追及
ササライの言葉に今度は二人ともが顔を見合わせた。目の前の魔法力師は、不自由はありそうだが普通に人間に見える。ササライはそんな二人の顔を見てくふふっと笑い出した。
「あ~いや、難しいな!えっと、ぼくの両親は間違いなく人間なんですけどね」
そう言ってまた右手でティーカップを手に取った。こくり、と茶を飲んで軽くふう、と息をつく。
「‥ぼくが母の胎の中にいるときに、精霊に気に入られたらしいんですよね。そこで精霊と濃厚接触したみたいで、色々なおくりものをもらってるんですよ」
「‥精霊の祝福とは、そのように授けられるものなのか‥」
しみじみとイズリーシュが感心していると、ササライがはははと笑い、右手を振った。
「いやいや、そんな事でもないですよ殿下。精霊のすることなんて、規則性もなければ倫理も論理もありません。彼らは基本的に私たちとは『違う』、存在なんです」
そんなものに与えられた能力で、自分は一喜一憂しているのか、と思えばイズリーシュは複雑な気分になった。そのイズリーシュを慰めるかのようにササライは言った。
「精霊の与えるものなんて、運です。生まれや性別を変えられないのと同じですよ。そんなものだ、と思って対処していくしかないんです」
そういって宙に浮かんだ椅子をスーッとイズリーシュの横にまで移動させてきた。
「ぼくのこの尽きることのない魔法力、人の精霊の祝福の内容がわかる力。そして‥‥おそらくぼくは、人よりずいぶん長く生きるでしょう。精霊は、その対価だと言ってぼくから左手と右足の機能を奪っていったようですが」
思いもよらないササライの言葉に、メリッサは小さく声を上げた。メリッサを見て、ササライは優しく微笑んだ。
「メリッサさん、ぼくを憐れんでくださったのですか?大丈夫ですよ、ぼくはこの身体に生まれても困っておりません。魔法力がなくても困っていなかったか、と問われれば難しいですが‥多分、そういうものなんだと受け入れたでしょうね。ぼくはそういう人間ですから」
ササライが優しく諭すように言うその言葉を聞いて、なぜかメリッサは恥ずかしくなった。無意識のうちに、ササライを「かわいそうな人」と思い込んでいた自分に気づかされたからである。しかし、今ここでササライに謝るのも何か違うような気がして、メリッサは軽く、頭を下げるにとどめた。
そのメリッサの様子を見つめながら微笑んだササライは、真横にいるイズリーシュの顔をじっと覗き込んだ。
ササライの青銀色の目がきらりと光った。
「ですがまあ、そのお陰で、知りたいことはここに居ながらにして知ることができます。メリッサさんの心情には、なかなか複雑な感情が入り乱れていましたから興味を持ちましてね‥。少し、探らせてもらったんですよ。つい最近も何やら騒動があったようで。大変でしたねえ」
メリッサが怪我をした一件もササライの耳には届いているようだ。と、いうことは皇宮の奥深くで起きた出来事も、ここに住むササライには筒抜けだということになる。何と危ういことだとイズリーシュは思った。だが、先ほどのササライの言葉が本当であれば、彼自身の能力が強過ぎるため、こちらで何か対策を練ることは難しいと考えられる。
おそらく、そういう人物だからこそ帝国魔法力師団には入らなかったのだろう。ササライが帝国魔法力師団に所属していれば、争いの種を生む予感しかしない。
ササライはまたスーッと椅子を動かしてイズリーシュとメリッサの間に滑り込んだ。そして右手を伸ばし、そっとメリッサの頬に触れた。
「うん、もう少しかな。でもせっかくここまで来ていただきましたし、心配ですから治しておきましょう」
そう言われてすぐに、メリッサは顔全体がほわっと温かくなるのを感じた。表情を動かすとわずかに感じていた痛みが、一切なくなったことがわかる。
「!‥ありがとうございます、全然痛くなくなりました!」
そう明るい笑顔を浮かべてメリッサはササライにぺこっとお辞儀をした。思わず出たお辞儀は平民のそれだった。
「いいえ」
にっこり笑ってササライはメリッサの頭を撫でた。それを見たイズリーシュは、礼を言うべきではあるのになんだか心の奥の方がもやもやしてすぐには言葉が出なかった。
ササライはメリッサの方から身体をイズリーシュの方に向け、じっとその顔を見つめてきた。
「さあ殿下。これで色々納得していただけましたか?そして、今あなたにはメリッサさん以外の選択肢が与えられましたよ。このササライと結婚してぼくに子どもを産ませるか、殿下がお産みになるか。メリッサさんの人生を大きく変えてまでもメリッサさんとの婚姻を望むか。または、将来、子どもが望める人を待つか」
イズリーシュはごくりと息を呑んだ。ササライは、少々意地の悪そうな笑いを口の端に貼り付けてイズリーシュを見た。
「殿下の選んだ選択肢と、できれば、なぜその選択肢を選んだかの理由もお聞かせ願いたいですねえ。‥ぼくと、メリッサさんの人生も関わってきますから。あ、ぼくは殿下との結婚、全然構いませんよ。長い人生の中で、いい時間つぶしになりそうですから」
イズリーシュはササライの刺し貫くような視線に耐えきれず、下を向いた。
無論、イズリーシュの胸の内ではメリッサとの家庭を築く未来しか見えていない。
「私、は、‥メリッサとともに生きたい‥」
「なるほど。その理由は?子どもを望むからだけなら私と結婚でも構いませんよね」
息を呑む。痛いほど拳を握りしめる。胸が痛む。身体が熱い。
この、目の前で穏やかに微笑みながら重く鋭い言葉の刃で斬りつけてくる人物に、自分は何と言えばいいのだろう。
「そう、だが‥」
「しかも、ぼくとなら殿下が子どもを産むという選択肢もある。殿下が自らお産みになった子どもの方が、うるさいことも言われない。うん、子どものことだけなら僕の方が都合がいいんじゃないですか?それでもメリッサさんの方を望む理由は何ですか?」
横にいるメリッサには、大きな卵型の椅子とササライの姿でイズリーシュの姿が見えない。だが、今とてもイズリーシュが追い詰められているような、弱っているような気がする。
メリッサは椅子を蹴って立ち上がり、イズリーシュの傍に駆け寄った。
「でん‥イズリーシュ様!」
座っているイズリーシュの顔は蒼白で、脂汗を滲ませている。メリッサはその腕に取りすがった。
「私、私も、‥一緒に、頑張ります!」
ササライがメリッサの顔を見た。透明のようにさえ見える青銀色の瞳がきらめいている。
「メリッサさんは、平民の生活が恋しかったのではないのですか?あなたの心には、迷いがまだあるようですが」
そう指摘されてメリッサの頬にさっと朱が走る。本当にこの魔法力師は、何をどこまでわかっているのだろうか。一瞬恐ろしさを感じたが、それを上回る感情がメリッサの口を動かした。
「迷いはあります!多分後悔だってします!でも、今は、イズリーシュ様の傍にいたいと、そう思ったんです!」
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