8月15日
晴天で迎えた8月15日。この日再建が進む靖国神社には光を始めとした全大臣が勢揃いしていた。それだけではない、日本のあちこちから都合をつけて集まってきた大勢の国民達が集まっていた。長きに渡って更地にしておく他なかった靖国神社の復興をその目で見る為と、これから先の日本が栄えるように努力をしていくと誓いを立てる為に。
「我々は今、こうして再び靖国神社が復活した事をその目で見ています。今まで日本のために戦い、そして散っていった英霊に休む場を提供できず、長らく更地にしておく他ないというあまりにも情けなく、あまりにも屈辱的な日々に耐えてきました」
光の言葉に、あちこちから鼻をすするような音が聞こえてくる。過去には散々参る事を各国から非難された経歴のある靖国神社だが、ここに集った皆はあくまで過去に日本の為にその身を粉にするように捧げ、そして眠りについた多くの人々の為に集っている。
そう、それはこの新しい世界に来る前に耐えに耐え、忍びに忍んで今日と言う日を迎えられる可能性の為に歯を食いしばって死んでいった多くの日本国民に対して祈りと感謝、そして報告の為に。これからの日本人は、今までの祖先が残してくれた可能性を実現し、花開かせていく義務があるのだと皆が心の内で決意を新たにしていた。
「ですが今、我々はついにこうして靖国神社の再建を叶えている最中です。完全な社の完成までには時間が必要です。しかし、我々は新しい世界で己の誇りを取り戻し、こうして集うことが出来るようになりました」
光の声にも、力がこもる。子供時代から、政治に関わるようになってから、そして総理大臣になってから。ずっと、ずっとこのような日が来ることを信じて、捨て鉢にならず、日本を残すために非情な決断を涙を流しながら行い、歯を食いしばって生きてきた。それらが無駄ではなかったのだと、ここに来て本当の意味で実感することが出来たのである。
「この日を迎えるまでに、多くの人が亡くなりました。大臣、国民、関係ありません。多くの人が理不尽な要求、無茶な理屈、一方的な決めつけによって命を落としてきました。総理大臣の職にあった私は、本来であれば彼らを救うべき義務がありました。しかし、日本の未来を残すため。生まれてくる子供たちにきっと素晴らしい未来を残すために非情な決断を何度も迫られ、実行してきました」
この場に集った人々はすでに気が付いていた。光の声に泣き声が混ざってきている事を。もちろん、それを指摘するような人は誰もいない。何故なら、皆同じだから。我慢できずにすでに声を殺して泣いている人も数多い。だから、指摘するような人は居ないのだ。
「やっと、我々はこうして日本の復活を祖先に報告できます。そして、祖先に誓います。この先どんな苦難が待っていようとも、どんな難題が立ち塞がろうとも、皆様が残してくれた未来と言う名の可能性を潰すような事はしないと。より輝かしいものにして見せると!」
誰もが頷いた、その通りだと。総理に言われるまでもない、我々が今度こそ良き日本を作っていくのだと国民が皆そう誓った。今までの苦しみを耐えてくれた祖先にできる最大の恩返しはそれしかないのだと、理屈云々ではなく心で皆がそう考えるに至っていた。
「ですから、祖先の皆さま。穏やかに眠ってください。我々は、われわれは……きっと……ぐっ、うううっ……」
とうとう、光は堪えきれなくなった。地面に土下座するかのように崩れ落ち、ただただ涙を流して地面を濡らした。長かった、本当に長すぎた。ここまで来るのにあまりにも多くの人を犠牲にしすぎてきた。それだけの犠牲を払って、やっと祖先に報告できた今日この日を迎えられたことに感極まって、光が今まで耐えてきた事に堪えきれずに泣き崩れた事を誰が責められようか。無様な姿などと言えるだろうか。
すでに誰もが泣いていた。大臣達も、国民も。そして陛下も。そしてついには天も涙した。空は快晴、白い雲すら一つもないというのに雨が降った。優しい優しい霧雨が降った。そして空には虹がかかった、とても大きな虹がかかった。まるで、お前たちの未来には輝かしい事が待っているのだと祖先が伝えるかの様に。
そうして数分の時が経っただろうか。涙を何とか堪えられるようになった光が立ち上がり、先程の言葉の続きを絞り出せるようになった。
「祖先の皆さま、大変失礼をいたしました──我々は、皆様の苦難を、忍耐を決して無駄には致しません! この言葉に嘘偽りなきことを、これからの行動で示して見せます。皆様が安心して穏やかに眠れるように、結果を必ず出して見せます。どうか、ここから見ていてください」
