猫と騒動
いざ、魔法学舎へ!!
天は高く、雲一つ無い晴天の空のした、一直線にのびる石畳の道を浮き足だった子供達が期待に胸膨らませて歩いて行く。
今日は、そんな一日の代表と言える日だ。
グランディア皇国、
唯一の国公立魔法学舎
の入学式の日である。
周囲を見渡せば、同じ制服を着た学生達が楽しそうな様子で登校している。
新入生と思わしき集団も先輩達に混ざり学舎への道を進んで行く。
しかし其処に親と思わしき者は一人も居ない。
国公立の魔法学舎は、優秀な人材の発掘と育成に力を入れて取り組んでおり、故に貴族にも平民にも門徒を開いている。
その為、子供達が身分による不平等や精神的な重圧に押し潰されないように対策が取られていた。
その一貫として、学舎内は親や親族の立ち入りを禁止している。
それは入学式でも卒業式でも、変わらない。
うるさい親の目が無いという初めての状況に、貴族の子供も平民の子供も同じようにはしゃいでいた。
そんな浮き足だっている学生達が、一度左右に別れて通り過ぎていく場所がある。
中には立ち止まっている学生もいる様で、学舎の正門前は入学式ということもあり普段より混雑していた。
私も大勢の学生に混ざり、真新しい制服に身を包んで、学舎に向う石畳の道を歩いていく。
正門が近付くにつれ、ザワザワという雑多な音が、少しずつ声として聞こえて来るようになった。
「この仔、大丈夫かしら?」
や
「突っつたけど反応しない」
とか
「誰かの使い魔か?」
だの
「猫・・・だよね」
など諸々の言葉だ。
猫 と言う言葉が厭に耳につき、眉間に皺を寄せる。
自然と歩く速さが遅くなってゆき、ため息が漏れた。
さっきまでは新しい環境にウキウキしていたのに、今は憂鬱に沈んでいる。
学舎正門の人だかりを見つめて、心から思う事は…。
あそこに行きたくない…、
本気で行きたくない!!
よりにもよって正門前であんなに人目を集めて!!
あのバカ猫、一体何してるの!
もぉ、どうしよう、どうしよう!
とにかく、この人混みに紛れてしまえば!!
…あっ!!、
まだあのバカ猫だと決まった訳じゃない!
違う猫の事かもしれない!!
そうだよ、きっと、無関係な知らない猫の事だ。
自分に暗示をかける様に何度も心の中で繰り返す。
バカ猫とは、皇国の猫などと言う大層な呼び名を持つ猫の事で、常に城の中におり、気儘に城内を巡っては、あっちこっちで騒ぎを巻き起こす。
厨房に入り込み、調理中の魚を狙ったのか、忙しく下準備をしている見習いの足にしつこく絡み付いた。
足を取られた見習いが、お湯を沸かしていたの鍋と共に派手に転び、大火傷を負ったっと言うのは記憶に新しい。
そんな数々の武勇伝(?)が浮かんでは消えてゆく。
ぐるぐるとした思考の渦に呑まれながらダラダラと歩いていたが、ついに問題の場所に到着した。
通り過ぎる人達も、人だかりの中が気になるのか僅かな隙間から中の様子をチラっと見て行く。
そんな人達と同じ様に、さりげなく覗き見たものにガックリと肩を落とす。
正門の満々中で爆睡中のグレーがかった黒の短毛種の猫が見えた。
仰向けで大の字の体勢で寝転がり、大きく開けた口からは牙がのぞく。
猫なのに大いびきをかき、時折、前足後足をバタバタと動かす。
さらに、半開きの目は白目になっており、何とも酷い状態だ。
はぁーーーー…。
やっぱり、バカ猫だった。
見なきゃ良かった…。
嬉しくない予感は当たるものだと、実感しました。
もう、このまま通りすぎちゃお…。
寝てるわけだし、きっと気づかない。
そう決めた時、騒ぎが起きた。
周囲を囲んでいた一部の男子生徒が、何をやっても目を覚まさない猫に業を煮やし、魔法を使ってでも強制的に叩き起こそうと行動を起こした。
鞄の中に仕舞っていた魔法石を手早く取り出し、手に握り込み猫に向けて突き出す。
手の中の魔法石に魔力が通ったのか、拳にがポーッと淡い光りに包まれた。
少年は何も唱えず、拳に溜まった魔力そのものを猫に向け投げつける。
見事なコントロールで当てると、猫はビクッ!!っと体を硬直させた後、全身の毛を逆立てて飛び起きた。
ピーンっと尻尾を立て、前傾姿勢で 威嚇の体勢を取り、フーッ!! と唸り声を上げる。
しかし周りの様子が敵意のある物では無いと察すると、威嚇行動を納めた。
今度は首をグルーっと回し、じっくりと人間の観察を始める。
思わず足を止めた事に後悔した。
