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申し訳ありませんが、結婚してください  作者: 命知叶


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見えたもの

障がいを持った方の表現がありますが、その尊厳を侵す意図のあるものではありませんことをお含みおきください。

メリッサが怪我を負ってから、二十日あまりが経った。表面上、メリッサの顔には傷が見られなくなっていたが、大事を取って一日の予定はゆとりをもって組まれていた。顔の痛みももうほとんど感じられなくなり、メリッサは以前の予定でも構わないと伝えたのだが、医師たちは首を振った。

「お顔の傷でございますから、何かあって傷が表面化しては元も子もありません。後しばらくの辛抱ですから、ゆっくりとお過ごしください」

と、言葉を尽くして諭されれば、言うことを聞かない訳にはいかない。一日に一つ、という講義をゆったりと聞きながら、日々読書や復習に励んでいた。


そこへ、カリーナがイズリーシュからの手紙を持ってやってきた。

「メリッサ様、どうぞ。予定はすでにこちらの方で合わせておりますので、メリッサ様がおいでになりたければ、ということでございました」

そう前置きされて、何のことだろうかと手紙を読んでみれば、以前のササライの招待についてだった。読み終えたメリッサに、カリーナが「いかがいたしましょう?」と尋ねてくる。


メリッサはイズリーシュからの手紙を見て考え込んだ。

先日のお茶会の様子を見れば、イズリーシュは決してササライにいい印象は持っていない筈だ。

だが、この手紙にはそのようなことは一切感じさせることなく、メリッサが会いたければイズリーシュが一緒に行ける日程がここだということだけが書いてある。しかも、メリッサさえ行きたければ、自分も是非行ってみたい、という気遣い溢れる言葉まで添えられていた。

イズリーシュの心を考えるとメリッサは迷った。


しかし、ササライと話していると、いつもとは違った視点でものが見える時がある。


今の自分には、必要なものかもしれない。


「‥行きます。この日程で大丈夫ですとお返事を書きます」

きっぱりというメリッサに、カリーナは優しく頷いて便箋の用意を始めた。





気づけば、突然求婚されてからおよそ九か月の月日が経っていた。皇宮の外に出るのはそれくらいぶりとなる。魔法導体車から降り立ち、辺りを見回して思わずメリッサは大きく息を吸った。

街中に降りてきたことを、空気の匂いで実感する。様々な売り物やそこで暮らす人々の雑多な生活の匂い。皇宮の中では感じられない匂いだ。

自分もこの中で暮らしていた筈なのに、この匂いが随分と慣れないものに感じてしまい、メリッサは複雑な気分になった。


今身につけているドレスも、簡素なものとはいえ品はかなりいい。こんなものを身につけていたら、以前の自分なら恐ろしくて一歩も歩けなかったに違いない。ところが、今侍女に少し介助してもらえば普通に歩くことができてしまっている。

自分は好むと好まざるとに関わらず、九か月前とは変わってしまったのだな、とメリッサは実感した。


メリッサがイズリーシュとともに降り立ったのは、王都東のカンメル地区、カリスト通りだ。噂には聞いていたが、街中の建物や家々は規則性もなく入り組んだ形で建ち並んでおり、裏路地がたくさんあってそこは昼間でも薄暗いようだ。その薄暗いところに、時々何かが蠢いているのが見える。よくよく目を凝らしてみれば、地面に横たわっている者や身を寄せ合っている子どもなどが見えた。

建物にある店だけではなく、そういった建物の陰や路地の方で何やら売買している様子なども見える。少し開けたところで導体車を降りたのだが、あからさまに身分が高いと見える導体車やイズリーシュとメリッサの姿に、街がざわついている感じがわかった。

やはり、噂通りあまり治安のいい場所ではないらしい。護衛騎士たちもいつになく緊張感を漂わせながら辺りを警戒している。


「殿下、かの者の家は調べによればこの通りの先ですが‥」

ソルンが控えめにイズリーシュに声をかける。その声に反応したイズリーシュが、胸ポケットに入れていたササライからのカードを取り出した。

「これがあれば入れる、と‥あ!」

そう言いかけたイズリーシュの手からカードがぱたぱたと鳥のように羽搏いて飛び出した。きらきらとした銀色の粉を振りまきながら通りを進んでいく。呆気にとられた一行が言葉もなく見送っていると、カードはそのままぱたぱたと羽搏いて空中に止まっている。

