マッドン
「来ちゃった♡」
(……ヤメテ、キモチワルイ)
うん、知ってる。俺も七歳児だから許されるギリギリのラインかなって思ったんだけど、完全にアウトだったらしい。
俺は白の魔女との約束通り、一日あけて魔女の元にやって来た。ファニーとは昨日も会っているけどね。
白の魔女はファニーの部屋の一角に寝床を作ってもらったみたいで、昨日は一日目覚めなかったらしい。
今は談話室に連れてこられている。
「それはそうと、猫の姿でも話出来るんだ」
(キノウ、イチニチネタラ、ドウニカ)
「良かった。これならいつでも相談出来るね」
(……スルキ、アッタノ?)
何だが白の魔女の中で俺は一体どういう人物になっているのだろうかと、本気で聞きたくなる発言だ。
「どうしたの、アシュ?」
ファニーが俺の顔を覗き込む。どうやら白の魔女の声は、俺にだけ聞こえるようだ。
(ユメノナカデ、ツナガッタカラネ。ファニートハ、ツナゲテナイノ。ゼンカイノコトハ、ファニーニハ、オモイダシテ、ホシクナイカラ)
同感だ。あんな事思い出したらファニーの心が壊れてしまう。覚えているのは俺だけでいい。
「思いのほか元気そうで安心したなと思って。にゃあにゃあ鳴くぐらいの元気は出たんだね」
「うん、本当に良かった。ありがとうね、アシュ。いろいろと助けてくれて」
「俺は出来る事をしただけだよ。見つけたのはファニーだ」
「それでも、嬉しかったよ」
ファニーが頬を染めて、ふにゃりと笑う。ああ、もうこの素直な可愛い子。家に連れて帰ってもいいですか? 駄目ですか、はい、分かりました。
二人でテレテレと世界を作っていると、空気の読まないお子様がわっと俺の背後に飛びついた。見た目七歳のお子様が何言ってるんだと言う突っ込みは、受け付けません。
「「あしゅれいさま、きてたの? きてたの?」」
「来てたよ。今日も元気だな」
ファニーの弟達が、俺の背に張り付く。二人を背負うのは流石に辛いが、どうにか抱える。
「ほお、話には聞いていたが、なかなか鍛えているようだな」
背後から聞きなれない大人の男の声が聞こえてきた。
振り向くとそこには、自然に伸びた焦げ茶の髪を邪魔だからと無造作に一つに縛り無精ひげを蓄えた、意志の強い深緑色の瞳を持った二十代中半頃の男性がいた。細身の割にはしっかりとした筋肉が付いているのが分かる。騎士というよりは、傭兵に近い感じがする。
我がハワード家で会うのならば違和感はなかったのだが、ここは俺の天使、ファニーが住むロレン家。むしろ違和感しか感じない男の乱入に、自然と戦闘態勢に入ったのは許して欲しい。
男はニヤリと笑うと「手合わせしてくれるのか」と楽しそうに身構えた。
一触即発の状態を打ち破ったのは、我が天使ファニー。
「叔父様、アシュ、やめて! ここは家の中よ」
叔父様? 叔父様! この男はファニーの身内? やばかった……。
「アシュ、この方はお母様の弟、マッドン・パッカーニ様。叔父様、彼は私の婚約者アシュレイ・ハワード様よ。手合わせはしない。いいですね」
俺はコクコクと頷くと、弟達をおろして挨拶する。
「先程の無礼はお許し下さい。アシュレイ・ハワードと申します。以後お見知りおきを」
俺が名乗るとマッドンはニヤリと笑い「マッドンだ」と言って手を差し伸べ、握手を求める。
俺がそれに応じるように手を伸ばすと、男はギュッと握った手に力を込めた。
ミシミシミシッ。なんて握力。
ただでさえ大人と子供だというのに、奴の力は普通の大人のそれとは違っていた。七歳児の手を潰す気か? 俺は奴に口角を上げたまま睨みつけ、手には力を込めた。
「!」
七歳児なめんな。とばかりにありったけの力を込めるが、男は嬉しそうにニヤニヤするだけ。ムカつく! ハンデとして両手で握ってやろうかと思った時……パッコーン!
ロレン侯爵夫人がマッドンの後頭部を、扇で叩いた。
「いってー、姉上。それ鉄扇でしょ?」
「そんなわけないでしょ、この筋肉馬鹿! うちの婿様、いじめないで頂戴!」
初めて見る夫人のそんな姿に目を白黒させていると「あら、いやだわ。マッドンったら、ホホホ」と誤魔化すように笑ったが、お義母様、それは無理です。流石に誤魔化しきれません。
「申し訳ありません、アシュレイ様。弟が大変失礼な真似を致しました」
「いえ、こちらの方こそ。つい本気になってしまいました。お強いのですね」
「なんだ、ガキがその喋り方。普通に話せ。それじゃあファニリアスみたいじゃないか」
マッドンが呆れたように言うと、再びお義母様の鉄扇、もとい扇がマッドンの後頭部にとんだ。
「痛いって、姉上、それマジで」
「……その口、縫ってあげましょうか。マッドン」
ようやくマッドンは黙り込んだ。
「ごめんね、アシュ。手痛い?」
ファニーがそばに寄ってきて、俺の手を取る。おお、すべすべのファニーの手だ。
「大丈夫。びっくりはしたけどね。叔父様って……いつもあんな感じ?」
コクリと赤くなって頷くファニーが可愛い。
「心配しないで。家では慣れてる。外でああいう方に会うのは珍しいけどね」
俺がよしよしと頭を撫でると、ファニーが赤くなりながらも、嬉しそうにする。
「………………」
「なんですか?」
マッドンが俺とファニーの様子をじっと見ていたので話をふると、再びニヤリと笑う。
「ハワード家というと古くから王家を支える三柱の一つだな。主に武力の面で。表の軍事には一切かかわりがなく、一貴族として過ごしているようだが、事がおこると一軍隊率いて現れる。領地には一小国並みの軍事態勢が出来ているとか。今でも引き継がれているんだろう?」
探るように聞くマッドンは、何もかも知っているから話せとばかりに顔を近づけてくる。
悪いが国家機密をペラペラと喋るわけにはいかない。俺はニッコリと笑って、ペシリッ!
マッドンの顔ど真ん中めがけて白魔女、ルミの猫パンチを食らわせた。
「は?」
「男の顔を近づけられるのは、不愉快ですね。ひげ剃って出直して下さい」
「お前……」
マッドンは赤くなった鼻の頭を押さえながら、軽く睨んでくる。
「推測するのは勝手ですが、貴方はどういうつもりでお聞きになるのでしょうか? 夫人の弟という事は、パッカーニ伯爵家の三男、一騎士から最終的には近衛隊隊長まで勤め上げられた方ではないのですか? 確か五年前に退かれて今は……失礼、何をされてらっしゃるのでしょうか?」
「……よく知ってるな。そういうところが普通の家で育ったガキじゃねえって言ってんだよ」
「上級貴族の家なんてどこも普通じゃありえませんよ。何かしらあるものです。それが古くから伝わる家であればあるほど。私達はその家を後世に繋いでいくだけです」
マッドンの眉がピクリと動く。
高身長から見下ろすマッドンを、俺は笑顔で見上げた。




