7/26 断章その7「地球の裏側」
雑誌のインタビューなどで「いつまでも少年の心を持っていたい」「少年のような心を持った人が好き」と誰かが発言していることがある。
そう深い意味ではなく「おいおい、そりゃあないよ」と突っ込むところなのかなと思いながら読み流している。
自分がそうだというのではないけれど……本当に十六歳の心を持ったままで年をとってしまったら、それはずいぶん不幸なことだろうと思う。
普通に生きていくのに邪魔なことのほうが多いだろうから。
珍しく続けて仕事が入ってきて、ぼくは忙しい毎日を過ごしている。
キャバクラのパンフを作ってくれと依頼されて、新宿にある先方の事務所に出張した。
ほんの五・六坪のワンルームマンションに電話とデスクだけが置いてある。
いつでも引き払うことができる仮住まいという感じだ。スカウトマンや女の子がさかんに出入りしていた。
片隅のデスクにノート型のMacをおき、写真のデータをもらって、先方の希望を口立てで聞く。
もちろん、本当は原稿に書いてもらったほうがいいのだ……そうやって印刷物を作っていく。
(これはセーフなやつだよな)
非合法な風俗関係だと印刷物の制作に携わっただけで法律に触れるから、そういうものは断るようにしている。
「あくまで素人系、本物の女子大生が売りですから」とマネージャーが言った。
「素人系ってことは、やっぱりプロなんですよね?」と、つい軽口にしてぼくは答えた。
一番奥、といっても目の前だが、そこに座っていた男性にぎろりと睨まれてしまった。
紹介はされなかったが、経営者をやっている人だと思う。
やくざまではいかないと聞いていたけれど、堅気という感じはしない。
ぼくは、おカネを持っている時は、女の子のいる酒場に行くこともある。
しかし、こうやって商売の裏側を見る機会が何度かあって、興醒めというかひどくわびしい気持ちになることがあった。
彼らは表面は、お客や働く女性が入りやすいよう華やかに、あるいは気楽そうに見せている。
実際には味も素っ気もない、日銭を稼ぐだけの世界であることが多くて、色とか欲というほどの話でもなかったりする。
それはどんな商売でもそういう面はあるが。
帰りの電車の中で、なんとなく誰かにぼやきたくなった。
『ああいう人たちからおカネを取って生きていくのはラクじゃないよ』
メールを作って、あまり考えずにコトミに送信していた。
ずっと彼女に連絡するのは控えていたのだが、気が緩んだのだろうか。
(もうコイビトみたいにするのは無理かもしれないけど、おれたちは仲間みたいなもんだったんだから……)
そうだったろうか?
(もう、急に会いたくなって夜中に走っていくことも、涙を流しながら仲直りすることもない)
(何かの都合か偶然かで彼女に会うことがあっても、昨日の続きみたいに世間話をするしかない)
……いま、本当に自分は、コトミとの関係を諦めたのかもしれない。
全然、説明できていないけれど、そう思った。
恋をすると、すべての音楽の中に、街角で見るすべての顔の向こうに、相手を見るようになる。
それはきれいなばかりでなく、眠っていた痛みまでみんな掘り起こす感情だ。
けれどそれなしにはいられなくて、それまでどうやって自分が生きていたのか思い出せなくなる。
(そういう時間は終わったんだ、いいことじゃないか……)
途中の駅で車両が止まって人が行き来する。
自分は何を考えている、ただの酔狂なのか、何かを求めすぎていたのか。
ぼくたちはたぶん、じゅうぶんに優しいのだろう。
そう認めざるを得ないと思い、それがときおり、悲しさよりも怒りに近い感情になる。
(それはただ、自分で思っているよりずっと気が小さいだけなんだろう……)
小一時間もして、電車がうちに近づいたころ、返信があった。
簡単な感想と、最後に『いつかいい時は来ます』という言葉があった。
いつか、いつか……その時、ぼくの横に彼女がいないことを、ぼくたちは二人とも知っている。
それなら、地球の裏側にいたって同じことだろうと思うのだが、そういうことを言っていてはいけない。
十六歳ではないからだ。




