第21話:“嘘の聖女”を守る者――その剣、誰のために振るうのか
「どうしてあなたが、こんな真似を……!」
私は剣を構えるユーリアを見据え、言葉を吐き捨てた。
「貴女は……私の友達だったはずよ!」
「だった、のよ。過去形ね」
ユーリアの声は冷たい。
「私は信じてるの。“聖女様”が、この国の未来を導いてくださる存在だって」
「その未来を作るために、“誰かの人生”を犠牲にしても?」
「必要な犠牲よ」
その一言に、私の胸の奥で何かがはっきりと“切れた”。
「……あなたたちは、何も変わってない」
「?」
「誰かを“見下して”、誰かを“踏みにじって”、それを“正義”の名で飾り立てる……そうして私を断罪した、あの日と同じように」
ユーリアが微かに眉をひそめる。
「変わったのは、私よ。今度は“黙ってやられる”だけの令嬢じゃない」
私は、ローブの裾を翻し、足元から魔力を解放した。
「見せてあげる。私はこの国を、もう“偽りの光”に委ねない!」
「……ならば、私は“聖女の盾”として貴女を砕く!」
剣が、火花を散らした。
ユーリアは貴族屈指の剣術家の娘。
その剣捌きは正確無比で、一瞬の隙すら許さない。
だが、私は退かない。
(これは私自身の戦い――そして、“誰かの人生”を取り戻すための戦い)
「……お嬢様は、あちらを!」
カインの声が飛ぶ。
見れば、村の中央にある瓦礫の下――微かに魔力障壁の揺らぎが見えた。
「何かある!」
「行かせないわ!」
ユーリアが剣を振り抜こうとした瞬間――
「……通してもらおうか。貴女の相手は、この私だ」
カインの剣が、彼女の進路を遮った。
「ふん……! さすが“影の護衛”。けれど、私も手加減はしないわよ!」
二人の剣が激突し、森全体が震えるような衝撃音が走る。
その隙に、私は瓦礫の中へと足を踏み入れた。
(この奥……魔力の反応がある。しかも、“聖属性”と“封印系統”が混じってる)
崩れた建物の床下。
古い木製の扉が、かろうじて魔力で保たれていた。
私は結晶鍵をかざし、静かに解錠する。
ギィ……という音とともに、扉の奥が開かれた。
そこは、氷室だった。
人工的に冷却され、保存されていた“眠りの聖域”。
そしてその中央、
透明な魔結晶の棺の中で――
「…………!」
少女が、静かに目を閉じたまま眠っていた。
白金の髪。
かすかな微笑みを湛えた表情。
そして胸元に浮かぶ、“本来の聖女にのみ与えられる紋章”。
「……あなたが、エレーナ・ルクレール」
私は膝をつき、そっとその魔結晶に手を触れた。
(生きてる……!)
眠りについて十年以上経っているはずなのに、身体はまるで凍結されたように保たれていた。
「誰かが……あなたを、“守っていた”のね」
この少女こそが、“本物の聖女”。
そしてリリアナがその加護を“奪い取った”とすれば――
(あなたの人生も、加護も、未来も……すべて、今から取り戻す)
私は静かに決意を新たにした。
その瞬間――
「……見つけたのね」
背後から声がした。
振り返ると、そこには傷だらけのユーリアが立っていた。
剣は折れ、肩口から血が流れている。
「カイン……あなた、本当に“怪物”ね……」
「……下がっていろ、お嬢様」
カインが彼女を睨みつける。
だが、ユーリアは剣を捨て、ただ呟いた。
「……それが、“聖女様のやったこと”なら……私、もう信じられないかもしれない」
「……!」
「私、ずっと“選ばれた側に従うことが正義”だって思ってた……でも、そうじゃなかったのかもしれないわね」
彼女はその場に崩れ落ちる。
「クラリス……私は、どうすればいいの……?」
私はしばらく黙ってから、静かに言った。
「真実を一緒に見届けて。それが“あなたの贖罪”になるなら」
ユーリアの肩が、震えた。




