1月8日、マルファーレンス帝国にて、晩餐会
始まった晩餐会は実ににぎやかな物となった。皆が笑顔で食事をし、酒を楽しみ、語り合う。光に話しかけてくる人の数は非常に多かった。その理由の一つが持ち込んだ日本酒。マルファーレンス帝国で愛飲されてきた酒は日本で言うビールに近い物が主流であって、日本酒のような酒精の強さは無かった。
また、注がれた器の底が見える透明度も強い興味を引き、さらに酒から漂う香りも彼らの心を揺さぶった。そして飲み下すと喉をかっと焼くような熱さをもたらす酒精の強さ。先に日本に来ていたガリウスやフルーレとは違い、初めて日本酒を飲んだマルファーレンスの重鎮たちは、その存在に魅了されてしまったのだ。
むろん、だからと言って自国の酒を下に見るという事は無い。だが、やはりすぐ手に入る酒と、次飲めるのは何時になるのかわからない酒が同時に出てきた場合、後者に人が殺到してしまうのは無理もない話である。その結果、光が持ち込んだ僅かばかりの日本酒はあっという間に瞬殺されてしまった。
「まったく、ああも群がる事になろうとはなぁ」「陛下、そんなこと言ってますが、貴方もガッツリ飲んでいらっしゃったではないですか。少しは自重して頂きたかったのですが」
ガリウスの言葉に、重鎮の一人がジト目で突っ込んだ。そんな父の姿を見たフルーレは頭を押さえて頭痛と戦っていたりする。
「ヒカル殿、我々の酒もうまいが、貴殿が持ってきてくれた酒もまた格別の味だな。この酒、輸出はしてもらえるのだろうか?」
フレグがそう光に話しかけてきた事で、光は内心でガッツポーズを決める。日本の酒も受け入れられることの確認と、新しい客層を生み出す事に成功したからである。だが、ここではい大丈夫です、と気軽に言うような真似はしない。
「ええ、別段この日本酒の輸出を禁じるという予定はありません。しかしながら、酒造りは時間と手間がかかるもの。ましてや我々はこちらにくるまで、様々な産業が打撃を受けております。ですので、皆様の所に安定供給させるにはもうしばし時間が必要であるという状況なのです」
今後この世界の一員として貢献していく事は必須な訳だが、それはそれとして自国の繁栄をおろそかにするようでは総理として失格というのが政治なのだ。なので、己の国の商品に価値があるのならば決して安売りはしない。きちんと生産をしている人がやって行けるようにしなければならないのだ。
「そうか、それならば仕方あるまい。しかし、出来るだけ早く買えるようになりたいものだ。我々が今まで飲んできた酒とは全く違うのが面白い。そちらに行ったときは、ぜひこの酒と合う料理を堪能したいものだ……」
フレグの方も輸出を禁じる訳でないのなら時間がかかるのは構わないとの判断だ。いい物は高かったり時間がかかるのは当たり前の事だ、という考えはマルファーレンス帝国では常識である。その価値観は己が纏う鎧からきている。
「ええ、その時は精いっぱいのおもてなしをさせていただきます。この晩餐会にて様々な料理を頂いておりますが、我々の料理もぜひご堪能して頂きたいものです」
肉料理とサラダ、各種スープなどを口にしていた光の正直な感想は……少々味が濃い目ではあるが料理自体は旨いであった。味が濃いのは戦士が多い国故に多く動いて汗をたくさん流す。だからやや味を濃くしているのだろうと推測を立てている。
(まあ、薄味が好みの自分が感じる感覚でしかないからな、日本の方でもこれぐらいの味付けを好む者は多いはずだ)
そう結論を出し、パンを食べてスープを味わう。このスープはトマト系のスープに近い味わいだな、などと堪能しながら飲み、合間に酒を頂く。そのまま穏やかに済めばよかったのだが……
「ヒカル殿、その時は私も日本皇国に行って構わぬよな? またヒカル殿の国の食事を味わいたいものだ」
なんて事をガリウスが口走った事で、晩餐会の方向が少々おかしい方向に向かい始めた。
「そう言えば陛下は先んじて日本皇国の食事をお召し上がりになられておりましたな……口を滑らせて下さったおかげで偉い事になりましたが」
そんな言葉がツッコミとして入ったりもしたが、どういった料理があったのかという質問が多く飛び、酒が入って上機嫌なガリウスは次から次へと料理の名を上げてゆく。
「うむ、もし次に日本皇国の土を踏めたら、まずはカレーライスだな! 様々な香辛料を混ぜ合わせて想像が出来ぬ美味さを生み出したあの一品は実に素晴らしい! 国民へも配布されたあの料理だ、お前たちも口にしただろう? あの辛さと旨味が交わり、普段のパンがより一層美味しく感じられたとお前たちが言っていたあれだ。だが、日本皇国ではパンではなく、ご飯という白い粒にかけて食うのだよ。あれは別格の旨さだぞ」
