企み
ヒュージニアの二人に正体がバレた黒の魔女は、本性を現し攻撃を仕掛けてきたが、突如現れたミルフィール様によってあっさりとかわされた。
そのまま二人は、口元に笑みを浮かべたまま対峙する。お互いに相手の一挙手一投足に注意を払う。
「貴方の話はずっと聞いていたわ。いい加減こちらも見過ごすわけにはいかないのよ」
「何よ、別にたいした事してないわよ。ちょっと王子と遊ぼうと思ったただけじゃない。それも悉くそこのハワードに邪魔されて、何も出来なかった……ああ、王子の婚約者だっけ? 実行できた事なんてあの女を壊したぐらいじゃない」
そう言ってケラケラと笑いだす。
ソネット様を苦しませた事を、そんな事ぐらいと言い切る黒の魔女に皆の憎悪が膨れ上がった時、ランバ様が声を荒げた。
「ミランダに個人的な恨みなどなかったはずだ。なんでそのような事……」
「だから王子様、貴方と遊ぼうと思っただけだって言ってるじゃない。それにはあの子が邪魔だったからよ。最初はハワードの横にいる女を潰そうかと思ったのだけれど、思いのほかガードが強くて、それに途中から貴方が婚約者に関心を示したからよ。やっぱり邪魔だと思ったの。それだけよ。それにあの女は、そこらにいる女の中でも一番もろかった。簡単だったのよ。だってもう壊れる一歩手前だったんだもの。私は背中を押しただけ。あの女は貴方達が皆でじわじわと壊していたんでしょ」
笑える。と高笑いをする女に、ランバ様は放心していた。
「私が……ミランダを……」
後悔と共に崩れそうになるランバ様を、ギルバード様が引っ張る。
「しっかりしろ、ランバ! 後悔なんて後でいい。これ以上ミランダ様を悲しませるな。早い事、皆と共にケリをつけて彼女の元に行くんだろう。ミランダ様だけがお前を罵る事が出来るんだ。こんな所で黒の魔女ごときに負けてる場合じゃない。ミランダ様とちゃんと話をして、そしてしっかりと殴ってもらえばいい。それからお前達は始まるのだから。だから今は、王族としての威厳を忘れるな。私はお前ほど、この国の王にむいている奴はいないと思っている。前を向け、ランバ。私を裏切るな!」
ランバ様がハッとした表情でギルバード様を見る。
「のまれたら負けですよ、ランバ様」
「ミランダ様の為にも気をしっかり持って下さい」
俺とファニーが後押しをする。
ランバ様は目を見開くと、両手で思いっきり自分の頬を叩いた。
パアン! と小気味よい音が辺りに鳴り響く。
驚く面々を無視して、ランバ様は吹っ切れたような明るい表情で前を向く。
「ありがとう、大丈夫だ。私はミランダを傷付けた。その償いは一生かけてする。お前にとやかく言われる筋合いはない!」
そう言って黒の魔女と対峙する。
「な・なによ……」
ランバ様の迫力に押されていた魔女の一瞬をついて、ミルフィール様が声を出す。
「捕縛!」
声と同時にミルフィール様の周辺の水が縄のようにうねり、黒の魔女の体をぐるぐる巻きにした。
「なっ!」
動きを封じられた黒の魔女は戒めを解こうともがくが、一向に水の縄は解ける気配はない。
以前ルミとミルフィール様が言っていた通りかもしれない。
黒の魔女は、魔法は手からしか出ないと思い込んでいる。
手の周辺に水の縄が存在する以上、手から魔法の炎を出す事は出来ない。
「師匠、魔法ってこんな事も出来るんですか?」
「便利だろ。逃亡中、森の中でこれが結構役に立つ」
俺が魔法の水で黒の魔女を捕縛するミルフィール様の姿を師匠に問うと、乾いた笑いと共にそんな返事が返って来た。
「ミルフィール様が器用なだけでは?」
「……そうかもな」
遠い所を見つめる師匠に、俺は苦笑する。いろいろ苦労したんだろうな。
「いつか旅の話、聞かせて下さいね」
「そのうちな」
そんなのんきな会話を打ち破るかのように、それまで必死で水の縄を解こうともがいていた黒の魔女がフフフと笑いだした。
「貴方対達、こんな事をしていていいのかしら? 私を捕まえる事に必死になり過ぎて、近付く脅威に気付いていないんじゃなくて?」
「え?」
黒の魔女のそんな不吉な言葉に、全員が目をむく。
「どういう事だ、それは?」
ギルバード様が黒の魔女を睨みつけながらも、冷静に事の真意を吐かせようと近付く。
「そばに行くな。何か企んでいるかもしれない」
「……はったりかもしれませんよ」
師匠と俺がギルバード様を止めながら、黒の魔女を睨む。
「相変わらずムカつくガキね。ハワード、貴方私が何も策略なく二人に任せっきりで、貴方の前にノコノコ現れたと思っているの?」
俺はその言葉にハッと気付く。
こいつは策略家だ。表でなく裏で手を回すのが得意な女。
「まさか、この二人の他にもヒュージニアの人間を手駒にしていたのか?」
「当り前じゃない。私の最終目的はなんだと思っているの?」
「……戦争……」
「あら、なんだ。分かっているじゃない。だったら今この時、何が進行しているかくらい予想つくでしょう」
これが本当の黒の魔女の素顔。ニタリと笑う顔は醜悪そのもので、ゾクリと背筋が震える。
その場にいた皆の顔が、青くなっていくのが分かる。
まさかヒュージニアの軍隊がこちらに向かっている? そう言いたいのか?
