再会
「うぅ~ん…ムニャムニャ…。」
さっきまで五月蝿かったのが、やっと静かに成ったのに・・・寝苦しさで半分程、覚醒してしまった。
身体も目もまだ寝ている、だけど、頭だけは半分起きちゃった、そんな感じ。
中途半端な覚醒を引き起こした原因は直ぐに分かった。
ムズムズ…する…?
……ムズムズする。
この感覚・・・何?
堪らなくなって無意識に顔の向きを変えるとムズムズ感が消える。
ホッとして、再び意識が沈もうとする頃に、またもや、ムズムズが復活。
非常に鬱陶しくて、数回、払う仕草をしていたら、何回目かで何かに手が当たる。
微かに何かの鳴き声が聞こえた気がしたのだけど…。
まぁいいや・・・。
不快感がなくなったから…。
暫くの間、夢うつつの世界に漂っていた。
ほんわかとした幸福感は儚くも消え去っていく。
今度は、暖かくてフワフワで・・・、重い物が顔の上に覆い被さってきた!!!?
おっ、重い!!
苦しい…いっ、息が!!
ジタバタと、もがき苦しんでも顔の上の何かは微動だにしない。
あらんかぎりの力を振り絞り、振り回した腕は顔の上の何かを弾き飛ばした。
すぐさま起き上がり、ゼーゼーと荒い息を継ぎながら辺りを見回す。
白を基調にした部屋。
パイプベッドが幾つか並んでいる。
清潔感たっぷりの真っ白なシーツと布団。
そして場の空気を満たしている消毒液の匂い。
ここは…保健室だ…。
でも、何で私は此処にいるの?
記憶を振り返っても思い当たる事が無い。
て言うか…ちゃんと学舎に登校したんだね…私。
その辺りの記憶からして怪しい。
ベットを軋ませながら、答えてくれそうな相手を探す。
周りには誰も居ない。
人の気配と言うものが全く無いという事は、この保健室には今は私だけしかいないのだろう。
私は私が必死で払い除けた相手を探すことにした。
どうせ顔の上に乗っかるのはレンくらいでしょう…。
視線を這わせると、向かいのベッドの下で目が光っている。
視線が合った気がしたのに素っ気ない。
うーん、もしかして・・・不機嫌?
「レン?」
何時もなら名前を呼べば
『ん?』
とか
『何!?、
今、忙しいんだよ!』
なんてセリフで返事が返って来るのに……、
今日のレンは変だ。
呼び掛けてもベットの下で目を光らせているだけで動こうとしない。
「レン…どうしたの?」
もう一度、声を掛けても、此方を警戒しながら、1・2歩後退する。
そんな様子のレンを見て、心臓がドクンと脈打ち、胸の中に不安が沸き起こった。
怒ってる訳じゃない。
警戒されてる…何で!?
ベットから足を放り出し、床の上に降り立つ。
少しだけ目眩を引き起こしたが、そのまま這いつくばってベットの下を覗き込む。
さっきより奥にいる!
「何で?レン、出て来てよ…。」
レンが来てくれないなら自分から近づこうと決めてベットの下に潜り込んだ。
その体に触ろうと伸ばした腕は素早い動きの猫パンチで手痛い反撃を受けた。
「イタッ!!!」
痛みに反射的に手を引く。
ズキズキと痛みを発し続ける手を見ると3本の筋が腕半ばから甲にかけて続いている。
赤く彩られた傷は、血が滲み零れ落ちていく。
目に滲んで来た涙を、グッと堪えて拭う。
ショックを受けたのは痛みじゃなくて、レンに本気で警戒され攻撃された事に対してだった。
以前は、こんな事で涙が出るなんて無かったのに…。
どうしても抑えきれない涙を零れ落ちる前に拭い、自分の変化に戸惑いを感じていた。
弱くなっちゃった・・・、これじゃぁダメなのに、もっと強くなくちゃいけないのに…。
動揺している私には、周囲の気配など意識外だった。
気を配る余裕など無く、人が近付いて来た事にも気が付かない。
コトっという小さな音が後ろから聞こえて、やっと気付いた。
養護教諭が様子を見に来たのかと思い、音のした方向に振り向く。
そこに居たのは学生だった。
ブレザーのジャケットとキュロットスカート姿の上級生で、ちょっと着崩した感じが良く似合う。
私が着ている制服と同じ物とは、とても思えない…。
そんな事を考えていて先輩と目が会った。
瞬間、自分がみっともない顔をしている事を思いだす。
振り返っちゃった…!
クシャクシャの顔…見られちゃった!
あまりに情けなくて、急いで顔を隠しながら、残っていた涙を拭う。
人の体温を感じて、いつの間にか先輩がそっと隣に腰を降ろしている事に気付いた。
宥める様に、慰める様に優しく優しく背中を擦ってくれる。
暫くの間、名前も知らない先輩の優しさに甘えてしまった。
心が落ち着いてくると自分の行動が著しく恥ずかしい……。
「せ、先輩、ありがとうございました!」
あわててお礼を口にすると先輩は首を左右に振る。
「気にしなくて良いよ。君は一年生だね。一体どうしたんだい?」
問われて、先輩を正面に見て初めて気が付く。
今まで、ずっと顔を合わさないように俯いていたから気が付かなかった。
私は彼女と既に一度会っている。
入学式の時に手を貸してくれた先輩だった。
この先輩には、情けない姿ばかり見せてる気がする…。
改めて先輩を見て、あの時に感じた事をもう一度体験していた。
何処でだろう?
