7月30日
VRの一件もどうにか落ち着き、各国から揉める事が少なくなりつつありますとの報告を聞いてほっと胸をなでおろす日本の首脳陣。それから数日後に光の元へ新しい報告書が届けられる。
(いよいよ宇宙ステーション建設のために出航する日が決まったのか……資材等を宇宙の予定地まで引っ張っていくのは大和か。出航予定日は8月16日、靖国神社にて建設に関わる者全員が祖先の霊に対して報告を行った後に出航となる訳だな。この宇宙ステーションが作戦のもう一つの要となる……)
報告書は短く要点をまとめた物だったが、その報告書を手にする光の手に力が入るのも致し方ない事だろう。神々の試練をどう乗り越えるか次第で、これらか先、日本の立ち位置が変わってくる。多大な被害を出しても非難は受けないだろうが、被害を大きく抑え込んで乗り越えることが出来たとすれば、日本の存在は大きくなる。
(今は協力していても、永き年月を経ればその協力体制が保たれるという保証はどこにもない。だからこそ日本の存在感を大きく喧伝し、未来永劫共にあった方が良い国なのだと知らしめる事こそが、日本の国益にかなう。将来の日本の国益を考える必要が、今はあるのだからな)
だからこそ、今回の作戦は絶対に成功させるのが日本の将来の為になる。地球に居た時とは全く違う視野を持たねばならないという事を、当然光は理解している。そう、国益と国民を護る事が国家のトップに立つ者の最優先事項。その為に、今骨を折って苦労し、大きな結果を出す事は必須であると光……だけでなく、大臣達は皆考えている。
そう、地球を脱出して奴隷を脱却した今、やっと日本はまともな国家へと戻っている最中なのである。もちろんそれはトップだけではなく、国民にも同じことが言える。きちんと働いて給金を貰い、悪事を働いた者には正当な罰が下され、安心して暮らしていける日々、それをやっと享受できる日がやって来たのだと国民も皆自覚していた。
(だが、今の所は良い流れのままに来ていると考えていいだろう。問題がないわけではないが、問題の起きない国家などどこにも存在せん。ただ、起きた問題をどう上手く、かつ迅速に処理して大問題に発展する前に終わらせられるかが肝要だ。それが、出来ていると信じたい)
まだこの世界に来て半年が過ぎた程度だが、それでも様々な事があったと光は目を閉じて少しだけ過去を振り返る。そして振り返った後に再び目を見開く。
(ご先祖様が穏やかに眠り続けられるように、相応の結果を来年に出して見せる。去年の終わりの様に、ご先祖様の力を借りるのではなく我々が成し遂げてこそ初めて意味がある。今を生きている者が、今起きる問題を処理しなければ)
光が心の中で決意を新たにしている所に、ノックの音が響く。
「はい、どちら様ですか?」「総理、お仕事中ですが失礼いたします。フルーレ様がもしお時間が取れるのならば少々お付き合いいただきたいと申し出ていますが……如何致しましょうか?」
この外からの問いかけに光は首を捻る。今日はそんな予定は入っていないはずなのだが……もしかすると、抜き打ちでの健康診断かもしれない。過去に数回、無理をしてそのことを指摘されている。今回もそうなのかもしれない、そう光は考えてフルーレの入室許可を出すように伝える。
「はっ、分かりました。ではフルーレ様をお呼びいたしますので、一度失礼いたします」
ややあって、フルーレがノックの後にドアを開けた。彼女の第一声は、これである。
「ああ、よかった。顔色は良いようですね。また仕事をずいぶんとこなされているという事でしたので、疲労を魔法でごまかすような真似をなさっていないかが心配でした」
このフルーレの言葉に、光もつい苦笑を浮かべてしまった。
「はは、貴女にはそういう姿を何度も見られてしまっていましたからな。ですが今は仕事こそしていますが、魔法に頼らぬ休憩(休職?)時間はきちんと確保できていますからな、あの時のような無茶はしていませんよ。本日のご用は、私の様子を伺いに来たという事ですかな?」
光の言葉に、フルーレはそれもありますが……と言葉を発した後に押し黙った。何か、あまり人に聞かれたくない事なのだろうか? そう予想した光はここは人払いが出来ているから、他者に聞かれる心配はないとフルーレに告げた。
「ああ、いえ、その。人に聞かれても問題ではないのですが……少々、お恥ずかしいお願いがありまして」
どうにも煮え切らないフルーレ。だが、今は時間があるので急かす必要は無い──光はそのまま静かに黙って、フルーレの言葉を待つ。それから1分ぐらいあっただろうか? ようやく口を開いたフルーレから出た言葉は。