ガリウスの言葉に、あちこちから「あの茶色い奴か」「あれは旨かった、陛下が褒めるのも分かる」「しかし、あれで完成ではないというのか……?」などの声が次々と上がる。
「あとはスシだな。我々の国では魚料理はまずないだろう? 事実、この晩餐会のも野菜と肉はあるが魚はない。その魚を旨く食える方法の一つがスシだ。パッとだけ見ると単純な料理に見えるが、その裏では妥協が許されん職人が作り上げる高級料理よ。あの職人が一つの寿司を作り上げる姿は、我々戦士が強敵に立ち向かう時に持たねばならぬ強き意思に通ずる所があるな!」
ガリウスのお薦めとして挙がった二つ目の料理の名に「職人がそこまで強い意志を持って作る料理か」「我々のシェフも妥協を許さないが、日本皇国でもそのような者が居るのだな」「これはぜひ覚えておかねばなるまい」などの好意的な声が上がった。
「あまり多く上げても仕方があるまい。あと一つ、抑えておけというのは……うむ、ラーメンが良いかもしれんな。フリージスティ王国にある麺と呼ばれる物を用いる料理だが、あれは旨い。しかもフリージスティの麺と同じで様々な味の種類があるのだ。しかもフリージスティの麺とは違って、豪快にすすっても構わんのだ。気楽に食えて、旨い。これもお勧めだな」
このガリウスの言葉を聞いて、光はフリージスティ王国にスパゲティによく似た料理があるのだろうという事を知った。例え世界が変わっても、似る所はやはりあるのだろう。
「ま、やっぱり一度直接行って色々見て回るのが間違いないな。本当に色々あるから飽きないぞ。それと言っておくがな、俺より遥かに食ってる奴らがいるからな? 日本に先に行った連中だ。もちろんいろんな任務こそこなしてたがな、いろんな日本の料理や酒をあいつら堪能してたぞ? 俺もあいつらに話を聞いて旨い飯に美味い酒を堪能できたんだからな」
あっ、ガリウスがさらっと自分から他の人へと意識の向きを変えたな。だが、最後の一言はかなり有効だったらしい。
「そう言えば、日本皇国に派遣してた部隊がヤキトリなる肉料理を早く食いたいとか言っていたな」「ウィスキーを片手に月を眺めたいとかいう奴もいたらしいぞ」「ギョウザに酒こそが最強だとか言ってた女性もいたな……ギョウザってのは日本で食った料理だったのか?」「スキヤキにビールで乾杯できる日が待ち遠しいとか、ある部隊長が──」
そんな意見交換が行われた後、晩餐会の場は気味の悪い沈黙が一瞬支配して──その後光に対してマルファーレンス帝国の重鎮たちが詰め寄った。
「ヒカル殿、我々を早いうちにぜひ日本皇国に招待して頂きたい! 支援なら積極的に行わせていただきます故!」「ちょ、お前ずるいぞ! ヒカル殿! 私こそ先に! もちろん日本皇国と我々がともに発展してゆけるよう良き話し合いもさせていただきますので!」「貴様の方がずるいわ! ヒカル殿を困らせるんじゃない!」
フレグが慌てて重鎮たちを抑えようとするが、なかなか場が収まらずに私こそ、いやいや私こそと日本皇国に行って食べ歩きしたいという下心を隠さずに光に詰め寄る重鎮達。のちにフレグは言う「あの時、訓練や決闘の時とは違う力をあいつらは出していた」と。やはり食べ物の魔力は、世界が変わっても変わらなかったらしい。その一方でこんな混乱を引き起こしたガリウスは、娘であるフルーレに鉄扇でぶん殴られていた。
「お父様があんなことを言うからヒカル様があんな苦労を! その軽すぎる口、永遠に閉ざしましょうか!?」「まてまてまて、我が娘よ! 言ってることが恐ろしすぎるんだが!?」
最初の和やかな雰囲気はどこへやら。混沌に塗れた雰囲気の中、晩餐会は終わった。まあ、少なくとも日本皇国として考えるのであれば、マルファーレンス帝国から好条件を引き出せるまたとない機会を作る事に成功したのだから光は十分な仕事をしたと言えよう。だが、その光当人は鎧を着込んだ戦士達に詰め寄られたことで精神的な疲労でぐったりとしてしまったが。
マルファーレンス帝国のガリウス邸で一泊した光は、翌日日本に帰還。送ってくれたのはフルーレである。その後大臣達に結果を報告し、上手く行ったことを伝える。次はフォースハイム連合国との条約締結が待っている。
お盆か……我が家にとって一番忙しい時期が来る。
来週更新なかったら、疲労でぶっ倒れてお布団の中で唸ってると思って下さい。