光の言葉に応えるかのように、霧雨が止んだ。そして空に浮かんでいた巨大な虹も消えてゆく。任せたぞ、だろうか? 頑張れよ、かも知れない。こうして、無事とは言い難いかもしれないが今年の靖国神社へのお参りは終了した。官邸に戻った光だが、まだ涙が目の奥に残っている。
「総理、今日の政務はお休みになられてください。我々も休みます」「総理が泣かれたのも無理はありません。我々も堪えきれなくなりました」「やっと、やっと良い報告が出来ました。そしてこれからもっと良い報告をするために、明日からはまた頑張らねばなりませんね」
大臣達が光に次々と声をかける。大臣達も涙の痕を隠していなかった。皆、今までの事を振り返ってみれば涙を抑えることが出来なかった。
「そうだな、今日は過去の苦しみを噛み締め、明日からは新しい船出となる。明日は大和が技術者たちを乗せて宇宙に向けて出港する日だ。まさに、今日誓った輝かしい未来を創るための大切な第一歩だ」
もうほとんどの準備は完了し、最終確認を進めている頃合いだろう。彼らは明日から宇宙ステーション建設と言う大きな任務を果たすために旅立つ。だからこそしっかりと彼らを見送らねばならない。
「念のために如月司令との確認を取ったら、私も今日は休む事としよう。皆はもう上がっていい、明日はまた頼む」「「「はっ」」」
大臣達と別れて、光は執務室へ。如月司令とコンタクトを取り、明日の準備はどうなっているかの最終確認を取る。
『総理、今日はお疲れさまでした。我々は中継と言う形でしか訪問できませんでしたが……総理と一緒に我々も泣きました。祖先の霊が穏やかに眠れるようにと、我々もまた心を引き締め直しました。そして肝心の出港準備ですが、すべて完了しております。後は最終チェックを行っていますが、あと数分でそちらも終わります。現時点で問題はゼロ、明日は予定通り出航できるでしょう』
どうやら大きな問題は何もなかったようで、光もほっとする。
「明日の出航はとても大事な一歩だ。苦労を掛けてすまないが、何としても成し遂げて欲しい」
光の言葉に、如月司令は大きく頷いた。
『ええ、分かっております。この宇宙ステーションは前線基地ですからな、失敗は許されません。ここでしくじれば、取り返しがつかない事となるでしょう。期待や希望は大きければ大きいほど、失敗したときの反動もまた大きいものだと嫌でも理解しております。そのような事にならぬよう、考えうるすべての準備を万全にしております。どうか、我々を信用してください』
如月司令の言葉に、今度は光が頷く。
「信用していなかったら、このような話をそちらに振らぬよ。信用しているからこその宇宙ステーション建設計画だ。期待している」『ご期待に応えましょう、では』
如月司令との確認も終わったところで席を立とうとした光の元に、客がやって来た。と言っても人ではない……長門と大和の分霊である。
「これから、オレはアンタの傍にずっと居座らせてもらうんでよろしくな!」「はあ、それが人に物を頼む態度ですか……光様、申し訳ございません。何度言ってもこの口調が直らないのです」
大和の分霊に、長門の分霊が呆れたように顔をしかめる。
「分霊である君は、大和と一緒に行かなくていいのか?」「本体から言われたんだよ、アンタが心配だってな。で、オレが付こうって事になった。それに、神威・参特式だっけか? あいつを動かす時にも、オレがいた方がやり易いだろ?」
どうやら、そういう事らしい。どうやら光は、ソウル・ガーディアンとなった大和にも心配されてしまっている様だ。
「私は、この粗忽物のお目付け役として来ていますので。まったく、総理大臣である光様に対して乱暴な言葉遣い。少しは何とかならないのでしょうか」
このやり取りを直接見るのが、とても懐かしいと光は感じた。だが、この二人がいてくれるなら心が深く沈む事は無いだろう。もしかすると、それを見込んだうえで大和と長門は分霊をここに送って来たのかもしれない。大和の分霊を右肩に、長門の分霊を左肩に乗せて光は執務室を後にした。
──この時の光は知らない。この両肩が、神威・参特式に乗ったりする時などの例外を除いて、大和と長門の分霊の定位置になってしまう事を。
書籍作業は九月末まで延期されたので、それまでは普段通りに更新します。




