プロローグ:勇者マスラオが残したもの
「……勇者マスラオを知ってるかって? この祭りの参加者にそれ聞く?」
少女の問いかけに、昼間っから酒を呷っているダメな大人は「馬鹿にしてんのか」と言わんばかりの顔でそう返した。しかし少女は、その態度に怒るどころか口角を上げて満足した。
「勇者マスラオといえば、大剣の一振りで魔王軍の幹部を消し飛ばした、っていうのは有名な話だよな。倒した、じゃなく消し飛ばした、ってのがもうね」
「ガスパール、シンゲン、ルドルフ……勇者の中でも別格と言われる彼らだけど、マスラオも間違いなくこの並びに入るよなぁ」
「いやいや、それどころかマスラオこそが最強の勇者だろ!」
「今はこんなオッサンだけど、俺も昔は勇者ごっこで遊んでたんだよなぁ……懐かしい」
“勇者マスラオ”。その名を出せば、様々な逸話や武勇伝が湯水のように湧いてくる。
曰く、拳を突き出せば山を穿つ。
曰く、大剣を薙げば巨大な魔物を両断する。
曰く、どこにとは言わぬが二本目の大剣を隠し持っている。
これらの話は尾ひれがついたものも多いが、純然たる事実もまた多い。
勇者を称える言葉の数々に、その少女はまるで自分が褒められたかのように喜んだ。……二本目の大剣のくだりは別として。
かつてこの世界が北と南で分断されていた頃、異世界からこの地に招かれた勇者マスラオが魔王を倒し、世界に平和が訪れた……というのは誰もが知る話である。
そして今日こそが、勇者マスラオが魔王を討ち取ったと言われる日。記念の祭りが開かれ、帝都はいつもの何倍もの賑わいを見せている。
晴れ渡る空の下、人々は笑顔を浮かべて今日も生きる。
これは、そんな平和を築いた勇者一行の、笑いあり涙ありの英雄譚である。




