2 新たなメニュー
ちょっとケルスティンの王族の秘密が。
衝太郎は彼女のために料理を作るようです。
(さて、ふたりきり、か)
「なぁケルスティン、居心地はどうだ」
衝太郎が話しかけると、それまで背中を向けていたケルスティンが向き直る。衝太郎を見つめる。
(うはっ。やっぱり美人だな。たしかアイオリアよりひとつ年上、だっけか)
金色の髪はきれいに梳かれているが、やや乱れた前髪の向こうから青い目がじっと見下ろしてくるのは、神秘的な美しさだ。
下半身が馬の身体だから、背丈はどうしたって衝太郎より高い。
武器はとうぜん取り上げられているものの、その気になれば蹴りつけ、のしかかるだけで衝太郎を楽に倒せるのは確実だ。
「どうした。吾に用か、笹錦衝太郎。変わった名だ。異世界ではみな、そんな名なのか」
そう問う、自分の背丈よりさらに身体半分は高いケルスティンを見上げて、衝太郎。
「いや、珍しいほうかな、オレの世界でも。それより、聞きたいことがあるんだ。その姿は、この世界では、その、どうなんだ。最初から、子供のころからなのか。ほかにも同じ仲間がいるのか」
尋ねる。
ケルスティンは始め少し驚いたようだったが、すぐにいつもの自信に満ちた冷静な表情を取り戻す。
「なんだ。そのうようなことか。異世界から来た衝太郎よ。そなたには珍しいかもしれんが、吾は吾である。その最初からこの姿であって、ほかの姿は持たぬ。また、持ちたいとも思わぬ。吾は王族である。王族たるもの、他の一般民と異なっているのはとうぜんのこと」
「アイオリアにも聞いたが、その王族っていうのはなんなんだ。王っていえば、アイオリアだって王女だし領主だけど、ふつうの人間の姿だよな」
「アイオリアか。あやつのことは以前から知っておるが、王族たるものの感触を得たことはない」
「感触? 王族どうしはそれがわかるってことか?」
「ああ。だから戸惑った。そなたにそのかすかな感触のようなものを感じたからだ」
ケルスティンはそう言うと、かすかに微笑んだ。
しかしそれは親愛の笑みではなく、どこか皮肉めいた色を帯びる。
「オレに? オレにその、王族っていうやつの感触があるとか、まさか」
「ああ、まさかだな。だがいまこうして話していると確かに感じる。ゆえに初めて見たとき、あのときは戸惑ったのだ」
どうやら、衝太郎がこの世界に初めて現れたあの戦場で、早くもケルスティンはそれを感じたらしい。
真っ先に自ら駆け寄って来たのは、アイオリアを討つ、あるいは捕えるためだとばかり思ってたのが、
(それだけじゃなかった、って)
「オレを「感じて」だってのか。オレが王族って……いやいやいや、まさか、ぅん?」
ケルスティンのような異形の王族、とはとても思えないが、自分がこの世界の人間と違うことくらい、衝太郎にもわかる。他の世界から来たこと。衝太郎はこの世界の人間ではない。
(てことは……ぁあ? どうなってる?)
答えの出ない思考に陥っている衝太郎をしり目に、ケルスティンが、
「しかし、おかしなことがある。騎士姫、などと言われるとおり、王族は吾をはじめ、女の形をしているものと聞く。しかるにそなたは、そうではないな」
改めて、じっと見つめた。
頭から脚の先まで衝太郎を見る。
「え、そこか? オレは男で、そこは間違いないぞ」
ほかにもいくつか問ううちに、衝太郎はケルスティンや「王族」のことがわかってきた。
ドルギアの領主に収まったのは二年ほどまえのこと。
それまでは、
「輝く都に吾はあった。それ以上のことは思い出せぬが、天上のよろこびに遊ぶ日々であったと思う」
そこからあるとき、部下の軍団を引き連れてドルギアの中心都市、ビスクスに現れる。おりしもドルギアは、領主の不慮の死によって指導者が不在の混乱に陥っていた。
ケルスティンには領国の継承権を約された皇帝の書があった。
すでにドルギア側の貴族、騎士たちにもそれは通達されており、ケルスティンの領主就任になんら支障はなかった。
「ちょ、っと! 待てよ! その二年まえにドルギアの王っていうか領主っていうのになるまえは、なにをしていたとか、記憶もないってのか。皇帝ってのは、たしか」
「ガンティオキア。そは皇帝の統べる国であり、この世界ゆいいつの、正統な国家で……」