俺は震える拳を押さえつけ、わざと笑みを張り付けながら黒の魔女を見下ろす。
「……ありえない。お前が直接接近した王族は、この国に到着された二人だけ。それ以外に接触を測れた王族がいない以上、軍隊を動かす事など出来るはずがない」
「……なんでそんな事まで知っているのかしら? まあ、いいわ。接触など図らずとも、王族を動かす方法なんていくらでもあるのよ」
「変な事を言うな! 我がヒュージニアは争い事など好まない。簡単に軍隊など出すはずがないだろう!」
恐怖で身を縮めていたカラクスト王子が、自国が自分達を遊学に出している友好国目指して軍隊を出し、戦争を仕掛けようとしているなどと言われ、堪らず声を荒げた。
「そ・そうよ。ヒュージニアは芸術を愛する平和な国よ。貴方なんかが何かを言ったところで、お父様が軍隊など出すはずがないわ」
カラクスト王子にしがみついていたアニシエス王女も、自国にあらぬ疑いを持たれたら堪らないとばかりに言い返す。
「我が子の言葉なら動くんじゃないの?」
「え?」
ニヤニヤと笑いながら、ヒュージニアの二人を見る黒の魔女。
二人はお互いに顔を見合わせながらも、自分達は何も言っていないと必死で首を振る。
「なにも……我々は何もしていない。信じてくれ! 確かにローズマリーの言う通りに動いてはいた。彼女が好きだったし、彼女の言う事は正しいと思っていたから。今思えばなんであんなに彼女の事を信じていたのか分からない。けれど本当に、父上にこの国に対して何か言ったりはしていない。ヒュージニアの神に誓って!」
「わ・私も。私も何も言っていないわ。この国に着いてからお父様とはなんの連絡も取っていない。調べてくれたら分かるわよ」
確かに彼らが来てからヒュージニア国と連絡を取っていたという記録は今のところないし、クレノさんからもそんな報告は受けていない。
皆の注目を浴びる魔女は、さも楽しそうに舌なめずりをする。
「貴方達が無事ダンバ国に到着した旨を知らせる早馬が、自国に戻ったと思うけれど」
それを聞いてクレノさんからの報告を思い出す。確かにこの国の境で一頭の騎士を乗せた馬がヒュージニア国に戻っている。
だが、それにしても……。
「その早馬が何をしたというのだ? 到着した早々に揉め事などあるはずもなく、彼が国王様にどんな言葉を送れるというのか?」
ギルバード様が黒の魔女を睨みつけながらも、話を促す。
黒の魔女は何が言いたい?
「クスクス。分からない、ハワード? いつも私の邪魔をしてきた貴方にも、私の思考は分からないかしら?」
「……お前の思考など、分かって堪るか。俺はお前の生き方に嫌悪しているだけだ」
「どうしてそこまで嫌われなければいけないのかしらね。貴方には本当に何もしていないと思うけれど……」
俺の言葉に、黒の魔女はスッと目を細める。
「――ハワード、お前以前から私の事を知っていたのか?」




