第28話「隣にいる理由」
ナースステーション。
「ねえ、聞いた?」
ひそひそとした声。
「ヘンリー先生のこと」
手が、止まる。
「昨日さ、廊下で見たんだけど」
「最近、新人とよく一緒にいるらしいよ」
「え、あの先生が?」
「距離、やばくなかった?」
小さな笑い声。
「誰その子」
「ほら、あの……ちょっと頼りない感じの」
「え、まさかあの子?」
心臓が、どくんと鳴る。
(……私だ)
「いやいや、ないでしょ」
あっさりと否定される。
「相手、ヘンリー先生だよ?」
「ベテランの医師と新人看護師とか」
「釣り合わなさすぎでしょ」
くすっと笑われる。
「ていうかさ」
「……あの先生もどうなのって感じじゃない?」
「え?」
「だって相手、新人でしょ?」
「立場的にさ……」
胸が、ぎゅっと締まる。
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*
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休憩室。
ひとり。
冷めたカップを見つめる。
(釣り合わない、か)
思い出す。
彼の姿。
迷いのない判断。
誰もが認める実力。
(それに比べて、私は)
今日もミスをした。
まだ、一人では何もできない。
(……全然、違う)
ぎゅっと手を握る。
(……それなのに)
昨日の距離が、よぎる。
あの近さ。
(……私のせいで)
胸が、苦しくなる。
(あの人まで、あんなふうに言われるなんて)
そのとき。
「気にしなくていいと思うけど」
「……え?」
振り返る。
ラーナが、短く言う。
「そんなもので決めるの、変」
それだけ。
それだけ言って、去っていく。
「……」
少しだけ、考える。
でも。
「……ダメだ」
小さく首を振る。
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*
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帰り道。
分かれ道で立ち止まる。
右は寮。
左は、あの家。
「……」
足が動かない。
(このままじゃ)
また、甘えてしまう。
(分かってる)
(それでも)
胸に残る違和感。
(今のままじゃ、だめ)
ゆっくり息を吐く。
(ちゃんと、一人前になってから)
そのとき初めて。
(隣に立てるようになってから)
視線を上げる。
左へ。
歩き出す。
(ちゃんと、言おう)
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*
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コンコン。
「……入れ」
「お邪魔します」
扉を開ける。
「どうした」
いつも通りの声。
でも今日は、違う。
(逃げない)
「……あの」
手を握る。
「私」
一呼吸。
「やっぱり、まだダメです」
「……このままじゃ、甘えてるだけになるから」
はっきり言う。
沈黙。
「一人前になってからって……言いましたよね」
「……ああ」
「今のままじゃ、隣に立てないです」
視線が揺れる。
「だから――」
「誰がそんなこと決めた」
「……え」
言葉が止まる。
「隣に立てるかどうかなんて」
一瞬、言葉が切れる。
「お前が決めることじゃない」
「……っ」
「俺が決める」
視線がぶつかる。
「俺は、今でも隣にいろって言ってる」
昼の言葉がよぎる。
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『釣り合わなさすぎでしょ』
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「……でも」
声が震える。
「みんな、そう思ってます」
「……先生と、私みたいな新人看護師なんて……」
視線を落とす。
「似合わないって」
静かに言う。
少しの沈黙。
「……くだらん」
短く、吐き捨てる。
「他人の評価で距離決めるのか」
「……っ」
「それで納得するなら好きにしろ」
心臓が跳ねる。
「でもな」
一歩、近づく。
「俺は納得しない」
はっきりと言う。
「一人前になりたいならなればいい」
「でも」
距離が縮まる。
「それと離れる理由にはならない」
「……っ」
「勝手に目標作って」
「勝手に距離取るな」
強く、でもまっすぐな声。
サヤの視界が揺れる。
(……ラーナも、同じこと……)
胸が、じんわりと熱くなる。
「……それでも」
小さく言う。
「まだ、胸張れないです」
「隣にいるの、怖いです」
正直に。
逃げずに。
言う。
沈黙。
そして。
「……じゃあ」
ヘンリーが息を吐く。
「胸張れるようになるまで、隣にいろ」
「……え?」
「逃げずに、そこで成長しろ」
「俺の隣でな」
「……っ」
胸がいっぱいになる。
(そんなの……)
(ずるい……)
でも。
あたたかい。
「……じゃあ」
震える声。
「まだ、全然ですけど」
「それでもいいなら……」
顔を上げる。
「隣に、いさせてください」
沈黙。
そして。
「最初からそう言え」
小さく笑う。
手を取られる。
今度は、逃げない。
握り返す。
「これで文句ないな」
「……はい」
頷く。
距離が近づく。
今度は、目を逸らさない。
でも。
寸前で止まる。
「……まだだ」
「……え?」
「こういうのは、付き合ってからだろ」
(……あ)
(これって)
「……今、付き合ってますけど……!」
「そうだったな」
わずかに笑う。
「じゃあ問題ないな」
「えっ」
一瞬だけ、サヤが迷う。
サヤは目を閉じる。
静かに、触れる。
やさしいキス。
触れた瞬間、思っていたよりも静かで、あたたかかった。
すぐに離れる。
でも。
手は、離れない。
「……これで満足か」
「……っ」
頷く。
(まだ途中でも、ここにいていいんだ……)
初めて、そう思えた。
ちゃんとまだまだ続きますよ!