あれでは、いくらバカ猫でも起きる。
気にかけずに、さっさと通過しとくべきだったのに…。
今はまだ、気付いてないから、通過出来るかも。
そう思い、視線を外した瞬間に、猫と目が合った…。
「リタァ~!!遅いよ!!」
「「・・・!!」」
人間の子供の様な少々甲高い声で、猫が言葉を話す。
その事実に周囲のざわめきが消えた。
暫くして思考の空白が収まると驚きが場を満たし、更なる混乱を巻き起こす。
いくら魔法が普及しているとは言え、猫が喋るのは普通じゃない。
普通の猫は喋らない、使い魔になった猫だって、ご主人様とだけ心話で話すだけで言葉は使えない。
バカ猫が規格外なのだ。
猫が見ている方向を追い、何人かの学生が私へと目を向ける。
気まずい雰囲気と余りの恥ずかしさに俯き、他人の振りが出来ない。
これ以上、この場には居られない、そんな居心地の悪さにジリジリする。
逃れようとする私を邪魔する様に、猫が全身をバネの様にして跳躍した。
群がっている学生達の頭を踏み台にして、人垣を飛び越える。
踏み台にされた学生は、ポカンっとした表情で頭を擦っている。
猫に頭を踏まれたんだと分かっていないようだ。
しなやかな動きで、地に足を着けた猫は、人の目を惹き付けながら私の足元へと寄ってくる。
「なぁ、リタ。
何で黙ってるの?
俺、声かけたのに!
返事してくれないなんて寂しいよ…。」
思いっきり不満をぶつけ、項垂れている猫。
そんな姿は、端から見れば微笑ましい光景かもしれない。
でも私は、嫌だ。
私は、穏やかに過ごしたい。
だって、この猫は騒動を招く。
少々性格も悪い。
今だって、ニタァっと笑ってる。
「えっ、なに?
もしかして俺ってば無視されちゃってるの?
こんなに健気で可愛い猫なのに!?」
自分で健気やら可愛いやら言っている時点で、もう何か違うと思う。
囚人観衆の視線の中、まだウニゃウニゃと何かを呟いている猫の首根っこを引っ掴み、全力でその場を後にした。
はぁ!はぁ!と荒い息を継ぎながら、やっと足を止めたのは緑が整理されている公園の様な場所だった。
走り出す直前に引っ掴んだ猫がダラーンっと伸びきっている。
ずっと掴んだまま走っていたので、腕が辛いと訴えていた。
「おーい、リタ、いい加減放してくれよ~。」
情けない声で訴えてくる猫を放そうとするが、指や腕が強張っていて思うように動かない。
キシキシと古びた機械の様な音がしても納得してしまいそうな状態だ。
「ブランブランにされてるのってさ、辛いんだけど。早く降ろしてくれよぉ~。」
猫曰く、ブランブラン状態の両前足を顔の前で合わせ、拝むような格好でおねがい のポーズを作る。
見た目はかなり可愛いと思う。
つぶらな瞳で見つめられたら、その愛らしさに魅了されてクラッとしてしまいそうだ。
幸運な事(?)に私からは上からの姿しか見えていないが…。
「腕が強張ってて、動かしにくいの。無理矢理動かしたら腕がつりそうだし…。」
上を仰ぎ見た猫のグレーの瞳が、しょうがない…って言っている様な気がした。
情けなさすぎるぞ…私。
「まぁ、座ってくれ。そしたら俺の足も地に着くだろう。後は自分で抜け出すから。」
猫の言う提案に頷く。
周辺を見回し、腰を降ろしても制服に汚れが付かなさそうな場所を探すがちょうど良い所は中々見つからない。
何処に座っても、何かしらの汚れは付いてしまうだろう。
結局、足元に芝が植えられている、その場に腰を降ろす事にした。
ゆっくりと座るつもりだったのに、途中からバランスを崩し、思いっきり尻餅を着いてしまう。
「ウギャ!」
ドスン!
お尻が地に着くとビリビリとした振動が背骨をかけあがってくる。
鈍い痛みを感じて腰を擦り、少し痛みが和らいだところで気がついた。
猫が…、いない。
そう言えば、さっき猫の変な声を聞いた気がするけど…。
キョロキョロと辺りに目を向けると、ちょうど真後ろに位置する木の根元あたりに転がっていた。
立ち上がり転がっている猫の元に近付くと、グッタリしているのが分かる。
多分、尻餅を着いた時に無意識に腕を振り回した結果、猫がスッポ抜けて、勢いそのまま木に激突してしまったって感じだ。
その証拠に私の強張りは無くなっている。
「一番悪いのは私だとは思うよ、思うけど……、あんたさぁ、猫として、どうかと思うんだけど…。」
転がる猫をツンツン突っつきながら、そんな事を呟いた。




