雇用
しばらく続いたニッコリ笑う俺と威圧感丸出しのマッドンとの睨み合いは、マッドンの高笑いで終了した。
「ハハハハハ、気にいったぞクソガキ。俺の可愛い姪をどんな奴が奪ったのかと気にしてみたら、糞度胸のあるたいした奴だ」
バンバンと力任せに叩く手は、ものすごく痛い。後で背中を見てみよう。絶対赤く腫れあがっているのに違いない。
「下品よ、マッドン。五年も傭兵なんかしているから、貴族の礼儀を忘れたようね。一から躾しなおします。キルマとキリアとともに学びなおしなさい!」
あんまりなマッドンの態度に怒髪天を突いた夫人が、扇でマッドンの頭をペシペシと叩く。あ、あれもかなり痛そうだな。
「「わあい、おじさんもいっしょにべんきょう、べんきょう」」
双子が嬉しそうに、夫人とマッドンの周りを駆け回る。
俺が肩をすくめると、涙目のファニーがギュッと俺の腕に抱きついてきた。
「嬉しいけど、どうしたの?」
「……叔父様なんて嫌い」
どうやら叔父様は、可愛い姪の怒りをかってしまったようだ。
「それだけファニーが心配だったんだよ。許してあげて」
俺がニコリと笑うと「アシュは優しすぎ」と言われたので「ファニーの身内だからだよ」と返すと顔を赤くしたファニーが、俺の腕にグリグリと額を摺り寄せてきた。
うわあ、何この可愛い生き物。このままお持ち帰りしたい。本当にしたい。
再び脳内で花を飛ばしていると、マッドンが胡乱な目をする。
「本当に仲がいいな。ファニリアスの甘えた姿なんて、初めて見たぞ」
「私が甘えているんですよ。それよりマッドン様は、今は傭兵をなされているのですか?」
「ああ、近くにいたんだが、とりあえず一仕事終えたんでな。以前から姉上に顔を出せと言われていたから、寄ってみたらファニリアスが婚約したっていうじゃないか。こりゃあ、叔父として婚約者殿には一目会わないといけないだろう」
「威嚇しておくの間違いでは? それより、では今はフリーという事ですが、次の仕事はお決まりで?」
俺があっさりマッドンがどうして俺に絡んできたのかの思惑を言うと、一瞬呆けた顔をしたマッドンだったが、次の瞬間ニヤリと不敵な笑みを見せる。
「――面白いな、お前。前の仕事が終わったばかりだから、まだ次は決めてねえよ。それがなんだ?」
「では、我が家に興味がおありのようですし、私を専属で鍛えてみてはくれませんか?」
「は?」
「アシュ?」
突然の俺のマッドン雇用発言に驚いたのは、マッドン本人だけではなかった。
ロレン家全員が驚いた顔をしている。そんなに不思議かな?
「実は強い師匠を探していたのです。家の者だとどうしても甘くなりがちなので、容赦なくぶっ飛ばしてくれる程の人材を探していました。その点マッドン様なら忖度なんてなさらないでしょ。それに身分も家柄も人格も保証してくれる方がそばにいらっしゃる。これ以上ない適任者です」
俺がにこやかにそう言うと、マッドンの保証をしてくれる方だというのが、自分である事を察した夫人が深く眉間に皺を刻み、手を頬に添える。
「私家柄はともかく、人格は保証できませんわよ」
「……姉上」
ガクリと膝をつくマッドン。
「だってそうでしょ。三男坊の貴方が騎士を目指したのは、分かるわよ。歴代最年少で近衛隊隊長に選ばれた時は、家族総出で喜んだものだった。それなのに貴方はそんな地位をあっさり捨てて傭兵に成り下がり、逃げるように他国にまで行ってしまった。私達家族がどれほどぶっ飛ばしたい衝動を抑えた事か。今の貴方の考えている事は、全くもって分からないわ」
怒るというよりは、当時の事を思い出したくないというような夫人の姿は、本当に苦しいほど心配したのだろう。だがそのせいで、弟の事は分からなくなったという夫人は間違っていないと思う。
「衝動はおさえられずに、キッチリぶっ飛ばされた記憶はあるんだけど……そうだな。俺が辞めた理由は、話していなかったな。別に他国に逃げた訳でもないんだよ」
