12月1日
月日は流れて、ついに12月。決戦の日が近づくにつれ、世界は不安に包まれつつあった。やはり長きにわたって対策らしい対策が出来ずに多くのモノを失ってきただけあって、いくら神威弐式、ブレイヴァー、ソーサラー、ランチャーと言った存在がいたとしても今までの歴史が人々の心の中にある希望を絶望で塗りつぶさんとしている状況である。
一方で、この日各国の象徴と首脳全員がマルファーレンスの首都に集まっていた。当然議題は今月の24日にやってくる神々の試練について。無論今更戦わないという選択に転ぶことはないので、あくまで最終確認とこうして集い確認し合ったという国内外に対するアピールがメインの目的である。
「いまさらもう、じたばたしても何も変わらん。我らは手を取り合い、やれることはすべてやり切ったはずだ。後は上にいる我らがおたおたするような姿を国民に見せず、どっしりと構えている姿を維持するだけだろう」
いくつかの最終確認が終わった後、マルファーレンスの国の象徴であるガリウスの言葉に頷くのは天皇陛下、フェルミア、沙耶の三名。
「うむ、ガリウス殿の言葉通りだな。我々の役目はまさにそれよ。我々がまず落ち着いた姿を見せねば始まるまい。特に私は落ち着いていなければならぬ。そうでなければ、我が国が生み出した様々な物が信用できぬものであると喧伝することになりかねん」
天皇陛下の言葉に、ガリウス、フェルミア、沙耶が頷く。
「そうですね、私達はいかに国民に不安を与えないかの仕事がこれから24日が終わるまでの間、一番の大仕事となるでしょう。我々は今、新しい未来を切り開ける可能性を手にしています。それを不安から発生する暴動で握りつぶしてしまったとなれば、悔やみきれません」
フェルミアの発言に沙耶も続く。
「うむ、今我々は歴史の分岐点に立っておる事は間違いなかろう。分岐点次第で、今までの様に50年ごとに怯えなければならない歴史を歩むか。それとも50年ごとに戦って護りたい存在を護れる歴史を歩むか。ここからがまさにその分岐点を決める正念場よ。その運命を決める戦に出る戦士達が心置きなく出陣できるよう、治安の悪化や混乱は何としてでも抑えなければならぬ」
ここでもし、神々の試練からくる不安から暴動が起きればどうなるか。当然出撃する戦士達のメンタルに影響が出るだけでなく、次から次へと飛び火して大問題が引き起こされかねない。だからこそ、もし不安要素を煽る者が現れた場合は、問答無用で潰す。そういう意味も込められている。
「我々も、ここがらが本番であると考えております。特に戦いに出られるフレグ殿やヒカル殿の手を煩わせるような事は一切起こさせない覚悟で取り組む覚悟です。ここまで積み上げたのです、つまらない些事でそれらを台無しにするような事は絶対にあってはなりませんので」
マルファーレンス上層部の一人の発言に、各国上層部も同意することを表すために頷いた。
「どんな時、どんな時代にも団結を崩す陰謀論を振りまく愚かな存在は生まれます。今回の戦いに関しても──包み隠さず申し上げますが、日本皇国がこの世界を我がものとするために各国に例の新型ゴーレムを配ったのだと己の思い込みを大声で喧伝する者がおりました」
フリージスティ上層部の言葉に、多くの視線が向けられる。
「無論、こちらとしても日本皇国がそんな考えの元で動いたとはみじんも考えておりません。故に、対象者を確保しなぜそのような事を大声で喧伝したのか、それに至るまでの経緯を説明しろと彼に問いかけました。その彼から帰ってきた言葉は、あまりにも稚拙に過ぎ、この場で発言する価値のあるものではございませんでした。ただ、彼は勝手に自分が感じた事こそが真理であると思い込み、行動に至っただけの愚か者でした」
なお、彼は今はそのような言葉を発することが出来ない場所にいますのでご安心ください、との言葉で締めくくった。この言葉でもう大体想像できるだろうが──すでに彼はこの世にいないと言う事である。
「うむ、この一大決戦に至るまでにどれだけ日本皇国が骨を折ってくれたのかを理解せぬ愚物だな。もちろん、フリージスティを責めるような真似はせぬよ、どの国にもそのような愚か者はどうしても生まれてしまう物だからな……だが、そんな愚物を今は許す訳にはいかない。フリージスティ上層部の行動と判断は適切だったとこちらは考える」
フォースハイム上層部からは、そんな発言が出された。フリージスティ側からは「ご理解いただきありがとうございます」との返答が返される。
「ヒカル様からは何か、ございませんか? 今このような舞台を設えることが出来たのは、貴方という人がいたからこそ。もしよろしければ、何か一言を頂きたいのですが……」
