りから、ようやく解放された彼女の瞳が開かれるまで――あとわずか。
「カイン、封印解除の準備は?」
「最終段階です。……ただし、“目覚め”は精神に負荷を与える可能性があります」
「……彼女が望むなら、それでも私は彼女を信じるわ」
クラリスはそっとエレーナの手を握る。
「ねえ、エレーナ。貴女の声がなければ、あの場で“真実”は言葉にならない。だから……目覚めて」
その時だった。
――ピシッ。
空気が割れるような音と共に、彼女の手の先にあった護符が微かに光を放った。
「……魔力反応。来るぞ」
カインが即座に構えた。
部屋の扉が、静かに開かれる。
「久しぶりね、クラリス」
現れたのは、ローブを纏った少女――ユーリア・ベルネッタ。
「ユーリア……! どうして、ここに?」
「今夜、リリアナ様から“ある命令”を受けたの」
彼女の瞳には迷いがあった。
「“クラリスの証言を阻止せよ”。もしそれが果たせないなら――“その命を奪え”と」
「…………!」
「でも私……できなかった。もう、あなたを敵として見られないから」
ユーリアは震える手で、懐からもう一通の書簡を取り出す。
《クラリス・エルヴェール嬢へ》
《私は貴女を赦しません。ですが、貴女の持つ“真実”は――私が恐れていたものです》
《神の名において、明日、私は貴女と向き合う決意をしました》
《そこで“何が偽りであったのか”を、私自身の口で語るために》
それは――リリアナ本人の手による書簡だった。
クラリスは目を細める。
「……やっと、“逃げることをやめた”のね」
「明日、彼女は出席するわ。すべてを語る覚悟を決めて」
「なら、私も――“問う覚悟”を決めなきゃ」
その瞬間だった。
ベッドに横たわっていたエレーナの指先が、そっと震えた。
「……ん……」
「っ……!」
クラリスは急いで駆け寄る。
「エレーナ……!」
「……クラリス……様……?」
その瞳が、静かに開かれた。
月の光が反射し、透き通るような青の瞳が世界を映し出す。
「私は……生きて、いたんですね……?」
「ええ。貴女は奪われて、封じられて、でも……ここまで辿り着いた」
エレーナの瞳に、涙がにじむ。
「ありがとう……私を、見つけてくれて」
「こちらこそ。……一緒に、“終わらせましょう”」
明日、全王国の注目が集まる“審問の間”。
そこに立つのは、かつて“断罪された令嬢”と、
“存在を消された本物の聖女”。
そして対峙するのは、
“国を欺き、神の名を騙る偽りの聖女”――リリアナ・セラフィーナ。




