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第28話「隣にいる理由」

 ナースステーション。



「ねえ、聞いた?」



 ひそひそとした声。



「ヘンリー先生のこと」



 手が、止まる。



「昨日さ、廊下で見たんだけど」


「最近、新人とよく一緒にいるらしいよ」


「え、あの先生が?」


「距離、やばくなかった?」



 小さな笑い声。



「誰その子」


「ほら、あの……ちょっと頼りない感じの」


「え、まさかあの子?」



 心臓が、どくんと鳴る。



(……私だ)


「いやいや、ないでしょ」



 あっさりと否定される。



「相手、ヘンリー先生だよ?」


「ベテランの医師と新人看護師とか」


「釣り合わなさすぎでしょ」



 くすっと笑われる。



「ていうかさ」


「……あの先生もどうなのって感じじゃない?」


「え?」


「だって相手、新人でしょ?」


「立場的にさ……」



 胸が、ぎゅっと締まる。







 休憩室。


 ひとり。


 冷めたカップを見つめる。



(釣り合わない、か)



 思い出す。


 彼の姿。


 迷いのない判断。


 誰もが認める実力。



(それに比べて、私は)



 今日もミスをした。


 まだ、一人では何もできない。



(……全然、違う)



 ぎゅっと手を握る。



(……それなのに)



 昨日の距離が、よぎる。


 あの近さ。



(……私のせいで)



 胸が、苦しくなる。



(あの人まで、あんなふうに言われるなんて)


 そのとき。



「気にしなくていいと思うけど」


「……え?」



 振り返る。


 ラーナが、短く言う。



「そんなもので決めるの、変」



 それだけ。


 それだけ言って、去っていく。



「……」



 少しだけ、考える。


 でも。



「……ダメだ」



 小さく首を振る。







 帰り道。


 分かれ道で立ち止まる。


 右は寮。


 左は、あの家。



「……」



 足が動かない。



(このままじゃ)



 また、甘えてしまう。



(分かってる)


(それでも)



 胸に残る違和感。



(今のままじゃ、だめ)



 ゆっくり息を吐く。



(ちゃんと、一人前になってから)



 そのとき初めて。



(隣に立てるようになってから)



 視線を上げる。



 左へ。


 歩き出す。



(ちゃんと、言おう)







 コンコン。



「……入れ」


「お邪魔します」



 扉を開ける。



「どうした」



 いつも通りの声。


 でも今日は、違う。



(逃げない)


「……あの」



 手を握る。



「私」



 一呼吸。



「やっぱり、まだダメです」


「……このままじゃ、甘えてるだけになるから」



 はっきり言う。


 沈黙。



「一人前になってからって……言いましたよね」


「……ああ」


「今のままじゃ、隣に立てないです」



 視線が揺れる。



「だから――」


「誰がそんなこと決めた」


「……え」



 言葉が止まる。



「隣に立てるかどうかなんて」



一瞬、言葉が切れる。



「お前が決めることじゃない」


「……っ」


「俺が決める」



 視線がぶつかる。



「俺は、今でも隣にいろって言ってる」



 昼の言葉がよぎる。




『釣り合わなさすぎでしょ』




「……でも」



 声が震える。



「みんな、そう思ってます」


「……先生と、私みたいな新人看護師なんて……」



 視線を落とす。



「似合わないって」



 静かに言う。


 少しの沈黙。



「……くだらん」



 短く、吐き捨てる。



「他人の評価で距離決めるのか」


「……っ」


「それで納得するなら好きにしろ」



 心臓が跳ねる。



「でもな」



 一歩、近づく。



「俺は納得しない」



 はっきりと言う。



「一人前になりたいならなればいい」


「でも」



 距離が縮まる。



「それと離れる理由にはならない」


「……っ」



「勝手に目標作って」


「勝手に距離取るな」



 強く、でもまっすぐな声。


 サヤの視界が揺れる。



(……ラーナも、同じこと……)



 胸が、じんわりと熱くなる。



「……それでも」



 小さく言う。



「まだ、胸張れないです」


「隣にいるの、怖いです」



 正直に。


 逃げずに。


 言う。



 沈黙。



 そして。



「……じゃあ」



 ヘンリーが息を吐く。



「胸張れるようになるまで、隣にいろ」


「……え?」



「逃げずに、そこで成長しろ」


「俺の隣でな」



「……っ」



 胸がいっぱいになる。



(そんなの……)


(ずるい……)



 でも。


 あたたかい。



「……じゃあ」



 震える声。



「まだ、全然ですけど」


「それでもいいなら……」



 顔を上げる。



「隣に、いさせてください」



 沈黙。



 そして。



「最初からそう言え」



 小さく笑う。


 手を取られる。


 今度は、逃げない。


 握り返す。



「これで文句ないな」


「……はい」



 頷く。


 距離が近づく。


 今度は、目を逸らさない。


 でも。


 寸前で止まる。



「……まだだ」


「……え?」


「こういうのは、付き合ってからだろ」


(……あ)


(これって)


「……今、付き合ってますけど……!」


「そうだったな」



 わずかに笑う。



「じゃあ問題ないな」


「えっ」



 一瞬だけ、サヤが迷う。


 サヤは目を閉じる。


 静かに、触れる。


 やさしいキス。


 触れた瞬間、思っていたよりも静かで、あたたかかった。


 すぐに離れる。


 でも。


 手は、離れない。



「……これで満足か」


「……っ」



 頷く。



 (まだ途中でも、ここにいていいんだ……)



 初めて、そう思えた。

ちゃんとまだまだ続きますよ!

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