思い出せないけど、先輩を知っている。
ぼぉーっと見つめるだけの私に、先輩が苦笑を浮かべた。
「いくら私でもそんなに見つめられたら照れてしまうよ。」
言われて自分の行動に初めて気が付いた。
問いかけに答えず、ただずっと見つめていただなんて!?
「すみません!すみません!!なんか、先輩を見ていたら以前に何処かでお会いした事があるような気がして…。」
私の言葉に驚きを示した後、先輩は クスッと微笑を浮かべる。
「ん?私はナンパされたのかな?まぁ、こんなに可愛い後輩からのお誘いなら喜んでお受けしようかな。」
………あれ?………
…ナンパ?………んん?
自分の言葉を振り返ってみると、たしかに良くあるナンパ文句だった。
そんなつもりは無かったんだけど…。
何言っちゃってるの!?私ってば……!
一人苦悶していると、クスクスと実に楽しそうな笑い声が…。
「面白い子だね、君は。考えてる事が全部顔にでてしまうんだね。」
顔に出ると聞いて、慌てて掌を頬に引っ付けた。
そんなに顔に出てる?
う〜・・・今までを振り返ってみると、思い当たる節があるかも・・・。
考えただけで答えをもらった事が幾度か。
そう言う事は、特にレンが多かった。
使い魔だからそんな事もあるのかな~位にしか思って無かったけど。
・・・!!
あっ!!レン!!!
ここで思考がレンに至った事で頭の片隅に追いやられていた事が思い出された。
私はレンの態度でショックを受けていた…はずだったのだ。
何故、あんな態度を取られたのか、きっちり聞き出さなくちゃ!!
気持ちが前向きになった所で再びベットの下を覗き込んだ。
相変わらず奥の方にいて動いていない。
声を掛けてもダメな事は既に実証済み。
さて、どうやって気を引いたらいいのかな…?
「君を気鬱にさせた原因はアレかい?」
思いあぐねている私の隣で先輩も同じように這いつくばっている。
「…はい。奥から出て来なくなっちゃって…。」
「そうか…その手に怪我させたのもアレだね。」
そっと怪我している手を掴まれた。
驚いて先輩を見つめる。
「悪かったね。直ぐに治すから、アレの事を許してくれないか?」
繋いだ手を基準にして、ほんのりと暖かい空気の幕が怪我をしている部分を覆う。
ヒリヒリしていたキズの痛みがユックリと引き始めた。
傷を覆う空気の幕が熱を帯始め、グングンと温度が上昇していく。
ちょっと熱すぎなんじゃないかと気になる位まで高まる。
そこまで熱をおびてから、傷の上をなぞる様に指を動かした後、先輩は魔法発動のキーワードを呟く。
「癒しの風!!」
声と共に、レンに付けられたキズは塞がっていく。
あっと言う間にキズは跡形も無くなっていた。
私が呆然としていた僅かの時間で行われた事に驚くしかない。
魔方陣は私の掌にあり、それが何時、描かれたのか分からなかった。
いつも通りになった手を掲げ上げ、裏に表にと確認する。
引っ掻き傷があったなど信じられない仕上がり。
床に座り込んだままだけど、一応、ちゃんと姿勢を正した。
お礼を述べようとした私に向けて先輩は人差し指を唇の前に持って行き、シィーっという仕草をしてみせる。
「お礼なんて必要無いよ。特に今回はこちらに非があるから余計にね。」
ん?
「えっ・・・?先輩に非なんて無いです。」
先輩の何処に非がある?
私の怪我を治してくれただけで悪い事なんて何も。
先輩はベットの下を指差した。
「アレは私の使い魔なんだ。使い魔のした事は主人の責任だからね。」
ええっー!!!
レン、二股してたの!!!?
私が的違いな事を考えてる間に先輩がベットの下に声をかける。
「クロ、お前もちゃんと謝りなさい。」
掛けられた声に従い、ベットの下からビクビクと様子を窺いながら姿を現した猫は真っ黒な姿をしていた。
レンじゃなかった…。
黒色で体もレンよりも一回り小さい。
クロと呼ばれたその猫はお座りをして私を見上げてきた。
「ウニャンニャン・・・ニャンニャ。」
円らな瞳の可愛いにゃんこ…でも…何を言っているのか分かりません…。
多分、謝ってくれてるんだと思うけど…。
「爪たててゴメン だって」
先輩の通訳に会釈で礼を伝え、クロに向き合う。
「私の方こそゴメン。自分の猫と間違えて、いきなり馴れ馴れしくしたから驚かせちゃったんだね。」
クロは私の言葉を理解しているようで、また喋り始めた。
「ニャンニャンウニャンウニャウニャ、ニャンウニャウニャウニャン。」
「姿を見せれば直ぐに猫違いだって分かったのに出来なかった私がやっぱり悪い だそうだよ。」
ブンブンと左右に首を振り、違うと訴える。
「隠れてても、ちゃんと私が見てれば違うって分かったはずだもの…悪いのはクロちゃんじゃないよ、私だよ。」
今度はクロちゃんが首を左右に振る。
「ニャンウニャニャンウニャン「ストーップ!!」ウニャ!?」
クロちゃんの話の途中で先輩が止めに入った。
微笑ましいものを見る眼差しでクロちゃんと私を見る。
「私が悪いのエンドレスに成りそうだからね、ここまでにしよう。」
先輩の言葉に私とクロちゃんの視線が絡む。
フッと笑いが込み上げて来た。
「ウニャウニャンニャンニャンウニャニャン。」
クロちゃんの言葉に先輩がクスッと笑う。
「今度、レン と言う仔に会わせてね だって。」
私は満面の笑顔で答えた。
「うん!もちろん!!」




