小鳥
チチチ、という声ではっと顔を上げた。開け放った窓の桟に、白い小鳥が止まっていた。小鳥は頭に一本、縦に青い筋があり黒い目は円らで可愛らしい。メリッサは小鳥を驚かさないように身動きせず、そっと見つめた。
小鳥はぴょんぴょんと短い脚で飛び跳ねてメリッサの傍にやってきた。
『こんにちは、何をしてるんですか?』
いきなり人語を話し出した小鳥に、メリッサはぎょっとして思わず身体を引いた。小鳥は構わずに話し続ける。
『今日はつい遠くまで飛ばし過ぎてしまったんですけど‥あなたはどなたですか?』
「え、あの、え?」
困惑してうまく言葉を出せないメリッサの様子がわかったのか、小鳥は小首をかしげた。
『ああ、すみません。ぼくは王都の東、カンメルに住んでいる魔法力師で、ササライと申します』
「ササライ、さん」
小鳥はぴょんぴょんと飛び跳ねた。
『ええ、ぼくはあまり家から出られない身の上なので、こうして伝言鳥を飛ばして行った先の方とお喋りをしてもらうようにしてるんですよ。驚かせてしまいましたか?すみません』
メリッサは少し嬉しくなって、ぶんぶん首を振って話しかけた。
「いえ、全然!思いがけずお話しできて嬉しいです!‥‥私も、あまりここから出られないので‥」
小鳥は嬉し気に白い翼をばさばさと羽ばたかせた。
『おや、奇遇ですね!よかったら話し相手になって下さいませんか?お名前を教えていただいても?』
「メリ‥メルと申します」
『メリメル?変わった名前ですね!ぼくも変わった名前と言われますから、仲間ですね!』
小鳥は嬉しそうに羽搏きながらササライの言葉を伝えてくる。メリッサはメルという偽名を名乗ったつもりだったが、まあいいかと流すことにした。
『ぼくはしがない魔法力研究師なんですけど、色々事情があって今住んでいる屋敷から出るのが難しいんですよ。だから時々こうやって伝書鳥を飛ばしてお話を伺うことにしてるんです。メリメルさんはどんな仕事をしてるんですか?』
メリッサはどう応えようかと迷ったが、今の状態は余人に洩らすべきものではないと思い前職を言うことにした。
「あの、私はメイドです、まだ‥仕事に就いて浅いですけど」
『そうなんですか。メイドさんの仕事って色々なことがあるんでしょうねえ?魔法力があったら便利だな、なんてことはありますか?』
小鳥は羽繕いをしているような動きをしながら、ササライの言葉を伝えてくる。メリッサはメイドの時にやっていた仕事の内容を思い出しながら、答えた。
「いえ、お水も魔法力水道があって便利ですし、明かりも魔法力適応具があればとても明るくて‥便利です、あんまりこれ以上、というのは‥」
『むむう、そうですか。他に個人的に困っている事ってありませんか?色々伺って研究材料にさせてもらっているんです。よかったら教えてください」
明るくそう話を続けるササライの声に、ふっとまたイズリーシュのことが思い浮かんだ。
自分の気持ちを投げつけるように叫んでしまったあの時。
イズリーシュは、一言もメリッサを責めなかった。
責めるようなそぶりさえ、見せなかった。
ただ、弱々しく、「ごめんね」と言って立ち去っただけだった。
あの、イズリーシュの後ろ姿が今になっても頭から離れない。
「‥‥あの、身分の高い方に‥どう受け答えしていいかが難しくて‥」
『ほほう、お仕えしているところの方ですか?』
「ええ、まあ‥そうです」
広義でいうなら、今の自分は帝国および皇族に仕えているようなものだから間違いではない、と考えながら肯定する。
すると小鳥は落ち着いた声で語り出した。
『身分の高い方には二種類の人間がいるってぼくは考えてます』
「はあ・・」
『一つには、身分の高さをその人の価値だと思い込み、そこに疑問を抱かず胡坐をかいている下劣な人間』
思いのほか強い言葉が飛び出してきて、メリッサは目をしばたたかせた。
小鳥は構わずに話し続ける。
『また、一つには、高い身分には相応に義務と責任が付帯することを理解し、それに見合う働きをしようとする人間』
明るい声で、なかなかな内容の意見を吐いている小鳥を見つめた。
「な、なるほど‥」
『程度の差こそあれ、この二つに分類されるとぼくは思ってるんですが、メリメルさんのご主人はどちらでしょうね?』
「え、えっと‥」
メリッサの頭の中に浮かんでくるのは、帝国の現在と未来について語るイズリーシュ、そしてどんなにメリッサが慇懃無礼な態度を取っても決して怒りを露わにしないイズリーシュの姿だった。
言われて考えてみれば、イズリーシュ個人の願いや望みを聞いた事はないような気がする。
「その身分に見合う働きをしようと心がけていらっしゃるように、見えます‥」
小鳥はピピピ!と嬉しそうに囀ってからまた話し出した。
『それはよかった!‥でしたら、多少メリメルさんが失礼なことをしたって大丈夫ですよ。間違っていれば導いてくれるでしょうし、メリメルさんが正しければ、きちんと話を聞いてくれるでしょう』
「あ、でも‥」
イズリーシュはメリッサを解放してやりたいという気持ちはあっても、帝国の未来を思えばできないのだ。
メリッサ自身も、自分個人の幸せと帝国全体の安寧を天秤にかけていいのかどうかわからない。それがこのところのメリッサの気鬱の種にもなっていた。
だが、メリッサが話を続けようとした時、小鳥はばさばさと羽ばたき飛び上がった。
『しまった時間だ‥メリメルさん、よかったらまたお話ししましょう!では!』
小鳥はそう言うとそのまま空高く飛んで行ってしまった。
メリッサはぼんやりと小鳥が飛び去った方を眺めた。王都東のカンメル、と言えばあまり治安もよくないところでメリッサも行ったことはない。そこに住んでいる魔法力師とは何をしている人物なのだろうか。
基本的に魔法力師の多くは皇宮の魔法力師団に仕えていて、そうではない魔法力師は市井の中で魔法力適応具の修理や充填などを細々と行っていると聞いたことがある。
メリッサ自身も何度か、魔法力適応具(魔適具とも言われる)へ魔法力を充填してもらいに、魔法力師団の詰所に行ったことがあった。そこにいるのはどちらかと言えば無口で、淡々と自分の仕事をこなしていくタイプの者たちばかりだった。
だからこそ、ササライの軽快な語り口は意外なものに感じた。
だが、このところ皇宮関係者以外と話す機会のなかったメリッサにとって、ササライとの短い会話は、何となくずっともやもやしていた頭の中を、少し見通しをよくしてくれたように感じられた。
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