流石にバツが悪そうにマッドンは言葉を繋げる。多少ぶっ飛ばされた記憶は、根に持っているのかもしれないが。
「理由がおありで?」
俺は先を促すようにマッドンに聞いてみる。
「たいした事じゃない。単に他国の奴を助けたかっただけだ。そいつを逃がすのに俺の肩書きが邪魔だった。ただそれだけの事だ」
「マッドン、あなた……近衛隊隊長って肩書きを〔ただそれだけ〕で捨てたというの?」
余りの言葉に、夫人の体が怒りから震えだす。
俺は夫人の怒りが少しでもそれるように、助け舟をだす事にした。
「なるほど、女性ですか」
「ぶっ!」
マッドンは吹いた。汚いなぁ。それでも貴族ですか。口に何も入っていなかった事が不幸中の幸いです。
皆は驚いて声も出ないというように、マッドンを凝視する。
「何を驚く事があるのです? 肩書きを捨ててまで男を助けるという事はありえないと思っただけですが?」
「……親友とかならありえるだろう?」
マッドンはフルフルと震えながら、言葉を絞り出す。せっかく助け船を出してやったんだから素直に認めろよ。俺はちょっとイラッとした。
「確かに。けれど伯爵家三男であり、騎士を目指していた貴方が、地位を捨ててまで親友となりえる、他国の男性と会えるとは思えません。まず他国の者と社交する機会は滅法少なく、また騎士を目指す以上、他国の者にはそれ相応の警戒心をもちます。そんな中で相手を懐に入れるとなると、男性でもただの親友というよりは、愛する者であるという事。いえ、俺は偏見などありませんから、それならば納得します。女性と一括りしたのは私の落ち度です。ただそうなるとより興味をもってしまいますので、その美談お聞きできないかなと思います。どのような場所でお知り合いに……」
「だああああ~~~、うるせえわあ! お前の言う通り、女だよ。惚れた女の為に、地位を捨てて他国に行ったんだよ。悪いか!」
俺の厭味ったらしい解説にマッドンは切れたのか、大声で認めた。最初からそうしてろよ。面倒くさいなあ。
「まあああ、そうなの? マッドン」
夫人は先程の怒りはどこへやら、満面に喜色を浮かべてマッドンを見た。
「いえいえ、まさか。そのような情熱的な方に師事できるのならば、光栄です」
俺はわざと慇懃な態度をとる。マッドンは俺や婦人の態度にさも、うっとおしいといわんばかりに睨みつける。
「お前の言い回しは、全くもって癇に障る」
「ありがとうございます。誉め言葉として受け取っておきますね」
「誉め言葉なはずねえだろう。怒ってんだよ。なんなんだ、お前は。俺を揶揄って楽しいかよ」
すっかり不貞腐れたマッドンは、そっぽを向く。
「それは心外です。私は嬉しいんですよ。そういう情熱的な方なら俺の話、聞いてくれるんじゃないかと思ってね」
「俺?」
私から俺と呼称を変えた俺に、マッドンは初めて警戒の色を見せた。
どこか揶揄っているような、相手を見定めるような、軽い調子の態度から一変したマッドンが口を開こうとした瞬間。
「残念、時間切れです。今日は第一王子に呼ばれていて、今から城に行かなくてはいけないのです。マッドン様、雇用契約の詳細は後日また、お時間いただけないでしょうか?」
「……ああ、望むところだ」
嫌だなあ、なんで喧嘩腰? ニコニコ微笑む俺と対照的なマッドンは、口角は上がっているが、目は笑っていない。
『ルミ、後は頼んだよ』
(ホントウニ、ソウダンスルキ、ナイノネ)
小声で白の魔女こと猫のルミに頼むと、呆れ声が返ってきた。
嫌だなあ、なんでこいつはどうしようもない、みたいな態度とられちゃってんの?
「ファニー、また明日来るね」
「……今日はあんまりお話出来なかった」
嫌だなあ、この可愛い生き物が婚約者だなんて。七歳児じゃなかったら理性吹っ飛びますよ。
そうしてロレン家の方達に挨拶をして、俺は城に向かった。




