第24話「小さな反撃」sideヘンリー
――数日前。
――やっと来たか。
扉を開けた瞬間、そう思った。
来るとは思っていた。
……一週間は、長かったが。
一週間。
来なかった理由も、なんとなく分かる。
(恥ずかしくなったか)
あのときの顔を思い出して、少しだけ口元が緩む。
(分かりやすいな)
だが。
(……ちゃんと来たな)
それだけで、少しだけ安心している自分に気づく。
⸻
「どうした」
いつも通りに聞く。
だが返ってきた声に、違和感を覚える。
「いえ、別に?」
(……なんだ?)
妙に落ち着いている。
警戒して、目を細める。
「珍しいな」
そう言ったのは、半分は本音だ。
そして。
次の瞬間。
一歩、近づいてくる。
「今日は、ちょっと違うかもです」
(……は?)
さらに距離が詰まる。
目線が近い。
逃げ場がない距離。
「グレーテルさんの方こそ」
わずかに背伸びして。
「今日は……余裕なさそうですね?」
――その一言で。
思考が、止まる。
(……おい)
今のは。
完全に、狙っている。
だが。
(……誰に吹き込まれた)
(いや、それより)
そう思うと同時に。
別の感情が浮かぶ。
(……面白い)
そう思った瞬間、少しだけ危険だと理解する。
少しだけ、口元が緩みかける。
だが次の一言で。
「今度は……ちゃんとしてくれるんですか?」
(……っ)
一瞬、息が詰まる。
あのとき。
目を閉じて、待っていた顔が頭に浮かぶ。
(覚えてやがるか)
そして。
(……近い)
距離が、近すぎる。
目の前にある、無防備な顔。
逃げようともしていない。
(無防備すぎるだろうが)
その瞬間。
衝動的に、腕を掴んでいた。
「調子に乗るな」
引き寄せる。
半分は、抑えるため。
半分は――
(……離す気がない)
気づけば、胸元に引き寄せている。
そのとき。
鼓動が、耳に届く。
(……くそ)
自分でも分かるほどに、速い。
(落ち着け)
(……聞こえてるな、これ)
わずかに眉をひそめる。
だが、離さない。
今さら離せるか。
離したら、負けだ。
腕に伝わる体温。
近すぎる距離。
逃げられない状況。
それでも、完全には抵抗してこない。
(……本当に分かってないのか)
それとも。
(分かっててやってるのか)
どちらにしても。
面倒だ。
(厄介なのに目をつけたな)
「余裕なさそうなのはどっちだ」
そう言いながらも。
内心は。
(……俺の方だろうが)
完全に、ペースを乱されている。
「この前の続き、してやろうか」
試すように言う。
だが返ってきたのは。
「だ、だめです!!」
――予想通りの反応。
(……だろうな)
思わず、笑いが漏れる。
腕の力を抜く。
「やっぱりな」
顔を覆う姿を見て、確信する。
(まだ、こっち側だな)
だが。
(……さっきのは)
思い出す。
あの距離。
あの言葉。
あの視線。
(悪くない)
「さっきのは悪くなかった」
素直に言う。
驚いた顔。
その反応に、少し満足する。
「もう少しやれるようになったら、また来い」
そう言ったのは。
半分は、からかい。
だがもう半分は。
(……次も見たい)
本音だ。
⸻
扉が閉まったあと。
静かになる部屋。
しばらくして。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
額に手を当てる。
(……柄にもない)
自分の鼓動が、まだ落ち着かない。
(あんな顔で来るな)
思い出してしまう。
近すぎた距離。
触れた温度。
逃げなかった視線。
「……厄介だな」
(……手放す気もないが)
ぽつりと呟く。
だが。
その口元は。
わずかに、緩んでいた。
前話、前々話のヘンリー目線です。




