6月4日・5日
異世界からの訪問者である各国の象徴の三人がお帰りになってから数日後。 休憩時間中でも魔法訓練を続けている光の下に一つの直接通信が入った。
「誰からだ?」
魔法訓練用である紙の蝶を宙に浮かべながら回線を開く。
「光総理、突然申し訳ありません、光陵重化学の如月です」
通知を送ってきたのはKAMUIの製作を行なっている光陵重化学の07工場の工場長、如月であった。
「いや、時間はあるから問題はないぞ。 わざわざ直接こうやって通知を送ってきたからには大きな報告があるのだろう?」
報告など一つしかあるまい、KAMUIに関連することだけだ。 あくまで世界からの『総攻撃』が予想されるのは年末であるが、その前にどこかの国が代表と名乗って日本に攻撃を仕掛けてこないと言う保証は何処にもないために、光の内心としては一刻も早くKAMUIの完成を待ち望んでいた。
「そうですな、結論から申し上げます。 KAMUIですが機体本体がロールアウトしました。今後、量産機となるKAMUI・弐式と共通するオプション装備を作っていくことになります……それから、KAMUIのデータを元に光総理専用機体『鉄』の製作にも入ります、その為光総理のマスター登録やKAMUIの詳しい説明のためにも、できるだけ早急にこちらに一度直接出向いて頂きたいのです」
光は無意識に右手を握り締めていた。フルーレ達に頼りきらない防衛力が形になったと心の中ではガッツポーズをとっていた。
「短期間で良くぞ仕上げてくれた! 明日の午前にそちらに向かおう!」
「それはありがたいですが……総理、宜しいのですか?」
如月工場長はやや困惑していた。こんなに簡単にスケジュールが開くわけがない、それが総理という役職にいる人間のはずなのだがと疑問に思ったのだ。当然それを表情には出さないが。
「その点は問題ない。海外の連中と手を切ったお陰で十分睡眠を取る事ができているぐらいだ、それに明日はもともと空いている時間が多いから都合が良かったのだ」
光は如月工場長に理由を述べる。このごろはフルーレたちが来る前の激務が嘘のようになくなり、落ち着いて政務にあたる時間が取れる様になってきていた。 その理由は体を張り続ける総理のために我々も戦おう、と大臣や官僚が一致団結して総理の負担をを少しでも軽減しようと動いており、見えない場所で総理の仕事を減らしている事が理由である。
「それに、今後の展開でKAMUIはまさに日本の切り札の一つとなることは間違いない、その切り札をしっかり見ておくことは重要なことだ」
いざ振るったらぽきっと折れる剣のような物では困る。 肝心な時にそんなことを引き起こさないためにも、直に自分の目で実物を見ておく必要があった。
「そういうことでしたらお待ちしております」
そうして回線は切れる。
(ようやく鋼の戦士が生まれたか。 戦艦も空母もなく、戦闘機すらない今の日本の防衛能力は、フルーレ達が展開してくれた魔法陣のみ。これに頼りきりではいざと言う時にとんでもない大失態を引き起こす可能性がある。そのためにも数より質、まさに一騎当千が可能な鋼の戦士が必要だった。それも、光陵重化学が8割以上時間をかけて密かに土台を作っていてくれなければ叶わなかったが。 状況は常に綱渡り、そしてゴールはまだ遥か先にあり全く見えてこない。 だが、それでも現日本総理として、国民を皆ゴールまでたどり着かせるのが義務なのだ、世界に負けるわけにはいかない)
光はそう考えをまとめ、明日のスケジュール調整を行ない始める。
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「ようこそいらっしゃいました、総理」
「KAMUIは大事な切り札になるのだ、来ることを優先するのは当然だ」
空けて翌日、光は午前9時に光陵重化学07工場、KAMUI製作のドッグを訪れていた。 そして挨拶をしている如月工場長と光の奥にロールアウトされたKAMUIが静かに直立していた。 一対の目となる赤いメインカメラアイが怒りに燃える人の顔を連想させる。
「とりあえず、まずはスペックをご覧ください」
そう言って一枚の紙を光に渡す如月工場長。
RS-001.1-KAMUI
【頭頂高】 11.5m
【本体重量】 20.7t 重力コントロール発動にて12.9t
【全備重量】 オプションパーツ未完成により提示不可
【ジェネレーター出力】 メイン2,330kW サブ1.420KW
【スラスター総推力】 90,200kg 重力コントロール機能搭載
【センサー有効半径】 12,150m
【装甲材質】 マギ・ゴーレムメタル装甲、内部重力コントロールフレーム