「‥‥ついて来い、ということなのだろう」

イズリーシュはそう呟くと、メリッサの手を取って歩き出した。



十分ほど歩いた先に少し開けた場所に出た。美しい花々が咲き乱れた空き地のような場所だ。周りを囲う白木の杭が規則的に立っているが、背も低く、ところどころ隙間も空いているので踏み入ろうと思えばすぐにも中に入れるような状態だった。

その花いっぱいの空き地を見て、またソルンがイズリーシュに囁いた。

「調べでは、かの者の家はここらしいのですが、このように屋敷はないのです」

するとイズリーシュの近くでぱたぱたと羽搏いていたカードが、急に激しくぐるぐると回転し始めた。

驚いた人々がそれを見つめていると、そのカードから振りまかれた銀色の粉が大きな塊となってイズリーシュとメリッサに降りかかってくる。思わずイズリーシュがメリッサを庇った瞬間、二人は家の中に立っていた。


「!‥ここ、は、」

辺りを見回してみる。そんなに大きくはない家に見えた。ただ、いわゆる平民が住んでいそうな、ものの多い雑然とした感じがある。後ろを見れば小さな扉があり、玄関扉のようにも見える。すぐ横の壁には小さな飾り棚が据えられており、その上に赤い花を挿した花瓶がのっている。窓は大きく、明るい陽射しを取り入れており部屋は明るい。

そして、引き連れてきた護衛も侍従侍女も見当たらなかった。


「やあ、ようこそ!どうぞ奥に入ってきてください!」


通路の向こうから陽気な声がする。あの鳥を介して聞いていた声だ。

イズリーシュはメリッサの顔を見て微笑み、そっとその手を握った。そして通路の奥へと進んでいった。



短い通路の奥の部屋も、窓が大きく取られ、明るかった。中央に大きめのテーブルがあり、お茶会の支度が出来上がっている。彩りも美しい菓子が並び、つやつやした藍色のティーセットが三人分並べられていた。テーブルの傍には背もたれの高い椅子が二脚ある。座面にも背もたれ部分にもたっぷりとしたふくらみを持っていて、座り心地は良さそうだった。


そして、正面には一風変わった長椅子に座る人物がいた。長椅子、と言ったが通常の長椅子のようではない。卵の真ん中をくぼませたような形のものが、宙に浮いている。その上に身体を預けてその人物は座っていた。

年のころは二十代半ばから後半ほどだろうか。色は抜けるように白い。顔立ちは優しく、青銀色の目と髪を持っている。長い髪は緩く三つ編みに編まれ、右の方から前に垂らされている。衣服はゆったりとした長めのチュニックとパンツ、という姿だったが‥


(左手と‥右足が、ない、のかも‥)


メリッサは中身の詰まっていなさそうな左袖と右足部分の布を見つめた。

「やあ、ようやくお会いできましたね。メリッサさん、ぼくがササライです」

明るく挨拶をしてくれたササライに、メリッサははっとしてお辞儀をした、

「はい、初めまして。メリッサ=ロントと申します。皇太子殿下の翼のもとにあります」

ササライはメリッサの挨拶を聞いてニコッと笑った。

「ではどうぞ、おかけください。‥おやおや」


その時になってメリッサは、イズリーシュが自分の手をぎゅうっと握りしめたまま、身動きをせず言葉も発していないことに気づいた。不審に思って隣を見れば、顔色を蒼白にしてササライを凝視している。思わぬものを見てしまって驚いている、といった様子のイズリーシュに、メリッサは首を傾げた。

「殿下‥?」


「お、前、お前は‥」

呻くようにそう言ったイズリーシュに向かって、ササライは口の端をくっと上げた。

「ぼくの額には、いくつの数字が見えましたか?殿下」



お読みくださってありがとうございます。

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