4 肉 or not?
お肉なのか肉でないのか。
もうお分かりですよね?w
「ん、んっ!?」
ケルスティンの顔色が変わる。
それでもうろたえず、しっかりと味わい、飲み下した。
ようやく口を開いて、
「これは……なんだ? 吾は肉を食したことがない。ゆえに肉料理というものをいままで味わったことがない」
「だったら、肉かどうかなんてわからないじゃない」
「そうではない。身体が肉を受け付けないゆえ、口に入れただけでそれが肉かどうか、それだけはわかる。そしてこれは、肉ではない。吾が食することができた。無理やりではなく、飲み込んだあとも気分が悪くなったりはしない。これが肉なら、確実に吐き戻していただろう」
アイオリアに反論しつつ、ケルスティンは衝太郎を見る。
大きくうなずいて、衝太郎。
「そのとおりだ。どうごまかしたって、食性の違いから来るケルスティンの身体はだませない。これは……大豆だ」
「大豆……お豆なの? えっ、でもまさか!」
驚いてアイオリア。追加で「肉」を口に入れる。
「これが大豆だなんて、信じられない! 最初、ちょっとお肉とは違うかも、って思ったけれど、でも衝太郎の料理だし、そういう調理法があるのかって」
「たしかに豆ならば吾は問題なく消化できる。このスパイスも、ハーブも、すべて植物で、こんな味が出せるのか」
ケルスティンも同じく驚きを口にした。
「大豆肉、大豆ミートって、オレの世界では呼ばれてる。そういうふうにもう加工されていて、お湯で戻すだけで使えるんだ」
「大豆ミート?」
「ああ。もちろん、こっちではそんな便利なものは売ってない。大豆から自分で作らなくちゃならなくて、それがいちばん大変だったよ」
衝太郎が笑った。
大豆ミート。
その名のとおり、大豆の加工食品だ。
大豆をすりつぶし、脂分を搾油して加熱加圧、高温で乾燥させて作る。小麦のグルテンを「つなぎ」とするものと、大豆百パーセントのものがある。
たいていはお湯に十分ほど浸けて戻し、絞ればそのまま食材として使うことができる。形態も、ミンチ状だったり塊だったり、用途によっていろいろだ。
と書くとかんたんだが、これを機械を使わずに作るのはなかなかに大変だ。
衝太郎はまず、市場で大量の大豆を仕入れ、それを細かく砕いた。挽き臼で粉になるまで砕く。
油をしぼり、乾燥させた。
「大豆だけだとちょっと自信がなかったんでな。小麦粉も混ぜた。これで食感に必要なコシも出る」
それから水を入れて混ぜ合わせる。
この比率が問題で、初めて試す衝太郎は何度も失敗した。
けっきょく大豆粉と小麦粉、水の適切な比率を突きとめるのに、多くの時間を費やしたと言っていい。
ペースト状になった塊を捏ねる。
これもあまりのんびりやっていると水分がとんで乾燥してしまうから、手早くやるのが必要だ。
ただ混ぜこぜにするのでなく、素材と素材を隙間なく密着させる、つまり圧縮するのが肝心で、足で踏んだり、蕎麦屋のそば打ちのように、棒で伸ばしてはまた固めたりを繰り返した。
最終的に、
「硬く絞った濡れ布巾に包んで、みんなで体重をかけて圧縮したよ。みんな? 侍女のフィーネとジーベに手伝ってもらったんだ」
塊の上に板を敷き、その上に四人で一度に乗ることで強く圧縮できた。
「おまえたち、いつの間に?」
アイオリアが見ると、フィーネがちょっと恥ずかしそうに、微笑んだ。ジーベはただ、無表情にうなずく。
「そうして少し置いた塊を、少しずつ伸ばしながら最後は手で絞り出すように千切って行くんだ」
このとき、肉っぽいディティールを表面上に追加する。
でこぼこや布を押し付けて繊維の目を移す。
そうして次の問題は乾燥だ。
製品は圧力をかけていっきに乾燥させる。これによって内部の空気がうまく膨らんだり抜けたりして、食感にも影響する。
この圧縮乾燥機がないので、
「基本は竈を使った。低温で長時間焼く、オーブンの要領だ。圧力をかけるために、ふいごで空気を送り込んだ。こっちは護衛の兵たちに手伝わせたよ」
密閉度の低い竈に、つねに空気を送り込んで燃焼とともに内部の圧力を上げる。それでも実際の圧力加熱機に較べれば、ほんの気持ち程度でしかない。
そのため、素材の比率や混ぜ方、こねかた、絞り出し方などで工夫し、カバーするしかなかった点がある。
