第19話:“彼女はまだ生きている”――本物の聖女を追う者たち
王都を離れたのは、まだ夜明け前のことだった。
馬車に乗る私の隣には、いつも通り、カインが静かに座っている。
「……本当に行かれるのですね、お嬢様」
「ええ。“真実”を確かめるために」
王宮記録によれば、かつて“本物の聖女候補”であったエレーナ・ルクレールは、選定儀式の前夜に忽然と姿を消した。
ただひとつ残された情報は──“西方の孤児院に引き取られた形跡がある”という断片的な報告。
「リリアナが加護を奪ったのなら、その力の本来の持ち主が“まだ生きている”可能性がある」
「……仮に生きていたとして、彼女を見つけたらどうなさるおつもりですか?」
「――連れ戻すわ。必ず」
私は迷わずそう答えた。
(彼女を、救わなければ)
それは義務でも使命でもない。
ただ、心の底から湧き上がる“怒り”と“責任”だった。
私だけが断罪されたんじゃない。
本物の聖女までも、“あの娘”に人生を奪われたのだ。
(だったら、今度は私が“彼女”の居場所を取り戻す)
「それにしても……情報が少なすぎますね」
カインが低く呟く。
「西方の孤児院といっても、今はすでに閉鎖されております。記録も不自然なほど削除されていますし」
「都合が悪いことはすべて消す――まるで、王都そのものみたいね」
「……その王都から使者が」
「……え?」
彼の言葉と同時に、馬車が急停車した。
扉の外、重厚な鎧に身を包んだ男たちが数名。
それは、王国直属の魔導騎士――しかも、神殿警護部隊の紋章がある。
「……リリアナ派、ね」
「お察しの通りです」
カインが剣に手をかけ、馬車の外に降り立つ。
「クラリス・エルヴェール嬢に告ぐ!」
騎士の一人が、威圧的な声で宣言する。
「あなたの調査活動は、聖女リリアナ様の権威を著しく傷つける疑念行為と認定されました。これ以上の行動は国法により停止を命じられます!」
「……正式な王命ではなく、聖女の“私命”に従った動き、というわけね」
私は扉を開け、静かに外へ出る。
「私の行動は、王太子殿下の許可を得た“監察任務”の一環です。……勝手な妨害行為、あなた方のほうが不敬にあたりますわよ?」
「申し訳ありませんが、あなたの存在そのものが“秩序を乱す要因”です」
その言葉と同時に、騎士たちは構えを取った。
魔力が、空気を震わせる。
「お嬢様、下がってください」
カインの瞳が鋭く光った。
「彼らの目的は明確です。“調査の阻止”ではない。“お嬢様の口を封じる”こと」
「……本気で殺しに来たということね」
その瞬間、地面が爆ぜた。
魔導騎士の一人が放った雷撃が、カインの立っていた位置を襲う。
だが――それは風のような身のこなしで回避される。
「……甘い」
カインの剣が、銀光を描いて騎士の肩口を裂く。
「ぐっ……!」
騎士のひとりが膝をついた。
だが、敵はなお五人以上。
囲み、連携し、確実に“処理”する構えだ。
「クラリス様、退いてください!」
「いいえ」
私はローブの下から、小型の魔力結晶を取り出す。
「私はもう、“ただの貴族令嬢”ではない」
(何もできずに断罪されて、何もできずに逃げた私とは、もう違う)
「この命に誓って、すべてを取り戻すわ」
私の手から放たれた結晶魔法が炸裂し、騎士たちの間に風と閃光が巻き起こる。
その隙を縫い、カインが一人、また一人と無力化してゆく。
やがて、騎士たちは撤退を余儀なくされ、森の奥へと消えていった。
「…………ふぅ」
私は剣を構えたままのカインに向かって、小さく微笑む。
「やるわね、カイン」
「いえ、お嬢様こそ。……魔力制御が、以前より正確です」
「ええ。“やられるばかり”の女では、もういられないもの」
「……心強い限りです」
カインが小さく頷いたあと、真剣な声で言う。
「しかしこれは明確な“宣戦布告”です。リリアナ嬢は、確実にこちらの動きを警戒し始めました」
「なら、こちらも本気で応えなきゃいけないわね」
私は前を向いた。
(このまま、エレーナ・ルクレールを見つける)
(そして“リリアナの正体”を、国中に暴く)