そう告げるケルスティン。しかしじょじょに表情が強張ってくる。いや、
「どうした、ケルスティン。苦しそうな」
「な、なんでもない。案ずるには及ば、ぬ……ぅぅう」
そのころにはもう、はっきりと眉間にシワをきざんで、端正な顔をゆがめるケルスティン。
「心配するなって、そんな顔色で」
気遣う衝太郎が、ケルスティンに手を伸ばした。そのときだ。
「ぁああ……!」
馬体の膝から崩れるケルスティン。そのまま横倒しになる、というところ、
「うっ!」
間一髪、抱きとめる衝太郎。
「だいじょうぶか! ケルスティン、しっかりしろ!」
声をかけながら、顔を覗きこむ。
「……大事、ない」
「ないわけないだろ! いま医者を呼んで……」
廊下の護衛兵を呼ぼうとする衝太郎。ケルスティンが腕をつかんで制する。
「ケルスティン」
「大事ない、と言ったはず。もう平気だ」
微笑んで見せる。だがまだ弱々しい。
苦痛はもうないのか、顔色は戻って来ていた。
「どうしたんだ。どこかが痛むのか。もしかして、戦いで傷を」
「そうではない。もうほんとうにだいじょうぶだ。なぜかな。そなたのことを考え始めたときから、ときおり変調があった。いま、そなたを前にして、それが顕著に表れたのかもしれぬ」
「オレのことを、だって」
驚く衝太郎に、ケルスティンはようやく肩を借りて上体を起こし、そこから馬体を立て直した。
「ああ。なぜなのだろうな。いまのように……いや」
そこまで言うとケルスティンは言葉を切る。
考えを振り払うように、頭を振った。
「そうか。なら、いいんだが」
(いまは突きつめてもしかたがない。それよりケルスティンの状態のほうが……ぅん?)
なにげなく目をやった部屋の隅に、衝太郎はそれを見つけて歩み寄った。
寝藁の近くに置かれていた、大きめの籠。
中には、にんじん、ほうれんそう、ういきょう、エシャロット、パセリ、セージ、じゃがいも、クレソンなどが。
「生野菜ばかりこんなに、どうしたんだ。食材ばかり置いて」
衝太郎が言うと、ケルスティンが笑った。
「それは吾の食事だ」
「食事?」
「うむ。昼の一食に当たる。もっとも、いまは食欲がなくて、そのままにしてしまった」
「一食、昼飯だってのか。調理も何もしてない、生の野菜だぞ。サラダにしても、皮を剥いてドレッシングくらい」
「いつもはそうしている。だがこのままでもかまわない。泥は洗ってあるようだ」
とケルスティン。しかしどこか、残念そうでもある。
(そうか。馬の身体だからケルスティンは、野菜しか食べないんだな。馬が肉を食べるなんて聞かないものな)
これも菜食、草食なのだろうか。
だから用意された野菜も、少なくともケルスティンに出す食事としては著しく不適当なわけではない。
だが、衝太郎は思う。
(こんな食事じゃダメだ。捕虜だから生野菜だけだなんて、いや、間違ってないとしても、オレはイヤだ)
「ケルスティン!」
「なんだ」
「オレに食事を作らせてくれ。ケルスティンの食べる料理を、作りたいんだ!」
「料理を作る? ケルスティンに」
アイオリアが眉をひそめる。
「ああ。とっておきの料理を作ってあげたいんだ。あんな、洗っただけの生野菜ばかりじゃ、力が出ないってな」
「だってそれが、ケルスティンの望みなのよ。彼女の言ったままに用意させたんだから。ケンタウロスは肉を食べない、って」
「うん。卵や乳製品もだ。つまりオレの世界の菜食主義と同じだよ。そういう料理は、まえに……」
(母さんと、いろいろ作ってみたからな)
衝太郎には、おぼえがあった。
母親が料理研究家としてデビューするころ、そうした菜食をむねとする人のためにメニューを考えて、衝太郎も協力し、いろんな料理をふたりで作った。
(あのころの料理を思い出すんだ。作れる。オレにはできる)
「ケルスティンだけじゃない。アイオリアも食べてくれよ」
「あたしが? あたしは野菜ばかりなんて、ちょっと遠慮したい気分なんだけど。それに、ケルスティン用の料理なんて、食べたくもないわよ」
反発するアイオリアに、
「まぁそう言うなって。野菜だけでもうまい料理、きっと作ってやる!」
次回はその肉抜きメニュー。
ただの菜食メニューではないみたいで……