ここでマルファーレンス上層部の一人から、話を振られた光。当然周囲の視線が集中するが、この程度でひるむ光ではない。地球にいた時は敵意に常時晒され続けた漢なのだ。
「では、少しだけお時間を頂きまして……お話をさせていただきます」
ゆっくりと光は立ち上がった。それから一呼吸置いてから──ここまで来ることにあった事を思い出し、口を開く。
「我々はこの世界に来る前は、理不尽な要望に堪え続けなければならない生を送っておりました。国民を死ぬと分かっていながらも送り出さねばならず、親と子が永久の別れになると分かっていてもなお、止める事が叶わぬ。その様な無念を心の奥底に溜め続けながら生きてまいりました」
光の言葉に、日本皇国の上層部の皆の顔に光るものが流れていた。
「ですがあの日……フルーレ殿との出会いで全てが大きく変わりました。助けられぬと思っていた自国の国民が、もう二度と国の土を踏ませることが出来ぬと思っていた国民が助けられました。あの時、我々はどれだけ感謝の涙を流したことか。そして何より、国そのものをこのような素晴らしい世界に招いていただいた。その恩はとてつもなく大きいのです」
日本皇国の上層部は、ハンカチを取り出して顔を隠しながらも何度もその通りであると言わんばかりに頷いている。
「その大きすぎる恩をやっとわずかばかりお返しできる機会を頂いたのです。我々日本皇国は、この世界に住まう国として、人として、全力で今回の作戦成功のために使えるものは何でも使い、この世界の歴史の闇を掃うお手伝いをさせていただく。そして」
ここで一度区切って、光は深呼吸をする。
「そして皆さん。我々の手で、実力で、魂で! 新しい歴史を刻もうではありませんか! 理不尽に立ち向かい、そして勝つ! その前例を我々で作り上げるのです! その力と技と心を、我々は持っているはずなのですから!」
光の言葉に、この場にいた全員が立ち上がって拍手を送る。まさに今、この場に集う人達が欲しかった言葉を光は口にしたのである。この場で迷いを見せずに勝つと断言した光の言葉は、何よりも人々の心を奮い立たせるものであった。この日を記録していたマルファーレンス上層部の一人は、後にこう言い残している。
『あの時のヒカル・トウドウの姿はとてつもなく大きく見えた。あの日、確かに一人の偉大で頼もしい戦士の姿を我々は見たのだ。彼がいなければ、ここまで我々がこれたかどうかなどと考える事自体が馬鹿馬鹿しい』
無事に会議は終わり、それぞれが帰還した。光を除いて……光は晩餐に招かれ、ガリウスと共に酒を酌み交わしていた。
「我々は、本当に日本皇国と出会えてよかった! やけ酒ではなく美味い酒がこうして楽しく飲める! 我が国の未来は明るいぞ!」
光の勝つという言葉を聞いたガリウスは上機嫌で酒を口にしていた。ただし、その量は多くない。ゆっくりじっくりと良いお酒を楽しむ飲み方をしていたからだ。
「あそこで話したのは弁論術ではなく素直な私の気持ちですよ。これから先、我々は共に手を取り合って栄えていくのです。明るい未来は必ず来ますよ」
光もほどほどに酒を入れながら、そうガリウスに返答していた。
「正直、不安を隠している人はあの場に多くいたはずです。しかし、光様が立ち向かって勝つと何の迷いもなく、堂々とした姿を見せながら宣言された事で己の心を奮い立たせることが出来た人はとても多かったでしょう。光様は、最高の仕事をしてくださいました」
そしてフルーレが正直な感想を口にした。フルーレの言う通り今までのこちらの歴史を鑑みれば、あそこに集まった人々であっても不安が無い方がおかしいのである。もちろん、それを顔に出さない術は心得ているが、それは表に出さないだけに過ぎない。その不安は一人になった時、特に寝るときや、悪夢という形で襲い掛かってくる。
だが、先ほどの会議で光は一切迷いもせず臆せず、堂々と理不尽に立ち向かって勝つと宣言した。その一言で、この人がいるなら大丈夫だというとてつもない安心感を集まっていた上層部の人々に与えたのである。そして、奮い立った。今までの歴史を己の手で塗り替えて見せると改めて心に誓うことが出来たのだ。だからこそ、皆が立ち上がって拍手を光に送ったのである。
「だが、ヒカル殿から直々に気合と闘志を入れてもらったからな、アイツらは今頃燃えているだろうよ。ふふ、それはこちらも同じだがな……」
最後の方は、独り言のような小さな声で呟くように口にしたガリウス。ガリウスの言う通り、ここ一番で気合を入れられた各国代表は24日が終わるまで、全力で働く事となる。そうしなければ、心のそこから噴き出してくる熱い物が抑えられなかったからである。




