7/20 断章その5「男たち」
断章その5「男たち」
いろいろあってから一か月が過ぎた。
コトミのことを考えないようにぼくが努力しているかというと、そうでもない。
考えずにいられない時には考え、そろそろ連絡してみようかという気が起きかける。
最後に別れた時のいきさつを思い出して、自分を制止する。
そんなことを繰り返しているうちにだんだん疲れてくるし、身も蓋もない話だけれど、飽きてくる。
その間には仕事とかもしているし、しまいには考えつづける理由がなくなっているのに気づくものだ。
気の短い人が聞いたらひきつけを起こしそうなやり方だが、いまのところ他にいい方法を思いつかない。
有無を言わさず彼女に会いに行って、気になっていたことを全てぶつけるというやり方はある。
自分の場合に限ってだが、そういう強行策が事態を改善したためしはない。
TVドラマなんかでは「おまえのこういうところが間違っているんだ」と叫ぶ人物が出てくる。
実際には、一生そういうことをしない人間のほうが多いのだ。
仕事の帰り、電車が八時前に御徒町を通るとわかったので、ひさしぶりに知っているバーに寄った。
バーといっても、ロングドレスのおねえさんが細長い煙草をくゆらせているところではない。
(いまどきそんな酒場があるのかは知らないけどさ)
カクテルやスピリッツをワンショットいくらで飲ませてくれる店だ。
ビールや水割りをだらだらと飲み続けるのではなく、強い酒を二杯か三杯やって帰りたい時のためにこういう店を見つけておくのは、いいことだとぼくは思う。
「とりあえずジンバック」
見ると、絹のシャツに黒い前掛け、なんというのか知らない、ソムリエなんかが身につけているやつだ、その格好でいるはずのマスターがいない。
いつか、レモンハートの七十五度はないのかとぼくが訊いて、うちにはアル中に飲ませる酒はおいてねえんだよと伝法な調子で答えていた。
彼自身がかなりの酒飲みで、ほとんどの内臓を壊していたのだ。
口は悪いけれど憎めないオヤジで、ぼくは好きだった。
「マスターは元気?」
カウンターの中にいたヨウジくんは、少しだけ目を伏せ、それから小さく笑顔をつくって「ちょっと」と答えた。
(そうか)
ここに来はじめたころは、いろいろあって……。
女性の人たちには聞かせられないが、仕事でも恋愛でも女性と争わなければならないことがあると、男同士では絶対にない割り切れなさが残る。
何かのはずみで彼女たちの機嫌を損ねた時、またこちらが攻撃された時に、いつまでも治りきらない傷のようなものができる。
偏見というか、自分だけの感じ方かもしれないが……そんな時ぼくは、女の子がいないほうの酒場に寄って強めの酒を飲むことにしていた。
ぼくが飲むのはハイボールの、ウィスキーの代わりにレモンハートを使ったもので、ここでだけ作ってもらっている。
海で見る夕焼けみたいな色で、苦いけれど澄んでいる。
ぼくはジンバックのあとにそれを飲んでいた。
二杯目を作ってから、ヨウジくんはぼくの横にやってきた。
立ったまま、マスターは一月十八日に亡くなったんですと言った。
「うん、そう思ったよ……店は続けていけるのかな?」
淡白すぎたかもしれないが、普通にご愁傷様と言うのは違う気がした。
はい、とだけヨウジくんは言った。
ぼくはうちに帰って、しばらく手にとっていなかったギターを眺めた。
マスターへのレクイエムを弾くとか、そういうことはしない。
昔やったように、アンプのヴォリュームを最大にしてギターを床に叩きつける自分を想像してみた。
楽器をそんなふうに扱ってはいけないといまは思うけれど。
ぼくは何かに怒っているらしい。コトミに対してではない。
おれは男だ、男だから、たかが女のことでどうにかなっちゃいけないんだとぼくは考える。
優柔不断なようでいて、最後には出てくるぼくの意地の部分だ。
つまり、こんな感じでぼくは立ち直ろうとしていて、それだけコトミとのことはぼくを打ちのめしていたのだった。




