入学案内
ちょっとだけ、魔法。
ケイトが呼び鈴を鳴らすと直ぐに、侍女部屋に続く扉が開かれ、ベージュ色のお揃いのエプロンドレスを身に付けた侍女達が姿を表した。
そう、本当に直ぐ来たんだよ。
あまりに速かったから、多分、ずーっと呼び鈴が鳴らされるのを、ジリジリしながら待ち続けていたんだろうな…。
ドアの向こう側で。
そんな事を考えてたせいかな、その様子が簡単に想像できちゃって…。
私、のんびりしてたかな?
ちょっとした罪悪感が、心を重くして、スッキリしない。
悪い事しちゃったなぁ…とか思っているうちにケイトが今日の服を決め、いつの間にか侍女達が私を取り囲んでいた。
何か…、囲まれて逃げ場が無いこの状態って、すごく嫌だな。
ここに居たくない、
正直…逃げたい……。
それとなく後ずさると、ベッドに踵が当たった。
やっぱり、逃げられないよね。
「早急に仕上げて下さいね」
「はい、お任せ下さい」
ケイトと私に一礼をした後、侍女達が、より一層距離を縮めてきた。
「うひぁ!!」
ナイトウェアを手際よく剥ぎ取られ、私は思わず間抜けな声をあげた。
侍女達は慣れた仕草でパッパッとこなして行くが、される方の私は、なかなか慣れる事が出来ない。
苦手なんだよね。
とりあえず、今、マネキン状態な訳です。
手出し?
無理!無理!
とてもできません。
まかり間違って、手出しなどしようものなら、優秀な侍女達に無言の抗議と威嚇をされる……。
ケイトも怖いけど、
これも、本当に怖いんだよ。
今、大事なお客様を待たせているから、侍女達は大急ぎで仕上げていく。
服も髪も決して手抜きなどしない、プロの腕前を存分に発揮してくださいました。
「仕上がりました。いかがでございましょうか、ケイト様」
侍女の中で一番年嵩の者が僅かに息を乱しながらケイトに問う。
着せ替えられた私自身には、声は掛からない。
「う~ん…そうね」
私を中心にして、ケイトはクルリと一周まわり、全方向からの見栄えをチェックしている。
目の前には、鏡があるから私にも自分の姿は見えているのだが…。
「別にパーティーでは無いので、この位で構わないわ、ご苦労様。」
ケイトから了解を受けると、侍女達は深々と頭を下げ、さっさと退室していった。
結局、私には何も問わずに終わった。
まぁ、何時もの事だし、聞かれても、きっと答えれないだろうけど、ね。
全てが整い、やっと私は寝室から出る事が出来るようになった。
ドアを開ける。
そんな事さえ自分でしてはいけない。
なんとも、焦れったくて面倒くさい作法だと思う。
そんなイライラに耐えながら、どうにか応接の間に到着した。
応接の間の扉は巨大な一枚板で出来ており、表面には彫刻が施されている。
流石に手で押し開ける事には無理のあるこの扉は魔法で開く仕掛けが施されているのだ。
付き添うようにして共にここまで来てくれたケイトが、扉に彫り込まれている風景画の花に目を止めた。
彼女は身に付けている指輪の魔法石を扉に彫られた花へと向ける。
すると魔法石がポーッと淡い光を放ち始めた。
「光よ!!」
声に反応した石が、極小さい光の玉を作りだす。
光の玉は吸い寄せられるように扉へ向かい、花芯の部分に納まった。
納まった光の玉は、姿を変えて4つのラインになり、扉の四隅に埋め込まれている魔法石に宿る。
四隅の魔法石が同時に魔力を宿すと、扉は手を触れること無く開いていく。
重厚な扉が開くと、中に入るまでもなく部屋中を見通すことができる。
白を基調に調えられた室内で相反する黒色を身に纏う赤毛の女性が、床に膝を着き頭を下げた状態で出迎えてくれた。
部屋に足を踏み入れる前に、ケイトが優雅な仕草で一礼をし、場を辞する事を告げた。
これから妃殿下の元に向かうのだと言って足早に去っていった。
彼女も大変だよね。
私は、ケイトが教えてくれた通りに扉に手を触れながら部屋に入る。
扉に私を覚えて貰う為に必要な行為だと言っていた。
そうしないと、戻る時に扉が開かないんだって。
ケイトがいないので、それは大変困る。
ベタベタと扉に触りたくなったけど、流石にお客様の手前、みっともないので止めておいた。
この部屋は余り広い空間では無く、幾らか先に進むとソファーが置かれている。
そのソファーの周囲にだけマットが敷いてあり、他は艶のあるオフホワイトの石床が続いていた。
わざわざ、その石床の上を選んで膝を着いている黒衣の女性ミネバ。
散々待たせてしまった。
「礼をとる必要はありません。どうぞ楽にして下さい。」
行動を促すと、ミネバはそっと顔を上げる。
黒衣だけが人目を引くように感じるが、実際は彼女の赤毛と煉瓦色の瞳が、その衣装を際立たせているのだ。
「大変お待たせして、
