6月18日~26日
先日のトイレ設置を、光はすぐに了承して実行される運びとなった。大きな輸出品の最初の品がトイレと言うのが、日本らしくていいのかもしれない。という事にしておこうと、光と大臣達と国民の心が無駄に一致していた。
なんにせよ、トイレに関わる企業の皆さんがこの世界に来て初めての大仕事だという事で、前のめりの勢いでトイレを設置する。日本人の感覚的には公衆トイレと言う感じだろうが、そこは最新式、と各社が初仕事という事で気合を入れまくった結果、素晴らしすぎるトイレが完成した。
各種ロボットアームがトイレのあちこちにしまわれており、一定レベルの汚れを感知すれば各々のロボットアームが道具を用いて掃除する仕組みとなっている。なので設置してしまえば、時々点検と掃除道具の在庫管理だけをすればいいという、ズボラな人でも大丈夫な設計となっている。なお、電力の供給源は太陽光発電と小型水素エンジンによる発電である。
──最初はおっかなびっくりであったが……一回使った人はその便利さと清潔さ。そして快適さにこう口にしたという。
「世界が変わる。昨日と今日はただの一日違いではない。過去と未来の差なのだ!」
と。こうして日本が設置したトイレはあっという間に各国の国民にもろ手を挙げて受け入れられ、凄まじい人気を博したのである。
「──なあ、この報告。山盛りに盛ってないか? トイレの完成図などは見せてもらっているから、このロボットアームを始めとした施設の内容が事実なのは分かっている。しかし、その後のだな、何? 何といえば良いのか……あまりに大げさ過ぎないか? トイレだぞ? ある程度の快適さは感じるだろうが、さすがにその後の感想云々は……」
光は左手で頭を押さえながら報告書なんだか、山盛りにデコレーションしまくった結果、元の味が分からなくなってしまったデザートのような書類内容を読んでいた。だが……
「先ほどの言葉は、私の部下が言った言葉です。一度体験した後に、同僚に対して熱弁をふるっておりました」
なぜか直接この場に報告書を携えてやってきたフルーレが、まじめな顔をしながら言う。更になぜかここに直接やってきたフェルミアと沙耶が共に頷いている。
「気持ちは分かりますね。立場上我儘が言えないので、私達は黙っておりましたが……」「フルーレ殿の部下の気持ちはようわかる。わらわも初めて日本のトイレを使った時にはその快適さに驚いたものよ。そして今後は自国でも快適なトイレの恩恵を得られるという。光殿、大げさではなく我が国の国民は自分の家のトイレを日本式にしたいという願いが上に届いてきているぞ」
そこまで各国から直接やって来た3人に言われてしまっては、光もこの大げさに感じる報告書が大げさでもなんでもなく、真実を伝えてきた物であると認めざるを得ない。
「また、このトイレ設置により、先日揉めてしまいました戦士達も帰国に正式に応じておりまして、準備を進めております。ご迷惑をおかけいたしました」「その点に関しては、本当に申し訳ございませんでした。フォースハイムを代表し、お詫び申し上げます」「フリージスティも、わらわが代表として正式に詫びさせていただきたい。本当に申し訳なかったのう……」
そして、フルーレとフェルミアと沙耶から謝罪の言葉を受け取る。トイレが順調に設置され、国に帰っても日本と同じトイレが使えると伝わった事で先日帰国を拒んでいた各国の人々は指示に従って帰る準備を進めている真っ最中だった。この動きでほっと胸をなでおろした3ヶ国の代表達であった。
あとは日本がガンガン機体を作り、各国に回していけばいい。大きい問題が起きない限り、日本の仕事は各国専用の機体を作る事と、宇宙ステーションの建設の2つに専念する事となるだろう。大変ではあるが、やらねばならぬ仕事である故に現場の士気は非常に高い。奴隷ではなく、己の意思で戦って守るためと言う考えがあるためだろう。
「謝罪は受け取りました。こちらとしてもまさかトイレでここまで大ごとになるとは予想もつかなかったので、申し訳ないと思っております」
