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【07】昇降地区

 ――あれから数日後。

 

 ジャンクショップ・リカステの定休日――つまり、うどん外出の日である。

 朝から定期路線バスを乗り継ぎ移動してきたクローリカの姿は、四層と五層を繋ぐ駅がある昇降地区にあった。


「あ、見つけた。アリトー!」


 昇降地区の待ちあわせ定番スポットである時計台の根元に立ち、アリトはその目立つ黒髪を惜しげもなく晒している。おかげで、クローリカはすぐに彼を探し当てることができた。


 他の都市には黒髪の人種も多くいるらしいが、ラビットホールでは希少である。

 更に言うのなら、髪染めという行為は珍しくもないが、庶民層が使う染毛剤ではアリトのように自然な艶のある黒は難しい。よって、彼はけっこう目立つ。


 空中でゆらゆらと指を動かし、ゴーグルで何かを読んでいたアリトは、自身を呼ぶ声で顔を上げる。元気よく駆け寄るクローリカを認めて目を細め、黒髪を隠すためにフードを被った。

 なお、今日は層を跨いで移動をする弾丸日帰りうどんツアーである。旅程に余裕をもつべく早めの予定を立てたので、まだ朝と呼べる時間帯だ。


「おはよう、クローリカ。わざわざ朝からすまないな」

「おはよー。大変とかそんなことないよ。なにせ、うどんが楽しみだからね」

「美味いもんはいいよな。その気持ちはわかる」


 花も恥じらう乙女な年頃だというのに、クローリカは一切の恥ずかしげもなく食欲を晒す。そんな彼女に、アリトはリラックスした表情を見せる。

 病院での検査で何も問題がなかったという連絡から、ふたりはメッセージのやりとりを続けている。そうやってこの数日間でやり取りをした雑談メッセージは、クローリカとアリトの間にあった壁を随分と薄くしてくれたらしい。


「劉さんにはもう話を通してある。個室を空けてあるし、店でよっぽどのトラブルがなければ時間もとれるってさ」

「ありがと。お店の邪魔しちゃって申し訳ないけど、大々的にしたい話でもないから助かるな」


 会話をしながら、クローリカは改めて周囲を眺める。

 ここは、四層昇降地区。俗称ではあるがその名の通り、四層と五層を繋ぐ公共交通機関のある場所だ。

 

 待ち合わせの時計台からは、大きな穴が見渡せるようになっている。


 この大穴にかつてあったのは、四層と五層を往復する広い昇降リフトである。五層の掘削工事のために設置されたものを流用したそれは、非常に頑丈だが簡易的で転落事故も多かった。しかし、利用者が庶民だけと富裕層が占める権力者の腰は重く、改善のための予算がなかなかおりなかったのだ。

 度重なる庶民層からの突き上げに加えてちょっとした事件もあり、大々的な工事が行われたのは数十年前。今では立派な駅の姿が日常に組み込まれ、昇降リフトは解体され、大穴は観光名所になっている。


 そんな観光地と化した大穴を覗く人は、早朝でも多い。

 クローリカも彼らに倣って穴へ近づき、背が高い金属柵の細い隙間――柵には大量のチラシが貼られているので、余計に隙間がない――から暗闇を見下ろす。


「……うわぁ、今じゃ網が張られているとはいえ、この高さはぞっとするね」

「ちなみに、あれは転落防止ではなく物を投げ込む悪戯の落下防止目的らしいぞ」

「そうなんだ。なるほど、投げ込みたくなる気持ちはわかるかも。いや、わたしはやらないけどさ」


 目を凝らしてよく見ると、はるか下に張られた網の上には、カフェのテイクアウトカップや食べ物の包み紙と思しき物体(ゴミ)が載っている……気がする。

 わざわざ高い柵を越えるように投げ込んで、実にご苦労なことであるとクローリカは心底呆れた。アリトも似たようなことを思ったようで、呆れの感情を滲ませた表情で口を開いた。