そうやって乾燥させ、ついに大豆肉ができた。
「あとは、市販のものと同じだ。またお湯で戻して、味付け。ニンニクをすりつけて、焼く。ソースは和風にしてみた。ニンニク、ショウガ、市場にはしょう油もあるんだな。それに大根おろしと小口ネギを混ぜて、さっぱり系だ。付け合わせの野菜にもよく合うだろ? できあがりだ!」
衝太郎の説明に、アイオリアもケルスティンも驚きを隠せない。
さらりと言ってはいるが、想像するだけでたいへんな手間だとわかる。そのうえ、何度も試行錯誤、失敗を重ねているのだ。
「それに、肉に較べるとカロリーは半分以下だ。コレステロールなんか……」
「カロリー、コレステロール?」
「ぁあ、えっと。カロリーってのは熱量、つまりその食材や料理が持ってるエネルギーみたいなもんさ。もっと、それを食べることで得られるエネルギーっていうか、な。肉なんかはエネルギーも大きいが、その分、そればかりだと身体に悪い成分も多いってこと。超ざっくり言っちゃうと、だ。そこへいくと、大豆は低脂質で高たんぱく質。つまり栄養豊富で、肉にも劣らないエネルギーがあるってことさ。美容にもいいんだぜ」
「なぜ……」
「ぅん?」
「なぜ、そんなにも力を注ぐ。なぜそんなに食事を……料理を作る。工夫し、失敗し、またやり直して、時間をかけ手間をかけ、知恵を絞って、食材を……」
「あ、失敗したって言っても、食材は無駄にしてないからな。侍女や護衛兵のみんなと全部、おいしくいただいたからな。おかげでちょっと太ったぜ」
「なぜ! そんなにもして作る。食事を美味しく、料理を美味しくしようとなどする! 吾は理解できぬ! 理解できぬが……この料理は、美味しい」
そこまで言ってケルスティンははじめて、微笑んだ。
皮肉や皮相な笑いではない、心からの笑み。
料理を味わい、美味しさに気づき、その作り手にまで想いをつのらせたときに、自然にあふれてくる微笑み。
ケルスティンは、
「料理とは、美味しいものなのだな。うまい、美味しいなど、吾には無縁で無用だと思っていた。ただこの身体を保ち、戦いに備えることができればよいのだと。だがどうやら違ったようだ」
わずかに目尻に滲んだ涙をそっとぬぐう。
「美味しい料理には……作り手の、衝太郎、そなたの想いが詰まっている。だから、美味しいのだな。だからこんなにも、心が温かく、身体が満たされるのだな……」
「感謝の、気持ちさ」
そのケルスティンに、衝太郎が答える。
「食材への感謝。命を食べる感謝。それに、美味しく食べてくれる人への感謝もだ」
「だが、吾はそなたに感謝を」
「ああ。だからうれしいんだ。オレがケルスティンに食べてほしい、食べさせたいって思って作った料理を、ケルスティンが美味しく食べてくれる。こんなにうれしいことはないさ。だからオレは料理を作るんだ。作りたいんだよ」
「衝太郎……」
「さっきケルスティンが言ったよな。食事なんて腹が満たせて、健康が保てればいい、みたいなこと。オレだって、自分ひとりで食べるなら、こんなにいろいろ作ったりはしない。凝ったことなんてせずに、そのまま食べてるよ。多少まずくたってな」
「では、なぜ」
「言ったろ。感謝の気持ちだって。もっといえば、もてなしの気持ち、かな」
「もてなし……おもてなし」
ケルスティンが気づく。
「うん。オレはケルスティンに、もっと野菜を美味しく食べてほしいって思った。美味しい野菜料理を食べさせたい、って。だからがんばれたし、楽しかった。ケルスティンが美味しいと言ってくれて、満たされた」
「吾もまた、衝太郎をよろこばせ、満たしているのか」
「そうさ。めちゃくちゃ、な」
「めちゃくちゃ?」
「ぁ、いや。すっごくたくさん、大いに、ってことだ。感謝の気持ち。それがもてなしの心になって、相手を思いやって、がんばったり知恵を絞ったりできる。それがうれしいし、うれしさと感謝を伝えられる、それでいいんじゃないか、それだけでいい」
「ああ。それでいい」
ケルスティンは目を伏せた。
うっすら染まった頬に、小さく笑みを乗せた唇。
それが急に、
「ぅ……」
小さくうめくと、胸を押さえる。苦しげに口を結び、目蓋を硬くとじる。
「どうした、ケルスティン!」
デザートはないのかな?
きっとまだメニューがあるはず!