【武装】 頭部バルカン、神威の太刀一式、弐式、マギ・マシンガン、マギ・グレネイド、シールド、マギ・ショルダーカノン
【運用】 単騎による強襲、破壊行動
【乗員人数】 1
オプション装着による底上げでまだ伸びるということか、と光は考える。 マギ、と付いている武装が多いがこれが日本と向こう側の技術の融合、魔法科学による武器だろうということは予想が付く。
「工場長、内部重力コントロールフレーム、重力コントロール機能とあるが……?」
この点だけは聞いておかねばなるまい。
「はい、向こうの魔法の一つに重力をコントロールできる魔法があると教えていただきまして、それをゴーレムに組み込むことは可能なのか? というところから研究が始まりました。 皆が寝食を忘れるように没頭した結果、機体へ組み込むことが可能であると判断されたため、KAMUIに組み込まれました。 それからメイン装甲のマギ・ゴーレムメタル装甲はパージも可能でして、内部の重力コントロールフレームがむき出しになりますがその分重量が軽減されるため、機動力を一気に跳ね上げることが可能です」
如月工場長の説明は続く。
「内部の重力コントロールフレームですが、これ自体も十分な強度を誇っておりますのでパージした後も機体とパイロットが極端に撃墜される危機に晒される事はありません。 ですが単騎による戦闘が想定されている以上、予定された機動力を十分に維持した上で装甲を厚く保つことは生存のために必須であると考えているため、マギ・ゴーレムメタルがメイン装甲として使われています」
なるほど、と光は言葉を漏らした。
「重力をコントロールできるということは……」
如月工場長が言葉をつなぐ。
「はい、ある程度の時間、空中戦闘が可能です。 さすがに2時間以上もずっと飛行行動を続けるとメインジェネレーターがオーバーヒート寸前まで行きますが、十分な空中戦能力を得ることが出来ていると思います。また、総理の専用機体として設計されている『鉄』はKAMUIよりも大型かつ重装甲になりますが、この重力コントロール技術により、空中戦闘が可能である点は変わりません。はっきり申し上げれば、完成しだいこちらから攻め込んで一方的な蹂躙も可能かもしれません」
だが、光は僅かに首を左右に振る。
「我々は守るためだけにこの力を使うべきだ。 愚か者の真似をして愚か者に転落する必要はないだろう」
如月工場長もこの言葉に同意した。
「そうですな、以前ならば攻めねばなりませんでしたが、今ならば防衛して年末まで耐えればそれでよいのですからな」
どのみち、いつかは向こうから攻撃を仕掛けて来るのだろう……。そういう考えが二人の思考の根底にはある。
「それから総理、もう一つ大事なことがございます。総理のあらゆる生体データを鉄の機動キーといたしますので、登録のために同行願えますでしょうか?」
「そうだったな、それも済ませてしまおうか」
そうして二人は、実戦を静かに待つKAMUIの前から離れていく。KAMUIはただ静かに出陣する時を待ち続けるだけである……。
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「総理、こちらのVRコックピットに乗り込んでください。 このコックピットは製作中の『鉄』と同じように作られている光総理専用のVRシステムです。 この中で総理がVRにて『鉄』を体験していただくとマスター登録が完成するようになっています」
如月工場長の説明を受けて光はVRのコックピットに乗り込む。
「VRではありますが、精密に作られているためにシートの固定バンドは必ず使用してください」
如月工場長の注意が飛ぶ。 光はその注意を受けて、素直に固定バンドを使用して体をがっちりと固定した。
「それでは、VRを起動します、がんばってください!」
グウウウウウウーー………ンン……と起動音が鳴り響き、VRが起動していく。
「それでは、VRシステムによる訓練、ならびにマスター登録を行ないます。 ──藤堂 光様と確認しました。これより当機が大破するまで機体のマスターは藤堂 光様に固定されました。 私は『鉄』サポートAI、『ノワール』と申します、これから宜しくお願いします」
光と共に戦い抜くことになる鉄とそのサポートAI、ノワールはこうして光と初めて出会った。
KAMUIがとうとう完成しています。武装オプションはあとから増えます。
ちなみに、KAMUIと鉄は人の目のように一対のツインアイ、
今後出てくる量産型KAMUI・弐式はバイザー系とメインカメラが
異なる予定です。