ご免なさい。」
素直に謝罪して、頭を下げると、ミネバ様は慌てて声を掛けてきた。
「お待ち下さい!その様に簡単に頭をお下げにならないで下さい。」
頭を下げた私よりも低く膝まづいているのが、見える。
決して簡単に頭を下げたのでは無い。
悪いと自覚した事に謝るのは、人として大事な事だと、母さんが、よく言っていた。
けれど、この国の民は、皇族は人では無いと教えられ、それを信じている。
私も昔はそう信じていた。
それは、この国を守る強固な結界を皇族が維持させているから。
結界が有る限り、疑う必要が無い。
故に、皇族が人に頭を下げるなど認知出来ないのだ。
分かってはる、でも、そんな状況は淋しさを増長させる。
「分かりました…。顔を上げて下さい。」
再び顔を上げたミネバ様を、ソファー席に座るように手を差し向けた。
互いに顔を向かい合わせる状態でソファーに腰かける。
先ずは私に軽く会釈をした後、ミネバ様は鞄から箱を取り出した。
年代を感じさせる箱は、ずっと大事に扱われてきたのが分かる程、綺麗にされている。
蓋を外すと中には、直径10㎝程の丸い形をした魔法石が納まっていた。
テーブルの上から転がり落ちないように台座をセットし、箱から取り出した魔法石をそっと上に乗せる。
見ていて気付いた、この魔法石は見る角度によって違う色が表れる。
だから、じっと石を見つめていた。
「姫様、よろしいでしょうか?」
姫様とミネバ様は呼ぶ、私はリタと呼んで欲しいが、無理強いは出来ない。
その名は陛下が嫌っているのを知っているから…どちらの名も呼べないのだ。
だから、姫様と呼ぶ。
「はい、お願いします。」
返事を返すと私が先程まで見つめていた魔法石に指をかけた。
「こちらの魔法石は、魔法師達に誓いの石と呼ばれている物です。」
声を聞き、視線を魔法石から外して再び正面に向ける。
「誓いの石?」
返した言葉に頷きが戻され、話は続けられていく。
「魔法師を目指す者は、この魔法石に自身の魔力を注ぎ、
石に記録を残さなければなりません。」
ミネバ様は視線を石に移す。
「例外は一切認めれておりません。
例え国王陛下であっても魔力を記録されます。
石に記録されますと、常に監視がされている様な状態になりますが、これは主に魔法を使用した犯罪や緊急時に対処する為の物ですので、普段使うことは決してございません。」
「常に監視されるのですか……その記録で、どのような事が分かるのですか?」
私の質問に、ミネバ様は考える素振りをし、ほんの僅かの間、話が途切れた。
「そうですね…、防犯等の観点から実情は公表しておりませんが、姫様には一つだけお教え致しましょう。」
「ありがとうございます。」
ニッコリ笑顔を向けてみると、ミネバ様も笑顔で返してくれた。
「魔法を使った場所に魔力の残糸があれば、それが誰の物かが分かります。」
つまり魔力だけで個人が特定できるっと言うこと。
どうやって分かるのだろうか?
「ご興味がおありなのですね。」
キョロキョロと自分の姿勢を確かめたが、別に前のめりにしている感じでは無い。
っと言う事は、めちゃくちゃ顔に出ているのだろうか?
「はい、とても気になってしまって…。」
素直に答えると、ミネバ様は教えてくださいました。
「これは入学されれば学舎でも習う事ですが、魔力は一人一人違う特徴があります。
例えば、
火の属性+短気な性格+α=発動時の魔力の波紋
と
水の属性+呑気な性格+α=発動時の魔力の波紋
この性質の違う二つのパターンは全く異なった波紋が現れます。
このように魔力の波紋は個人個人で違いがあり、それを記録された魔法石のデータと示し合わせて調べるのです。」
大まかな説明を一気に話し終えたミネバ様は、一息ついた後、誓いの石に手を乗せた。
説明の内容を、まだ理解出来ていない私に、誓いの石を見ているように告げると、手に僅かな魔力を通わせた。
誓いの石は魔力を吸い取ると一度無色になり、それからポーッと紅色に変化した。
暫くすると紅色の他にも色が現れてくる。
「これが魔力の波紋を色で表した物です。
一人一人この魔力の色彩が違うと言うことです。
色々と説明を致しましたが、お見せするのが一番良いかと思いましたので」
ミネバ様が石から手を放すと、その色は薄れて行き、さほど時が経たぬうちに色を失った。
「姫様、魔法学舎の入学条件は、この誓いの石に記録を残す事にございます」
丁寧に頭を下げたミネバ様から問いかけられた。
「いかがなさいますか?」
色を失ったままの誓いの石を見つめながら、一欠片の迷いも、僅かな躊躇いも無い答えを返した。
「はい。誓いの石に記録を残す方を選びます。
ミネバ様、宜しくお願い致します。」




