魔法力師 ササライ
ササライの言葉を聞いて、メリッサの身体も硬直した。近年、魔法力医療の発達により同性同士でも子を儲けることができるようになっている。このイズリーシュの驚き方を見れば、おそらくササライの額にイズリーシュは何らかの数字を見たのだろう。
そして、そのイズリーシュの精霊の祝福の内容を、ササライは知っている。
イズリーシュは、ふう、と大きく息を吐いた。隣にいるメリッサの顔を見る。心配そうな表情を浮かべているメリッサに、無理にも笑いかけた。
「座ろう、メリッサ」
そう言ってイズリーシュはメリッサを席へとエスコートした。
「さて、早速ですけど殿下、私の額の数字はいくつでしたか?」
ササライは何でもないことのように話し出した。そう話す横で、テーブルの上では藍色のティーポットが勝手に浮かび上がり、めいめいのティーカップに湯気の上るお茶を注いでいる。こんなに魔法力が日常的に使われているのを見たことがなかったメリッサは、思わずその様子をじっと見つめた。
一方、イズリーシュは今自分が見たものと、自分の能力を承知しているこの魔法力師とが不気味で仕方がなかった。だが、自分のカードはおそらく何もかも見透かされている。ここで隠し立てしても仕方あるまい、と腹を括り話し始めた。
「お前の額には、三、とあった」
「おや、そうですか。ぼくと結婚しますか?殿下。メリッサさん、よかったですねえ。選択肢が増えましたよ」
ササライはにこにこ笑いながらメリッサに話しかけてきた。メリッサはイズリーシュの言葉に驚き、またそれに動じないササライに驚いて混乱した。そんな様子のメリッサを見て、ササライは微笑みながらお茶を勧めてきた。
「メリッサさん、とりあえずほら、お茶をどうぞ。ランカル地方の新茶です。美味しいと思いますよ」
言われるがままにティーカップを手に取った。深い藍色のティーカップは見た目に反してとても軽く、唇に当たったカップの縁も薄かった。含んだ茶は清冽な飲み口で、混乱したメリッサの心を落ち着かせてくれた。
ふう、と一息吐いたメリッサを見てから、ササライは宙に浮かんでいる椅子を少し動かしてイズリーシュの正面に来るようにした。そしてじっとイズリーシュを見つめる。
「さて殿下。殿下は、きっと帝国のためにメリッサさんに婚姻を申し出られたのですよね?メリッサさんが断れない状況を作って」
ササライの、ぬけぬけとした言い様にイズリーシュはかっと顔を赤くして何事か口にのぼせようとした、が、できなかった。
事の仔細はともかく、概ねササライが言っていることは誤りではないと思ったからだ。何事か言いかけて口をつぐんだイズリーシュの顔を、ササライは面白そうに見つめている。メリッサは、イズリーシュが困っていると思いおずおずと言葉を発した。
「あの、今は私も納得していますから‥」
「おや、本当に?‥でも今は、っていう事は最初は受け入れられなかった、ということでもありますよね。今からでも、元の生活に戻れますよと言われたらどうですか?」
思いがけない選択肢を与えられて、メリッサは戸惑った。皇太子妃にならなくていい未来。それを選んでいいのだろうか。
メリッサの逡巡を見透かすようにササライは言葉を続ける。
「ねえ、殿下。私は構いませんよ。御覧のように多少身体は不自由ですが、魔法力によって補えていますし、子どもを産むこともできるでしょう。皇宮も面白そうですし、ぼくは殿下の伴侶となっても構いません。ああ、そうですね‥どうせなら、殿下が出産した方がいいんじゃないですか?」
「な、何という、なぜ、そんなことを」
驚きのあまり、言葉がつっかえているイズリーシュを尻目にササライはくすくすと笑いながらお茶を飲んだ。
「だってそうでしょう?殿下がお産みになれば、平民の子、とか魔法力師の子、とか嫌な冠をつけられずに済みますし、殿下がお腹を傷めてお産みになった子どもなら、周りも軽くは扱いますまい?間違いなく殿下の子どもであるという証にもなります。‥わああ、いいことずくめですねえ!」
「わ、私には公務がある、出産のために休んでいる暇など」
ササライはじろりと鋭い視線をイズリーシュに向けた。
「公務?‥そんなものどうとでもなりますよ。世の中にその人でなければならない仕事、なんてそんなに多くはないんです。だって、人は死にますからね。でも誰が死んでも世の中はちゃんと動いていくし時も過ぎる。‥どう、生きるかは所詮、本人が決めることなんです」
イズリーシュはぐう、と唸り、棒を呑んだような顔をした。
この得体の知れない魔法力師の言っていることは、正論だ。何も間違っていない。だから反論ができない。
かといって、ササライの提案は到底、イズリーシュにとって受け入れられないものだった。
「お前、と伴侶に、など」
「へえ?面識のないメリッサさんを婚約者に仕立てたのに?メリッサさんがよくてぼくがだめな理由って何ですか?」
イズリーシュはじりじりと追い詰められて崖際に追いやられているような気持ちになった。それにしても、この魔法力師は事情を知りすぎている。どういうことなのだろう。
「お、お前は、なぜそんなに色々と知っているのだ、探ったのか」
「おや、話を変えますか?まあいいですよ。ぼくは今日、あなた方と会う事しか予定はありませんから」
ササライはそう言って優雅な手つきでお茶を飲み、焼き菓子をフォークでカットし、口に運んだ。
「ん、美味しい!メリッサさん、是非こちらも食べてみてください。最近よく売れていると評判のお店の菓子なんです。買ってよかったなあ」
「答えろ」
「せっかちですねえ」
ササライはそう言って、また一口菓子を食べた。
「ん~美味しい!よかったら殿下もどうぞ。‥って、食べられそうにもないですねえ」
ササライはフォークを置いてイズリーシュとメリッサの顔を交互に見た。
「じゃあ、お話ししましょうか。あなた方が納得できる話か、わかりませんけど」
「殿下が昔、精霊の祝福について教えてもらった子どもがいたでしょう?」
「‥ああ、探させたがわからなかった」
「あれは僕の魔法力術の師匠です」
イズリーシュは目を瞠った。
「子ども、だったが」
「見かけはね。師匠は精霊の血が混じっているから、あの時でも百歳は超えていたはずです」
メリッサは驚いた。精霊が人と交わるという話など聞いたことがない。
「あの、師匠さんは精霊の子ども、ということですか‥?」
ササライは小首をかしげてみせた。
「どうでしょうねえ、ぼくたちの思う『子ども』の在り方ではなかったと思いますが、精霊の性質は受け継いでいたようです。ある意味では、ぼくもそうなんですよ」
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