「──に、日本には様々なカレーがあると聞きました。それを確かめるべく、日本の方にカレーの種類をまとめたテキストを送って頂きまして……恥ずかしながら、私と父の両名にその、カレーを食べたいという欲求が日々募りまして……」
つまり、お忍びで日本に来てカレーの食べ歩きをしたいという事だろうか? その許可を取りに来たのかと光が尋ねると、フルーレは悩んだ様子を見せた後に首を左右に振った。
「それも魅力的なのですが……その、ですね。チェーン店と言うのでしょうか? カレーを中心に取り扱うお店を、私達の国にも出していただきたく、お願いに参りました」
フルーレの要望を聞いた光は腕組みをしてうーむと唸った。お店を出すこと自体は別に構わない。しかしそれはチェーン店が判断する事であって、国が出せと指示を出す物事ではない。なので、自分に話を持ってこられても少々扱いに困る話だなと。しかし、フルーレ達にとってはそういったチェーン店とのパイプがない。だからこうやって話を持ってきたのだろうが。
「我々にできるのは、各チェーン店にこういう要望があるからお店を出してみないか? と呼びかけるぐらいです。お店を出してやって行けるのか、を判断するのは各チェーン店の首脳陣ですから、我々が指示を出して出せ、という事を命令するわけには行かないのですよ」
あくまで店を出すのはチェーン店の判断だ。だから政府としては強制的に店を出せ、と言うようなやり方は出来ない。政府が資金を援助しても、健全に働いて儲けが出なければ店にとっても政府にとってもよろしくない。そんな腐敗の温床を作るわけには行かないのである。
しかし、フルーレは光の言葉に頷いてから言葉を発する。
「それで十分です。私達が望んでも、お店の方々が場所が向かない、材料が都合をつけられないなどの理由で出せないというのであれば致し方ありません。その時はお忍びで日本にやって来て食べさせていただく、と言う形にしようと思っています。寛大な取り計らいに感謝いたします」
深々と頭を下げるフルーレ。しかし、わざわざこうしてやって来たという事は、よっぽどカレーが気に入ったのか。
「カレーをそこまでお気に召されるとは、少々驚いております。辛めの料理を、マルファーレンスの方々は好まれるのでしょうか?」
光の事言葉に、フルーレは「いいえ、そうではありません」と前置きをしてから──
「辛い料理なら、既に我が国にも複数ございます。しかし、あのカレーと言う料理の辛いのに美味しい、もっと食べたくなるという魔力を秘めた料理はありませんでした。あくまで辛い物はちょっとしたアクセントや、好きな人間がお酒と共にゆっくりとつまむ物、ぐらいの感覚でした。つまり、主役ではなかったわけです」
ふむ、と光が顎に手をやったのを確認したようなタイミングで、フルーレの言葉は続く。
「しかし、カレーはあのルーが主役と見ました。もちろん多量の野菜や肉も含まれており、更なるおいしさを提供してくれています。そしてあのご飯と言いましたか、白い粒と共に食べる事でほどよく辛味と旨味を同時に味わえる……実に考えられている料理です。あそこまで辛味と旨味を押し出したメインの料理、という物は初めて味わいました」
フルーレのお喋りは止まらない……
「前に、光様が自らの手を振るってカレーをお出ししてくださいましたね? あの時、私は飛び上がらないようにするので精一杯でした。ですのでテーブルマナーなどもすっかり忘れ、ついついすさまじい勢いで食べてしまいました。思えば、あの時から私や父はカレーの魅力に取りつかれてしまっていたのやもしれません。そして、今やそれは多くの民にも広がっています」
カレーを国民に渡したいから、という事で過去にカレーを3国合計で100万食出したことがあったな、と光は思いだす。
「ですので、商売にならぬという事は無いと断言させていただきます。どうか、お考えいただきたく、お願い申し上げます」
確かに、食べに来る客が不足するという事はなさそうだな、と光は考える。とりあえず話を振るだけ振ってみるか……そう考えて、フルーレが立ち去った後に動き出す。これが後の世でカレーチェーン店大戦勃発の引き金になろうとは、光もフルーレも、指示を受けて動いた人々も思わなかったのである。
FFCCリマスター、13年前に出来なかったマルチプレイが出来るだけで楽しい。
マジックパイルが難しいけど、お互いやりたい事をネット越しに理解し合って
バシッと決まると、確かに気持ちがいい。