日本からしてみれば光に限った話ではなく、ごく一般的な家を提供したつもりであった。もちろん迎え入れる為に建てた家ではあるが、過剰なおもてなしをしたつもりは欠片もなかったのである。しかし、まだお互いの国の事情を知らな過ぎた所がある。そのすれ違いが、今回の大騒ぎを引き起こした。
「そういえば、日本がまだ地球にあったころに援軍として来て頂いた皆様はどうだったのでしょう? 彼らからは要望が出なかったのでしょうか?」
ふと、気になった光はそう質問をこの場にいる3人に投げかけてみる。そうすると返って来た答えは……
「要望はありました。しかし、彼らは皆日本はまだこちらに来たばかりなのだからと我慢していたようです。ですができるだけ早く来て欲しいものだとも言っていましたが」
と、フルーレが最初に答えた。やっぱり要望は上がっていたらしい。但しまだ日本が転移直後という事もあってマルファーレンスの人々は我慢したのだろう。
「こちらも似たような物です。やはりトイレが清潔であるという点は非常に高く評価されていました」「こちらも同じじゃな、マルファーレンスの皆と同じように我慢はしておったが」
フォースハイムにフリージスティも状況は同じだったようである。やはり一度味わってしまい、それに慣れると昔のトイレに戻るのは辛かったのだろう。しかし、流石に日本が転移してきた直後では言い出しにくかったこともあり、ぐっと我慢をしていた。しかし少し時が流れ、日本に多少周囲を見ることが出来るようになったことを知って、我慢が出来なくなったと言う所なのかもしれない。
「なんにせよ、これで今回の一件は片が付くでしょう。ですが、まだ各家庭にトイレを行き渡らせるのは難しいですね。やはり最終的には魔力の一部を電気に変えるとか、魔力そのままで使えるという形にしなければ不便です。その点をまず解消しなければ……」
電気ではなく魔力で動かせるようになれば、トイレの各施設を動かす動力源にかかるコストが下がる。現時点の太陽光も水素エンジン発電機も、各家庭に備え付けるにはちょっとコストが高すぎる。このままでは広めるのは難しいだろう。ある程度ローコストにして、少し無理をすれば買える、ぐらいの値段設定に出来ないと一般化はしない。
「やはり難しいですか」「ええ、現状では少ない点検でも問題が出る可能性が少ない物を使っているのですが、そうなるとやはり相応のお値段がするんですよ」
フェルミアの言葉に光は返答する。良い物は高い、こればかりはどうしようもない。そこから如何にローコストで押さえられるようにしていくか、も大事なのだが、さすがにそれを今すぐ可能にする魔法じみた手段はない。魔法があるこの世界でもそんな無茶が通る理不尽な魔法はさすがに存在していない。
「とはいえ、各国の首脳が集まる場所には欲しいの。首脳が集まる場所は清潔であって欲しいからの」「あ、私の父からも同じことを言付かっております。費用はもちろん出すので、設置をお願いできないか、と」
ここで、沙耶とフルーレからそんな要望が飛んできた。間髪入れずにフェルミアまで「いいですね、私の所にもぜひ融通して頂きたいです」と乗っかってきた。抜け目のない事である。
「ふうむ、今すぐは無理でしょうがお時間を頂ければなんとかなるでしょうか。設置場所も考えなければなりません、その辺りはちゃんと話し合って綿密に決めませんと。景観を台無しにするような形にするわけには行きませんから」
国に関する重要な話し合いが開かれる場所は、国の顔の一つである。よって、威厳を持たせたり壮大な物になる。その計算された威厳ある建物を台無しにするわけには行かない。それは、その国に泥を塗るような物であり、争いの元となる行為である。
「ええ、設置を考えて頂けるのであれば」「その辺りは後程、ティアと現場の方との話し合いで決めましょう」「ブリッツも文句は言わんじゃろう。内心では使いたくて仕方がなかったようじゃからの」
後に歴史に、日本式のトイレが個別にではなく施設内に設置された最初の場所は各国の議会が行われる場であったと記録される。ただ、これにはちょっとした追記がある。設置されたトイレが良すぎて、用事が無いのにやってくる要人が絶えなかったとか何とか……
体がちょっとだるい。夏バテかなあ? 蒸し蒸しと暑い。
 