「まったく。どうせならコインを投げ込めばいいのにな。それなら、回収費用にそのままあてられるし」

「もー、トレヴィの泉じゃないんだから。それに、コインなんて贅沢品を――――」


 地球ジョークを楽しみながら穴を覗き込むクローリカとアリトの背後から、いっそう強い騒めきと同時に甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 アリトは瞬時に音の方向を探り、クローリカを背に庇って立ちふさがった。


「……なんだ、ひったくりか?」

「えっ、えっ、なに、なに? …………………………ん、んん?」


 クローリカは数秒だけ一通り慌て、すぐにアリトの背中からひょっこりと顔を出し騒ぎの方向を探る。

 騒動の現場に何かが飛んでいるのが見えたものの、クローリカの肉眼と彼女の頭にある一般許諾チップでは細部の解析が不可能である。チェーンで首から下げたスティック型のサブ端末――他にも機能はあるが、ほぼカメラ専用機――を胸元から引き出し、写真を撮って確認することにした。


「……ね、あれって連合のドローンかな。駅は誰かの私有地じゃないから、一般ドローンは飛べないよね?」

「ああ、連合セキュリティの巡回ドローンに似ている……が、なんか違う……ような」

「可能なら、そっちで撮った拡大画像欲しいんだけど」

「わかった……確認してくれ」


 ハンター向けの高精度カメラ搭載ゴーグルを装備するアリトなら、市民向けカメラしか持っていないクローリカよりも鮮明な画像を撮れる。

 さっそく届いた画像を眼前に広げれば、不思議な物体が飛び込んできた。

 

「――ん、ありがと。これは……新旧連合ドローンのパーツをごちゃっと混ぜた感じがする。やだ、もしかして流出品の組み合わせ?」

「ってことは何だ、反連合のちょっと気合が入った鉄砲玉か?」

「ええと、半連合の……何て?」


 クローリカが今までに遭遇した事件はそう多くない。稀に、深夜に近所で小規模ギャングの抗争が勃発したりするが、それくらいだ。

 念の為に「反連合のちょっと気合が入った鉄砲玉」とはなんぞやとクローリカがアリトに確認してみれば、言葉の通りであった。


 反連合とは、連合セキュリティとそれを統括する企業連合の方針に反発している団体のこと。

 その鉄砲玉とは、企業連合や連合セキュリティのふりをして騒ぎを起こす嫌がらせ実行犯のこと、らしい。だいたい文字通りだ。


「四層って、そういうのあまりないのか? けっこう平和なんだな。とはいっても、五層でもこすい嫌がらせの軽犯罪ばかりなんだが……そうか、これが層格差ってやつか……」

「わたしが運良く遭遇しなかっただけかもしれないよ。まあ、ニュースで見た記憶もあんまり……ない、かも?」


 騒ぎの最中もそんな会話をしていたので、クローリカは完全に油断していた。

 アリトの背中越しに人々の塊を眺めるだけで、他の場所になんら気を配っていなかったのだ。

 

 だから、塊から離れた場所で発生した大きな爆発音に、身体が跳ねるほど驚いたのは当然のことで――反射的に後ずさり、背が金属柵にぶつかったのも当然のことだった。

 もちろん、そうやってぶつかった金属柵はクローリカの身体を拒絶し、それ以上は何事も起きるはずがなかったのだ。

 

 だというのに、体勢を崩したクローリカの背を当然しっかりと支えるはずの強固な柵は共に傾き、重心が揺らいだ彼女を奈落の底が呼び寄せた。


 

「――――――クローリカッ!」


 

 背後の異変に気がついたアリトが手を伸ばし、間一髪のタイミングでクローリカの細い腕を掴む。

 しかし、アリトが自らを支えるために掴んだ柵もまた脆く折れ――。


 ふたりそろって、勢いよく大穴の中へ迎え入れられることになってしまった。




 ――あの網って、人の体重を支えられるようになっているのかな。


 この時、落下の恐怖を通り越して今にも停止しそうなクローリカの頭は、冷静にそんなことを考えていた。

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